幸せの黄色い酒
特殊な趣味であることは自覚している。だが、最も安全に稼げる趣味でもある。
俺が狙うのはただ一つ。廃ダンジョンだ。
冒険者の中には狩人と呼ばれる人たちがいる。基本的に魔物を狩る専門家たちだ。戦うわけじゃなくて狩る。罠猟は元より、猟銃を使って魔物を狩る。
ダンジョンでは位置を知らせてしまうし跳弾などもあるため猟銃の使用は禁止されている。また、魔力がない者が使う日陰武器として扱われるから、猟銃を持つ狩人は冒険者の中でも単独で行動している人が多い。
俺に罠抜けを教えてくれた師匠は、そんな猟銃を使う狩人だった。恩返しのつもりじゃないが、辺境で穫れた野菜を送ると手紙が届いた。
『おう。ひさしぶりに顔を見せに来い。廃ダンジョンもある』
どうやら師匠は俺の噂を聞いているらしい。狩りは情報戦だと言うが、廃ダンジョンと聞いたら俺も行かないわけにはいかない。近くの村で地酒を買い、持って行くことにした。
飛行船と馬車を乗り継いで、南部の山の奥へ向かった。
鳴子罠が仕掛けられており、わかりやすい落とし穴なども各所に仕掛けられていた。獣の行動を制限しているのだろう。
「随分と濃い緑の風が吹いてくると思ったら、お前だったか」
「お久しぶりです」
師匠は人の感情や性格を色で見る共感覚の持ち主だ。緑ということは穏やかということだろうか。俺も共感覚があるわけではないが、黄色い声、ブルーな気持ちなどは理解できる。
「今は山屋と呼ばれているんだったか」
「ええ。だからこんな身なりをしています」
「辺境は心地いいか?」
「ええ、宿屋の主人ぐらいしかいませんから、よほどのことがない限り穏やかに過ごしていますよ」
「いいなぁ……。冒険者は何かと騒がしいからな。そのくらいのところで過ごした方がいい」
師匠はすでに仕事を引退している。冒険者としては中堅止まりだったが、人の感情を読めすぎるため冒険者ギルドの監査役に抜擢され、ギルド内の不正事件の捜査をしていた。
「地酒を持ってきました」
「お、喜びが詰まっているな。いい酒だ」
作った物にも感情が込められる人たちがいるらしく、師匠は技術よりもそういう人たちが作った物を好む。宿の主人は「味がある」と言うが、師匠は「色味がいい」と言う。
「仕事は夜からだ。今のうちに飲んでおくか」
「昼から飲む酒が一番美味いですからね」
「そりゃ、仕事が終わったあとだ」
寝酒として一杯の酒を飲みながら、仕事の打ち合わせ。
「昔からあったダンジョン跡なんだけどな。もちろん罠はすべて解除してある。隠し通路も隠し部屋も全部開けたと思ってはいるんだが……」
師匠は何かを探しているらしい。
「何があるんです?」
「いや、俺もあるかどうかはわかってないんだが……。草木も眠る丑三つ時にダンジョンに入ると霊が出るんだ」
「ゴースト系の魔物ではなく?」
「ああ、そういう魔物なら俺も色がついて見えるんだ。現世に怒りを持っていたら赤く見えるし、恨みを持っていれば紺と紫が混ざったような色をしている……」
「そういう色がない?」
「そう。白い純粋な霊だ」
「冒険者の霊ってことですか? それとも魔物の?」
「両方いる。だから不思議なんだ」
「どこかに骨が埋まってたりはしないんですか?」
「それも考えたがおそらくいない。知り合いの僧侶にも確認してもらったし、冒険者仲間にも一緒に探してもらったが、すべて遺骨は外に出していて昇天しているはずなんだ」
「ん? それ霊じゃないんじゃないですかね?」
「やっぱり、お前もそう思うか? ん~……、だとすると誰かの記憶が具現化しちまってるってことだ」
「まさか……!」
「そのまさかなんじゃないかと思う。ダンジョンコアだろう」
ダンジョンに冒険者や魔物が出入りすれば、当然魔力が蓄積される。魔法使いが魔法を放てば魔力の残滓が大気の中に拡散されるし、魔物が死ねば魔力は空気中に放出される。そういう魔力が人や魔物の感情と混ざり、固まっていくとダンジョンコアになるのだとか。
つまり、多くの冒険者を惹きつけ、魔物たちを召喚したダンジョンほどダンジョンコアはできやすくなるはずだ。
だが、そんなダンジョンコアは歴史上でもほとんど発見されてこなかった。かつてダンジョンマスターだった男の伝記に、条件が整うと時々現れる現象と記されているが、証明されていない。また、ダンジョンコアさえあれば、ダンジョン内の部屋や通路は一瞬で作ることができ、いくらでも望んだ魔物を召喚できるなどと言われている。
「ダンジョンコアなんて本当にあるんですか?」
俺は存在そのものに懐疑的だ。
「わからん。だが、ダンジョンに潜る者なら誰でも想像したことはあるだろ?」
「そうですけど……。師匠はダンジョンコアの記憶が具現化していると考えてるんですか?」
「うん。ダンジョンコアが見せる現象の一つなんじゃないかと思ってる」
「どうですかねぇ……」
「とにかく夜になったらダンジョンに潜ってみよう。お前だったらもしかしたらダンジョンに気に入られるかもしれない」
「ダンジョンに感情なんてあるんですかね」
俺は首を傾げながらも、酒を飲んで寝た。
日が落ちて、夜が更けてきた頃にどちらが起こすというわけでもなく自然と起き出し、ダンジョンへと向かう。会話はなくとも、仕事前にやることなど決まっている。
ダンジョンは山の麓付近にあり、街道とも近い。かつては有名なダンジョンで、周辺の町からこぞって冒険者がやってきたという。大きさも4階層まであり、俺が入ってきた廃ダンジョンの中ではかなり広い方だ。廃ダンジョンとは言え、立地もいいので商業利用しようと思えばできそうなのだが、今のところ計画ばかりが先行して工事は着手できていない状況なのだとか。
ランプを灯し、師匠と二人で中に入る。壁や床を見ただけで、どれくらい調べたかはわかった。蜘蛛の巣一つ見当たらない。
「入口からこんなに調べたんですか?」
「当り前だ。罠があった場所は痕跡を残しているから、見ておいてくれ」
「わかりました」
一階層ずつ師匠と一緒に見て回る。自分が調べそうな場所は師匠がすでに調べ終えているところ。それでも、もう一度調べていく。
ピピピピ……。
「あ、ほら金属探知機に引っかかるじゃないですか」
「文明の利器を使ってるな。でもそれは缶詰の蓋かなんかだろ」
実際、缶詰の蓋だった。
「価値のあるものはほとんど浚って売っちまった」
結局4階層まで調べたが、当然、師匠が調べ終わったあとなので何もない。秘密の小部屋や罠のあとなどもさんざん調べつくされた後だった。
「そろそろだ……」
師匠が時計を見ながらつぶやいた。
いつの間にか丑三つ時なっている。
「あ、来るぞ」
白いホブゴブリンの霊が4階層の階段を駆け上がっていく。ケンタウロスやアラクネなどの霊も冒険者の霊と戦っていた。特にこちらを意識しているわけではないし、どの霊体も感情がないように動いているだけ。
「これは、確かに……記録された過去を再現していますね……」
「ダンジョンが直接記録しているわけじゃないだろ?」
「やはりどこかにありますね……」
コンコンコンコン……ゴンゴンゴン……。
ボス部屋の角の壁を叩いていたら音が若干変わった。
「師匠、これ南側か東側の壁全体がハリボテなんじゃないですか?」
「そんなことあるか!?」
「試しに同時に砕いてみましょう」
「やったけどなぁ」
俺と師匠は、南側と東側に分かれて壁を叩いてみた。
師匠がつるはしで叩いた東側の壁材は崩れたが、俺が叩いた南側の壁はいくら叩いても崩れなかった。
「これは南側の壁がおかしい」
「東側の壁際から穴を空けて空間が開いてないか見てみましょう」
東側の壁の端から南へ向けて斜めに掘っていく。
「ダンジョンマスターからすれば完全な裏技だぞ」
「確かに謎解きではないですね。墓荒らしに近い」
「あ、でも、開いたぞ」
南側はやはりハリボテで、内側に防御の魔法陣が描かれていた。俺が半身ほど空いた穴から腕とピッケルを伸ばして、魔法陣を崩す。
ドガラガラガラ……。
今まで溜め込んできた衝撃が一気に解放され、壁全体が崩れた。
崩れた壁の向こう側はまたもや壁だったが、中央付近にドアがある。
鍵はかかっていたが、俺も師匠も開けるのは造作もない。
ガチャリ。
ドアの向こうは居酒屋ほどの空間が広がっており、黄色い球体が浮かんでいる。
「随分嬉しそうだな」
球体の周囲には白い煙が噴き出していて、魔物や冒険者の形になっては消えている。
「これがダンジョンコアですか……。初めて見た」
「俺もさ」
俺たちはダンジョンコアに見惚れてしまい、しばらくその場に座って眺めていた。
ダンジョンコアの周りにある煙は、天井に立ち上っていく。おそらく3階層や2階層で白い霊が出ている頃だろう。いや記憶の再現か。
「酒を持ってくるんでした」
「持ってきてるぞ。こんなこともあろうかとな。どうせ、あんな球体は運べない」
師匠は俺が辺境の近くで買ってきた酒を取り出して、小さいカップで回し飲みをした。
ダンジョンコアの黄色い光のせいなのか酒のせいなのか、祝いを上げたくなるような空気が流れ、俺たちは暖かい気持ちで酒を飲んだ。
いつしかダンジョンコアから立ち上る煙が消えて、光も徐々に弱くなっていった。
「朝焼けの時分だな」
ダンジョンコアの光は最後に緑色に光り、煙のように消えた。
「記憶の残り香みたいなものか」
「確かにダンジョンコアは現象なのかもしれませんね」
「ああ、今度は触れて部屋を作れるか試してみるよ」
師匠ならダンジョンを再生させられるかもしれない。
小さなコップに残った酒はほのかに黄色く光って見えた。




