飛竜の巣編
特殊な趣味であることは自覚している。だが、最も安全に稼げる趣味でもある。
俺が狙うのはただ一つ。廃ダンジョンだ。
俺は馬車を乗り継いで大きな谷に向かっていた。しかも三日間もずっと座り続け、揺れ続けている。首都周辺では蒸気機関車という高スピードの乗り物が走っているというのに、石ころが転がり窪みに車輪が嵌る山道を越えて、ほとんど人がいないような辺境まで来た。
これも廃ダンジョンのためだ。駅馬車の代金を払ってでも行きたくなるようなおいしい話というのが時々やってくる。
谷底にある三軒しかない宿屋に到着。馬車には俺一人。普通はめちゃくちゃ高い料金を払って飛行船でやってくるらしい。飛行船の発着場もかなりボロいがある。発着場の運営は宿屋の主人がやっている。宿の主人も好事家で、ダンジョンから出てきた宝を集めている一人だ。
「おつかれ。お前だけだぞ。馬車で来たのは。御者の爺さんに嫌な顔されただろ?」
宿を開けるとその主人が待ってくれていた。宿の名前は『竜の根城』という。
「割増料金は払ったよ。それでスミスさんとインチキ魔物学者は来てるのかい?」
「おおっ! 山屋、来たか!」
食堂にいたスミスさんという鍛冶屋が立ち上がって俺を迎えてくれた。山の廃ダンジョンばかり行っているから、この界隈の人たちは俺を山屋と呼ぶ。
「山屋さんも来ましたか!」
背が低く無駄に大きな胸を揺らしているのがインチキ魔物学者だ。
「おいリリイ、おかしな奴らに俺のことを教えるなよ」
先日の屋敷倉庫のダンジョンの一件を俺は根に持っている。衛兵から事情聴取を受けたりして大変だった。
「でも、適材でしたからね。廃ダンジョンと言えば山屋さんじゃないですか」
「俺はもう今月は働きたくないんだよ」
仕事が毎日ある店の仕事と違って、俺たち冒険者は依頼一つ一つ達成することで報酬を貰っている。疲れる仕事もあれば楽な仕事もあるが、ひと月を通してこれくらい稼げれば十分という金額を決めて仕事量を決めている。そうじゃないとこんな仕事は続かない。
「でも、竜ヶ谷には来るじゃないですか」
「ああ、この仕事が終わったら今年一年休むつもりだからな」
「そんなんでいいんですか!? 冒険もしないで仕事だけして! 魔物と戦わず、山賊も捕まえず、ただダンジョン跡地に潜り続けているだけじゃないですか」
「それで、めちゃくちゃ充実した生活を送っているからなぁ」
正直、世間体を気にせず、常識を疑っていく商売ほど儲かると思っている。それに、そもそも趣味で始めているので、自分を冒険者と言う意識は低い。
「俺も噂を聞いているぞ。最近、仕事しまくってるだろ?」
スミスさんにまで伝わっているのか。
「そうなんですよ。先月3ヶ月分くらい働いてしまって、ここ最近宿は個室かギルド持ちです」
「贅沢! 私が紹介した仕事の紹介料くださいよ!」
「ダメだ。俺はあの依頼の後、散々衛兵に事情聴取を受けたんだから、それでチャラ。そもそもあの依頼で発見できたのはスカーフくらいだ」
「スカーフ? なんだ、貴族の指輪でも見つけたのかと思った」
実際に貴族の指輪はダンジョンマスターから受け取ったので、読みとしては正しい。
「貴族の指輪は別の人から貰ってすぐに売っちまった」
「えぇ! ズルい」
「俺が持っていても仕方ないだろ?」
「そんなことはない!」
宿の主人も参戦してきた。
「歴史的な品物はそれだけで文化的価値があるものさ。今度、うちにも持ってきてくれ。買い取るから」
「滅多に来ないからなぁ。今度、まとめて輸送しますよ」
「わかった。助かるよ」
今回の廃ダンジョンは飛竜の巣だった場所だ。そもそも竜ヶ谷は竜が住む土地で有名だが、気候変動もあって竜は激減。さらに冒険者のテイマーと呼ばれる魔物使いたちが一時期、ドラゴンライダーになるブームがあった。
「ドラゴンライダーになった冒険者なんか見たことないがな」
「そもそも竜を狩れる冒険者の数なんか知れてるだろ?」
竜の骨や竜の鱗は丈夫で滅多に壊れないため、防具や武器を作る際、高値で取引されている。しかも加工できる鍛冶屋は少なく、大きくて重い素材を持って行っても買い取ってくれる鍛冶屋は少ない。
「俺は出来るけどね」
スミスさんは珍しい鍛冶屋だ。竜の素材加工ができる上に、自分でも狩れる。大型の罠を使うが、重いので使ったのは数回だけだという。
今回の依頼は廃ダンジョンに落ちている竜の素材を、すべて回収しスミスさんに買い取ってもらうこと。観光客に交じって死霊術師だか毒使いだかがやってきて、飛竜の巣を一つ潰してしまったらしい。
「今頃、そいつのレベルが上がってるんじゃないですか?」
「どうだか、わからん。ダンジョンに入った目撃者はいるが、出ていったのを見た者はいない」
「え? じゃあ、飛竜の巣にいるボスは死んでないんじゃないですか?」
「いや、それは確認してる。しっかり燃やされて骨と皮だけしか残っていない。仲間割れだとは思うが、昔潜っていた魔物使いたちが作った罠にでも嵌ったんだろう」
その後、盗賊たちも見に来たが、そもそも売るルートがないのと宿屋の主人たちも警戒しているため、そのままの状態になっているとか。
「今回は俺が作った竜の鎧が売れたからな。いいぞ、首都は。馬鹿みたいな金持ちが山ほどいるんだ。ダンジョンでドラゴンが出たからって買いに来るんだ」
普段売れないが、売れる流れがあるならと俺たちを呼んだ。俺とインチキ魔物学者ことリリイは飛竜の巣から死んだ竜の素材を運び出すだけでいい。いい仕事だ。
「山屋は一応、罠があったら解除してくれよ」
「わかりました」
「リリイは珍しいものがあったら、取っておいてくれ。後で鑑定するから」
「はい」
宿の主人も含めて四人全員が飛竜の巣に行くので久しぶりにパーティーを組むことになる。それぞれが専門家なので、楽だ。俺が罠を解除しながらとにかく先へ向かう。他の人たちが鑑定しながら鞄に入れていくだけ。
「毒の罠が多いんですけど、なんかありました?」
「竜を毒で殺そうとしていたんだろう」
「実際はどうだったんです?」
「さあ? そこら辺で死んでいるんじゃないか?」
実際、ローブが床にこびりついているから怖い。竜に踏まれたのだろう。
「どうして、こう簡単に竜に挑むんだ? 計画性とか考えないのか?」
「人間の心理については専門外です」
俺は悪態をつきながら、毒を回収。毒にかかり骨が変形したまま死んだ竜もいた。
「随分強力な毒だな」
「無暗に濃度を上げてるんですよ。竜も知らずに来たらしい。潰されるわけだ」
革袋だと溶けるかもしれないのでわざわざ毒を瓶に詰めた。死んでなお面倒な奴らだ。
竜ヶ谷のダンジョンは通常のダンジョンと違い、階段を上がっていく。最上階が谷の上になる。飛竜の巣でもあるので、階層によって竜の種類も少し変わってくるらしい。
二階層は結構悲惨な跡が残っていた。死霊術師と竜が戦ったらしく、ローブや鎧がぐしゃぐしゃに凹んでいたり、竜の死体が骨格標本のように立ち上がったまま動かなくなっていたり、血生臭いことになっている。
「棘の罠だらけですから、注意してください。全部回収するんですか?」
「ああ、竜の骨と皮は全部回収だ。鎧とかは持って行っていいぞ」
「ガラクタばかりですよ」
結局その日は二階層の片付けで終わってしまった。
二日目。全員筋肉痛で、筋肉増強料理を宿の主人が振る舞ってくれた。
「とにかく竜の素材は大きくて重い」
「大量に運ぶか何度も行き来するかですからね」
「吹き抜けから落としていいか? どうせ傷ついたりしないだろ?」
「ああ、そうしよう。ちょっと多すぎる」
思った以上に多かった。加工をするにしてもきれいな素材だけでいいはずだ。
飛行船で運ぶにしてもなるべく少なくするため、スミスさんは宿の大鍋を借りてこびりついた肉を落としていた。両隣の宿の主人たちも協力してくれる。閑散期のこの時期は暇なのだそうだ。
二階層の片づけを終わらせ、三階層目で生きている竜が残っていた。
グゥウ……。
唸り声を上げているものの瀕死だ。
「おいおい、生きてる竜は専門外だよ」
「死にかけですよ」
「棘の罠にかかって動けなくなってる。毒にもかかってるから、そのうち死ぬだろ?」
「だったら、助けた方がいいんじゃないか?」
宿の主人だけは助けたいらしい。飛竜が観光産業でもあるので、無暗に殺したくはないというのもわかる。
「それじゃ罠を外す前に毒を消してやりましょうよ」
「それじゃ、回復薬もいるだろ?」
「一旦、目を隠して寝かせましょう」
各々が動き出した。
眠り薬の煙を吸わせ、目を大きい布で隠して眠らせた。
後は毒が広がっている患部に毒消し草を砕いてペースト状にしたものを塗り込む。
「じゃあ、全員で行きますよ!」
「よーし、いいぞ!」
「せーの!」
ブシュッ。
棘を一本ずつ抜いていく。血が出ている患部には薬草を貼りつけ放っておく。
「あとは肉でも置いてやればいいな」
「ああ、これ以上、俺たちにできることはない。起きる前に上の階層も見回るぞ」
四階層で飛竜の巣は終了。卵の欠片が多く残っていて、魔力が結晶化した宝石も発見した。
飛竜たちが身を寄せ合い、偶然条件が揃った時にできる大粒の涙と呼ばれる宝石だが魔力を溜め込めるという説もある。
「これ一つで、首都じゃ家を買えるぞ」
「山分けでいいか?」
「いいだろう。正直好事家たちの繋がりを使えばすぐに買い手は見つかる」
「ようやく私は学校に通えますよ」
リリイはインチキじゃなくなるらしい。
結局、5日間、飛竜の巣を探索。徹底的に素材を集めて、依頼達成。
大物の発見は大粒の涙だけだったが、竜の骨と竜の鱗は大量だった。怪我をしていた飛竜も4日目の夕方には吹き抜けから外に出て竜ヶ谷の奥へと飛んでいった。まだまだダンジョンはあるらしい。
「おつかれさん」
スミスさんがくれた報酬は、二年分の生活費ほどもある。
「いいんですか?」
「ああ、ちょっと足りないくらいだ。山屋、鍛冶屋を手伝うか?」
「いえ、やめておきます。あくまで趣味で続けたいので。それよりリリイの奴を支援してやってもらえませんか?」
「ああ、首都の学校に通うなら、うちの下宿を使わせる予定だ」
「よかった」
「しばらく暇なら、この宿を手伝いながら目利きできるようになってくれ」
好事家の宿の主人からも誘われた。
「それもいいかもしれませんね」