メンテの鬼
特殊な趣味は自覚している。魔物と戦わず廃ダンジョンに潜り続ける冒険者など俺くらいなものだ。使っている道具は、普通の登山家が買えるような代物ばかり。長年使い続けていた道具が徐々にすり減ってきた。
ピッケルだ。特に俺は、壁や床をピッケルで叩くので、どうしても消耗は激しい。いくつかスペアは買っているが、使い慣れている物が一番だ。日頃、辺境の宿で古道具を磨いていることもあり、薄汚れちょっとねじ曲がった自分のピッケルがかわいそうになってきた。
「特注なのか?」
宿の主人がピッケルを見つめる俺に聞いてきた。
「いや、そういうわけじゃないけど」
「趣味の道具には金をかけた方がいいし、仕事の道具なら定期的にメンテナンスをした方がいい。だいたいバカみたいに稼いでるんだから金は回した方がいいんだぞ」
「そりゃ、そうだ。よし、一回こだわってみるか……」
俺は古い知り合いの武具屋に「ピッケルを作ってもらいたい」と金額を提示して手紙を送った。「やるぞ」と返事はすぐに来たものの、なかなか「できた」という連絡は来ない。
年寄りに無理をさせたかもしれないと思い、回復薬や辺境土産を持って、武具屋を訪ねることにした。
俺が冒険者になった町・オルケアン。大陸の東部に位置する山脈の麓で、人口もそこそこいるなんの変哲もない町だ。それなりの飲食店が並び、金物店や武具店も多い。近くに衛兵の訓練場があるから治安もよく、冒険者や行商人たちが宿を取るにはちょうどいい。
馬車でも飛行船でも行きやすい。特に急いでいるわけではないが、今回は飛行船で向かった。
すでにオルケアンを旅立って20年以上になる。その間に何度か訪れてはいるが、特に変わったところはない。テナントが魔法道具屋に変わったり、人気の甘味処になったりすることもあるが、長年営業している店の方が多いだろう。
それでも店先には、商店街が推しているグッズなどを置いて流行に乗ろうとしている。
「ごめんください」
「はーい」
武具屋の女将さんが出てきてくれた。
「ピッケルを頼んだ者なんですけど、親父さんいますか?」
「ああ、あんたかい? なんか、とんでもない依頼を請けたとか言って、素材から集めるって山んなかに入っちまってさ。ここ2、3日帰ってきてないんだよ」
「そりゃあ、困りましたね。どこに行ったか分かります?」
「たぶん……、ほら、山の中腹当たりにある廃ダンジョンだと思うんだよね。いい鉄鉱石が取れるのはあそこくらいだからさ」
「迎えに行ってきます。これ辺境のお土産です。よかったらどうぞ」
「あら、嬉しい。わざわざ遠いところからありがとね」
「こっちが依頼したので」
俺はお土産だけ女将さんに渡し、山の中腹へと向かった。
廃ダンジョンは鉄鉱山だった場所で、崩落事故や魔物の発生によりダンジョンへと変わり、いつしか冒険者たちが攻略していた。
帰りがけに廃ダンジョンを巡ろうしていたので道具は持ってきている。振り返れば、町の景色が一望出来て、清々しい風が吹いていた。
大きく息を吸い込むとほのかに獣の匂いが漂っている。ダンジョンからだ。
「熊じゃないといいけど」
ランプを点けて、中に入る。
コンコンコン、ズボッ……。
入って早々に落とし穴が開いていた。
「親父さん! ……ん? いや」
中には鍛冶屋の親父が落っこちている。ただ、獣臭が強い。
落とし穴を下りて、確認すると親父が着ている服は獣の毛で再現したものだった。
「ものまね猿でも召喚したか?」
人間に擬態して食べ物を奪っていく魔物だ。握っていた袋には鉄鉱石が詰まっていた。
「狙う人間を間違えたな」
召喚された魔物が荷物を奪ったものの落とし穴にかかったらしい。
珍しいので死体を袋に詰めて、帰りにピックアップする。
奥に進むと足を引っかけるような躓きの罠や棘の付いた扉が襲い掛かってくる罠などがあったが、いずれも壊れていた。明りがないと見えないだろう。
壁にあった召喚罠は解除しておいた。ものまね猿はここから出てきたのだろう。ただ、鍛冶屋の親父が急に魔法でも身に着けたとは考えにくい。
「なんか新アイテムを買ったのか?」
鍛冶屋の親父は地下水が湧き出ている泉のほとりでキャンプを張っていた。ここは空気穴が空いているので焚火もできる。焚火の側には魔石で光る魔石灯のランプが置いてあった。
つるはしが転がり、当の本人は寝袋で寝ている。鼾をかいているのでしっかり生きているようだ。
「親父さん!」
「ん? おおっ、山屋。どうした? 心配で見に来たのか?」
「その通りです。2、3日帰ってないって女将が怒ってましたよ」
「ありゃ! そんなに経ってたか。地下にいるとわからないもんだな。でも、大丈夫、鉄鉱石は、ほら、この……あれ?」
「鉄鉱石はこれでしょう?」
「あ、これこれ。……なんで持ってるんだ?」
「親父さん、なんで魔石灯なんて買っちゃったんですか? 召喚罠が起動してものまね猿が出てましたよ」
「ええ!? 本当か!?」
「しっかり落とし穴にはまって死んでました。ダンジョンで魔法の道具を使うと事故が起きやすいんで気を付けてください」
「ダンジョン跡だと思って油断した。でも、そうか。お前のピッケルには魔法陣を仕込めないんだな」
「ええ、耳で罠があるか判断できるので必要ありません」
「じゃあ、鍛造にするか。いやぁ、せっかくだから山屋の気持ちを理解しようと思ってな。鉄鉱石も取れるし、報酬も高いから、ダンジョン跡まで来てみたが意外と難しいもんだ」
「今度からちゃんとパーティーを組んでから来た方がいいですよ。もしくは冒険者ギルドで講習を受けてください」
「そうする。意外と罠もたくさん残ってるんだな」
「ええ、それを解除していくのが楽しいんです。ダンジョンが生きているときは冒険者とダンジョンマスターとの知恵比べ。廃ダンジョンにはその痕跡が残ってる。戦いの歴史を辿っている気分になれるんですよ」
「なるほどなぁ」
とりあえず、鉄鉱石を大量に袋に詰め、背負子に乗せてダンジョンを出る。ついでにものまね猿の死体を見せたら、ギョッとしていた。
「俺、そっくりじゃねぇか! やっぱりダンジョンは怖い」
町に戻って一週間。新しいピッケルができた。
「スペアと合わせて3本だ。本当は5本作ったが、2本はちょっと改良できるか試したい」
「どうぞ」
「あのものまね猿ね。尻尾を貰って裏庭で供養することにしたわ」
女将が笑いながら言っていた。
「笑い事じゃないんだけど、見たらそっくりで噴き出しちゃったのよ。この人は一度ダンジョンで死んだと思って、仕事に精進させるわ」
鍛冶屋の親父は、高額の依頼を請けたから、魔法書や魔法陣の専門書を読み込んでいたらしい。
「魔法の道具なんて作ったことがないのに、無理をするから。魔石灯まで騙されて買っちゃって」
女将に言われるがまま、親父は額を掻いていた。
「俺が使ってる魔法の道具は金属探知機だけです。しかも落とし穴の下を探る時だけ」
「じゃあ、なんでそんなに稼いでるんだ?」
高額の依頼をしておいて稼いでいないというのも角が立つ。
「そのダンジョンの歴史を辿っていると、冒険者たちの取りこぼしが多く見つかるもんです。解読していない謎とか、隠し金庫とか。だから親父さんのピッケルが必要なんです。ほら、今まで使っていたピッケルはこんなに曲がってる」
「それを引き取らせてくれ。道具を見ればどうやって使ったかわかる」
古いピッケルを鍛冶屋に渡した。
「随分、無茶させるじゃないか。またメンテナンスに来い」
「ええ、また近いうちに」




