没落貴族の僧侶様
廃ダンジョン巡りを趣味としている俺は、ダンジョンが攻略されたという噂を聞きつけると、とりあえず近くの冒険者ギルドまで行ってみることにしている。
この日も、小さいながらも古い霊廟のダンジョンが攻略されたと聞いて、東部の町に来ていた。町はダンジョンが攻略されたばかりだが、冒険者たちの姿はほとんどない。いつ攻略されてもおかしくないようなダンジョンだったが、ダンジョンマスターが引き際だと思って攻略されることもある。おそらく、新しい廃ダンジョンはそんな場所だ。
「山屋さんですよね?」
廃ダンジョンに入るため身分証明のドッグタグを提示すると、冒険者ギルドの職員に話しかけられた。
「そうですけど……、何か?」
「実は、どうにも不運な僧侶がいまして、少し訓練をさせてあげてはくれませんか?」
「俺が? 新人教育ってことですか?」
「まぁ、有り体に言えばそうですね」
「廃ダンジョンにしか行きませんよ」
「はい。それをお願いしたいのですが……。あ、もちろん、報酬は上乗せしますよ」
「でも、こう言っちゃ悪いですけど、この冒険者ギルドに誰が……」
「彼女です」
職員が指した方向に、食堂でたたずむ僧侶姿の女冒険者が一人お茶をしていた。少なくとも本人は、優雅にランチをしていているだけのようだ。
「プリーストなんですか?」
とりあえず声をかけて見た。若いがしっかり武器や衣類の手入れはしている。プライドが高いのだろうか。敬語で言った方が伝わるかもしれない。
「へ? ああ、冒険者ではそういうのでしたね。そうです。回復役をやっております。パーティーを組んでもらえますか?」
「あ、いや、ギルドで教育をしてあげてほしいと頼まれまして」
「教育ですか? 確かに、その方がいいのかもしれません……。わかりました。お願いいたします! 教官とお呼びすればよろしいですか?」
「いえ、山屋で、お願いします」
「山屋さんですか? 不思議な通り名ですね」
「そうかもしれません。とりあえず、自分の専門は廃ダンジョンなので、一緒に行きましょう」
「廃ダンジョンってこの前、攻略されたダンジョンですか?」
「ええ、場所は知ってますか?」
「はい……、あまりいい思い出はないのですが……」
「だったら、なおさら違う目線で見れるかもしれませんよ」
「わかりました。すぐに準備をいたします」
「お願いします。特に戦うつもりはないので、武器や防具は置いていって構いません。袋と背負子をギルドから借りてください」
「ええ?」
「今日一日だけの教官ですから、試しにやってみてもらえますか?」
「いいでしょう。それで何かが変わるなら……」
本人としては変わりたいのだろうか。誰かとパーティーは組みたいようだから、なにかあったのだろう。
ひとまず準備をして、そのまま廃ダンジョンへ案内してもらった。
ダンジョンが攻略されたばかりだというのに、本当に墓荒らしや山賊も入っていないらしい。
「霊廟なので不死者系の魔物が出ると思いますが、聖水の水鉄砲で対処できるはずなので、これで対処してください」
「こんな竹筒が武器ですか?」
「ええ、一番楽ですから。それじゃあ、入っていきましょう」
「お願いします」
俺たちはランプを掲げて霊廟のダンジョンに入っていった。
コンコンコン……。
「それは何をやっているんですか?」
「罠を探しているんです。罠のある場所は音が変わるので」
コンコンカン……。
「ほらね」
「本当ですね!」
壁を叩いて壊し、毒矢の罠を解除。袋に詰めておく。
他にも落とし穴や扉から棘が出てくる罠なのがあり、すべて解除し、持って行けるものは袋に詰めていった。
「どうせ誰もいないから、袋がいっぱいになったらその場に置いておきましょう。帰りにピックアップすればいいので」
「わかりました。効率的ですね」
「では、落とし穴の死体を回収しましょう」
「え!?」
「あったでしょ?」
「ありましたけど、落とし穴に落ちるんですか?」
「そう。杭を解除していきます。まぁ、見ていてください」
落とし穴から冒険者の遺骨を回収。装備品や遺体の主が発見した品は別の袋に詰めていく。
「骨は埋めて墓を作り、遺品は冒険者ギルドに買い取ってもらいます」
「そんな死者を冒涜するようなことをするんですか?」
「死者を落とし穴に放っておくほうが冒涜になりませんか。それから彼ら冒険者が持っている物は資産です。一緒に埋めると死蔵されてしまう。だったら、社会に還元して、回した方がよほど彼らが生きた証になると思いますけど……」
「なるほど、そういう考え方があるんですね。そこまで考えが至りませんでした」
「もちろん、名前が付いている物に関しては一緒に埋めましょう。ドッグタグは冒険者ギルドに持って行くと、照合してくれてご遺族にも伝えられると思います」
「山屋さん! 結構重要なことをしていらっしゃるんですね」
「これも巡り合わせです。自分のようなスカベンジャーが来なければ回収もできません」
遺骨に関しては死霊術師に見つかると面倒なので、とっとと埋めることも教えておいた。
奥に行くと不死者の魔物・ドラウグルが剣を持って歩き回っているのが見えた。ランプの明りに気が付いてこちらに向かってくる。
「どうしましょう!?」
「落ち着いて、逃げれそうなら逃げてください。聖水の水鉄砲で対処できる相手です」
女僧侶は逃げ出したが、躓いて転んでいた。
俺は聖水の水鉄砲でドラウグルを足止め、ピッケルで頭をかち割り倒しておく。
「怪我はありませんか?」
「膝が……。でも、大丈夫です。プリーストですから」
膝小僧の皮膚がぱっくり割れていたが、彼女は回復魔法を使ってすぐに治していた。回復魔法の腕はあるようだ。
「回復術師としては優秀なんですね」
「一応、これだけは出来るように教会で習いましたから……。あ、ちょっと待って! 山屋さん! 弓を引く音が……」
咄嗟の声に俺は身をかがめた。
ヒュン!
俺の頭の上を矢が通り過ぎていく。
弓兵のドラウグルもいたらしい。ランプを置いて、女プリーストを抱えて距離を取る。
ドラウグルがこちらの部屋に来たところで聖水の入った竹筒ごと浴びせた。
グゥアッ!
ドラウグルの首を狙ってピッケルを振る。
カコンッ。
ドラウグルの頭が飛んでいった。
「よし、じゃあ、黄泉の国から蘇ってきてしまったドラウグルから、黄泉の国への渡し賃を回収しましょう」
「あの山屋さんって、意外に戦闘能力が高いんですか?」
「え? そんなことはないと思いますよ」
「でも、ピッケルでドラウグルを倒せる冒険者は少ないと思います」
「中堅の冒険者はだいたいこんなものですよ。倒し方さえわかっていればそれほど怖がらずに対処できる。でも、プリーストさんもすごいですよ。よく弓を引く音なんて聞こえましたね」
「ええ、実家で遠くで歌う吟遊詩人の声をずっと聞いていたので、耳だけはいいんです」
「吟遊詩人がいる場所だったんですか?」
「ああ、ええと、元々貴族だったんですけど没落しまして教会に入れられたんです。ただ、どうも他人と生活するのが合わないようで追い出されてしまい、冒険者になってパーティーを組んでも、そのぅ……」
「上手くいかない?」
「そうですね。わざわざ危険に飛び込むような真似はしたくなくて。なぜ皆、罠にかかりに行くのだろうと……」
「もしかして音で罠がわかるんですか?」
「弓の罠とか、上から何かが落ちてくるような罠はわかります。反響する音が違うので」
「召喚罠とかは?」
「ああ、魔物が出てくる音は独特なので、わかるんですよ。でも、落とし穴とかワープ罠とかはわからないんですよ」
「それはかなりいい能力です。大事にしてください」
彼女の能力は冒険者として十二分に発揮できると思うのだが、本人もその能力を持てあましているようだ。冒険者ギルドも扱いに困るわけだ。
「プリーストさん、罠をもう少し勉強してみませんか?」
「いや、勉強したいですけど……」
「罠の解除方法については自分が教えますから、単独でもダンジョンに入れるようにしてください。おそらくそれだけでも、他の冒険者にとっては生存率が上がるはずなんです」
「どういうことですか?」
「つまり、ダンジョンで怪我した冒険者を救うフリーのプリーストとして、治療費を取れば生計は立てられるはずです」
「なるほど。ソロでもいいんですよね……?」
おそらくお茶だけでなく、クッキーなども食べられるようになるはずだ。
「あとは逃げ足と荷運びの筋力を鍛えておけば、冒険者ギルドからの依頼は止まらなくなると思うんですよ」
「戦わなくても稼げると?」
「そうですね。ダンジョンに現れる魔物を確認して対処できる依頼だけ請ければいいんです」
「ああ、そうすると武器や防具のメンテナンス費などが抑えられますね」
「そうです。とりあえず、ここから先、罠が出てきたら解除法をすべて教えていきますから、やってみませんか?」
「やります!」
そのままダンジョンの最奥まで罠を解除して回り、遺体を回収。取り損ねている宝箱や金貨、宝石類なども袋に詰め込んでいった。
「ダンジョンに一度入っただけで、こんなに回収できるものなんですか?」
「これはたまたま古くて最近攻略されたダンジョンだからですよ」
「でも、これ初心者の冒険者なら、1年分くらいの稼ぎなのでは?」
「そうかもしれませんね」
女プリーストは「こんな稼ぎ方があったなんて」と呟いていた。
「フリーのソロプリースト、ちょっとやってみようと思います」
「ええ、いろいろと試してみてください」
冒険者ギルドで、しっかり回収した品を鑑定してもらい、報酬は山分け。罠の講習代だけ少し俺の方が多かったくらいだ。
若い才能に触れると、今までなかった道が見えてくることがある。中堅冒険者にも教えられることはあるかもしれない。




