蜂蜜と薬師家系
特殊な趣味であることは自覚している。だが、最も安全に稼げる趣味でもある。
俺が狙うのはただ一つ。廃ダンジョンだ。
ここのところずっと仕事が続いていて休むために辺境の宿で過ごしていた。お金が貯まってきたので宿の主人に数年分の滞在費を宿に払おうとしたら、自分で宿を作ったらいいと言われる始末。それもいいと思っていたが、自分が過ごしやすいからといってわざわざ辺境に儲かりもしない宿を作る必要はない。
どこかいい場所はないかと周辺の地図を見ながら、ぼーっと過ごしていた。
ある日のこと、宿の食堂で身体の小さな娘が朝食を食べていた。
「親戚ですか?」
宿の主人に聞いてみると、首を横に振った。
「山奥から来た薬師の娘だ。若そうに見えて、俺より年上だから気を付けろよ」
どう見ても、20代に見えるが、50代だとか。山に籠り健康的な生活を送っているから若さを保っていられるらしい。それにしても肌の透明感は今まであった誰よりもある。もしかしたら吸血鬼や物の怪の類なんじゃないかと思うほどに。
「私の顔に何かついていますか?」
「いえ、すみません。肌があまりにも美しかったので」
「ああ、食材の旨味をどうやって生かすのかを考え続け、睡眠と運動を適度に取るとこうなりますよ」
「そうですか……」
俺は朝なのになぜかステーキを食べようと思った。肌や若々しさよりも美味しいものを食べて死にたい。
「つかぬ事を聞きますが、ここに山屋という冒険者がいるそうですね」
「います。俺のことですね」
「あら、本当。依頼をしたいのだけれど、辺境には冒険者ギルドがないから直接してもいいかしら」
「ええ、構いませんよ。依頼内容が廃ダンジョンであれば、ですが……」
「ダンジョン跡地よ」
「なら、行きますよ。成功報酬は出来高で払ってもらえれば。ただし、最低でも成果の1割はいただきます。よろしいですか?」
「わかったわ」
「では、ちょっと朝食を食べて準備をしますんでお茶でも飲んでお待ちください」
薬師のおねえさんに連れていかれて、馬車に乗り辿り着いたのは相変わらず山だった。ただ、標高はそれなりに高く雪解け水が流れ、花々が咲き乱れる山の中腹当たり。養蜂が盛んで、廃ダンジョンでも養蜂をしていたのだという。
「私の家系は女系家系で、女の方が強いのよ。ほぼ薬師か採取業を営んでいるんだけど、そのなかで私の父は外様の薬師でね。薬師の傍ら、養蜂家やダンジョンマスターをやっていたみたい」
父親が作ったダンジョンが今回の依頼で調査するダンジョンだ。
「中は短いはずなんだけど、罠がいろいろと仕掛けられているみたいで、専門家を呼んだというわけ」
「なるほど。なにかお父さんが残してくれたものに心当たりは?」
「薬学の研究成果があるかもしれない。あとは、たぶん中で父が死んでいるはず」
「遺体回収ですか」
「入ったっきり帰ってきていないそうだから、葬儀もできなくてね。母とも離婚しているから、一応、私が唯一の家族なの」
「なるほど、了解しました」
遺体回収がメインで、研究成果は二の次か。あまり深くは聞き出さない。自分は心理療法士でもなければ、僧侶でもない。言いたくなったら自分で言うだろうし、仕事とは別だ。
「では、いってきます」
「もう行くの?」
「行けない理由はありますか?」
「いや、長く父に会っていなかったから心の準備が……」
「それは俺が入っている間にしておいてください」
俺はとっととダンジョンの中に入った。
通路に養蜂箱が並んでいるが、ミツバチはどこにもいない。どこかへ去った後らしい。奥に行くと、トラバサミや落とし穴などの罠の他、壁にはちゃんと召喚術の魔法陣まであった。
「しっかりとしたダンジョンだ」
蜂の魔物でも呼び出していたのか、大型犬くらい大きな蜂の魔物の死体が転がっていた。針を回収しておく。盗賊らしき女性の死体も見つかった。無数の針で刺されたような痕があった。さらに冒険者らしき男の死体も見つけたが、やはり無数の針で刺されていた。
まだ召喚術の罠が機能しているらしい。壁の罠を消して、部屋の隅にランプの明かりを当てると、毒を持つ蜂の死体が山のように積まれていた。
「召喚されたから巣に帰れないよな」
魔物が帰るためのワープ罠は用意していなかったらしい。女盗賊と冒険者の死体から、指輪や財布などを回収して、さらに奥へ行く。
依頼主は短いと言っていたが、意外と広い。
コンコンコン……、ガコッ。
隠し部屋もいくつかあり、天井の割れ目から日の光が差し込んでいて、薬草畑も見つけた。ダンジョンマスターは栽培家としても優秀だったのだろう。山の水も引いてあり、ちゃんと今でも各種薬草が育っていた。ある程度、証拠として採取しておく。
ボス部屋も用意されていて、大きな召喚術の魔法陣が描かれていた。起動した跡はなく、魔物の死体もないので一度もボスは召喚されていないのかもしれない。
魔法陣を消して、周囲を探ると床に穴が空いていた。梯子も付いていたので下りてみると、そこはダンジョンマスターの居住スペースになっていた。ずっとここに住んでいたわけではないのだろう。ベッドは組み立て式で壁に立てかけられていた。
ダンジョンマスターは椅子に座っていて、すでに白骨化が進んでいる。ただ、50代女性の父と考えるとおかしな骨格をしていた。老人のような骨ではなく、関節にも摩耗した後は見られない。むしろ少年のような骨格をしている。
机には「若返りの薬の副作用」と題した書きかけの論文があった。
だとすれば棚にあるのは若返りの薬だろうか……。
ひとまず証拠品として少年の骨と薬、論文などを手に取り、外に出た。
「父は見つかったんですか?」
「ええ。見つかったんですけど、お父さんは若返りの薬を研究していました?」
「え? 蜂蜜には若返りの効果がありますが……」
「ダンジョンマスターは少年のような身体で亡くなられたようです」
「……そうですか」
「論文もありますので、どうぞ」
骨と遺品を依頼主に渡すと、興味深そうに頭蓋骨を見ていた。
「もっと父の死体が見つかったら忌避感があると思っていたのですが、こうしてみると全然そんなことないんですね。こんなにしっかりとした骨が見つかるんですね。よく頑張ったと褒めてあげたい……」
その後、女盗賊は依頼人の叔母に当たる人で冒険者はその愛人だと判明した。
女系の薬師一家は現状、衰退し看板を下ろすつもりであったらしい。本来であれば、依頼人の父親に頭を下げて頼ればよかったのだが、それもできず骨肉の争いをした結果なので同情は必要がないという。
「お分かりだと思いますが、父は若返りの薬を発見しましたが、その副作用で死にました。報酬の一割を差し上げるという契約なので渡しますが、重々用法を守ってお使いください」
「薬以外も薬草畑などがありますが……」
「これ以上は持ち帰れません。叔母のことも祖母たちと話さなくてはいけなくなったので、残った物はすべて好きに持って行ってください」
依頼人はそそくさと馬車に乗って帰ってしまった。若返りの薬と比べると、残り物は一割にも満たないということだろうか。
確かに、死んでもいいから僅かな期間だけでも若くなりたいと思う金持ちは多いだろう。俺には伝手がないので売れないが、若作りをしている薬師には顧客がいる。
物を売る難しさを感じた。
ダンジョンマスターの部屋に戻り、机の引き出しや棚などをひっくり返してみると、近くの家の権利書などもあった。
「いいのか? 全部持って行って……」
戸惑いつつも鞄に入るだけ頂いた。
蜂蜜には若返りの効果があると言われるが、ここまで若返ると家系で揉めるのかもしれない。




