先輩で弟子
特殊な趣味であることは自覚している。だが、最も安全に稼げる趣味でもある。
俺が狙うのはただ一つ。廃ダンジョンだ。
俺が住む辺境では時々蚤の市が開催される。辺境なので他の地域より珍品は多く、いろんなギルドに宣伝しておくと、商人や冒険者たちが飛行船や馬車に乗ってわざわざ掘り出し物を探しに来る。
ほとんど宿の住人となっている俺は、自然と手伝っていた。
「荷物を預けたいだけなら、ロッカーがあるよ。泊まるなら、銀貨二枚ね。食堂を開けたければ、料理ができる人を連れてきて」
宿の前で声をかけていたら、古い知人に会った。
「あら?」
「ああ! 先輩、お久しぶりですね」
魔法使いの先輩が蚤の市目当てで辺境まで来たらしい。以前は女性ばかりのパーティーにいて面倒な金銭トラブルで揉めていた。俺はその頃から、フリーのシーフとして罠抜けや斥候を請け負っていて、特になんの害もない俺を先輩は時々呼んでくれていた。一歩引いて、堅実にお金を貯めていたが何かに使ったのだろうか。
「あんた、今、山屋って名乗ってるんだって?」
「ええ、廃ダンジョンばっかり潜っていて山登りの恰好してるんでそう呼ばれてるんです」
「へぇ、一人でやっていけるくらいには儲かってるってこと?」
先輩の言葉に、宿の主人が笑っていた。
「山屋はこの辺境で一番の稼ぎ頭だよ」
「本当に!?」
否定すると嫌味になる。
「金があっても辺境じゃ使うところがないんですよ」
「あるわよ! いくらでも! 私塾でも開けばいいじゃない」
「何を教えるって言うんですか?」
「廃ダンジョンの潜り方? ちょっと私に教えなさいよ。わかった。弟子になるわ。今日から先輩じゃなくて弟子になるから」
「ええ? なんかあったんですか?」
「長く生きてるといろいろあるのよ」
結構大変なことがあったらしい。特に俺は聞かなかった。
とりあえず、先輩には食堂で料理を作ってもらい、蚤の市の最中はずっと廃ダンジョンについて詳しく聞かれ続けた。
「わからないわ。どうして、それでそんなに稼ぎがあるの?」
「はい。これ、調理代ね」
宿の主人からはきっちり報酬を受け取っていた。
「変わらないですよ。堅実に金目のものを拾っているだけです。何もない時だってありますよ」
「山屋は現地に寄付してくるときもあるんだ。金で争うより、信用の方を取っている。だから仕事も来るし、結果的にそっちの方が、心に余裕がある分、宝も見つけられて儲かるんだ」
「そうなの?」
「いや、俺は楽しんでるだけで、趣味と思ってやってますよ。まぁ、でも、何事も丁寧にやると発見はあるんじゃないですか」
「とりあえず、一回連れて行ってくれない?」
「いいですけど……」
面白さが伝わるかどうかわからないが、物は試しだ。
ちょうどよく蚤の市に来ていた山の所有者が、古いダンジョンがあるけど墓かもしれないからちょっと見てきてほしいと依頼をしてきた。そこへ先輩と一緒に向かう。
馬車を乗り継いで山へと入り、山の上にあるダンジョンを目指す。
「こんな大変なの?」
「先輩は杖がある分楽な方ですよ。剣士は鎧を着てるんですから」
「まぁ、そうね。あいつら筋肉馬鹿だと思っていたら、脂肪が少ないからすぐに風邪ひくらしいの。だから厚着している剣士も多くなってきたよ。重い荷物を背負っている分、長時間ダンジョンには潜れないし、戦闘じゃ盾役に徹してくれればいいんだけどね」
パーティー運営はいろんなプライドが絡み合っているのだろう。
ダンジョンに辿り着き、潜る準備を始める。
「その竹筒はなに?」
「聖水鉄砲です。ほら、依頼人の爺さんが墓かもしれないって言ってたじゃないですか」
「え? 骸骨剣士を聖水で倒すの?」
「ええ。まぁ、倒せなくても逃げる時間を稼げればいいので」
「戦わないことに徹してるのね」
「戦うことに体力を使わないだけで、相当人間って動けるんですよ」
「なるほど、そういう考えもあるのか!」
汗を拭きながら先輩は納得していた。
「潜ります」
「今どき油のランプなの?」
「一番長持ちするし、楽なんです」
「確かに、明かりの魔法は魔力の無駄か……」
魔力は自然回復するが、単純に消費している期間が長いと戦闘になった時に不利なのだとか。それも俺は知らなかった。
コンコンコン……。
「そんなにピッケルで叩いて何をやってるの?」
「反響を聞いて、罠を探ってるんですよ。ほら前方に落とし穴がある」
「本当だ」
「ああ、人が入ってますね。シーフですか」
俺は落とし穴の中に入り、骨を拾って袋に入れる。
「骨なんてどうするの?」
「後で表に墓を作って埋めます。死んでからずっとダンジョンにいるのも寂しいでしょう」
「でも、死体じゃない」
「死体ですよ。放っておいてもいいけど、こういう先人のお陰で俺は廃ダンジョンに潜れているので。あとはほら盗賊でも落とし穴の中までは探らないんです」
俺は死体が持っていた金貨や宝石類を見せた。
「うそでしょ!? この死体、結構優秀な冒険者だったんじゃないの?」
「あるところにはあるもんなんです」
さらにワープ罠や毒矢の罠などを解除していく。ただ先輩が興味を持ったのは召喚術の魔法陣や死霊術の儀式跡だった。
「表では教えてくれない魔法陣ってこんなにあるんだ……」
「そうなんですよ。解析できたりしませんか?」
「解析? 魔法陣からどんな魔物が出てくるとか?」
「そうです」
「そんなこと……。魔法言語だから、出来なくはないのか……。この魔法陣だと獣が召喚されるわ。だから、さっきのワープ罠を仕掛けてたのか」
「どういうことですか?」
「つまり、召喚した魔物を養っていけないでしょ? だからワープ罠で送り返してるのよ。ワープ罠もそういう故郷へ飛ばす魔法だったじゃない?」
「そうだったんですか?」
ワープ罠に種類があるなんて初めて知った。
「あんた師匠なんだから、それくらい知っておいてよ」
「そうでした。ちなみに死霊術の儀式はなんの儀式かわかります?」
「これ、死霊術って言うか、グール(屍食いの魔物)を呼び出すためのもので、ほら半分だけ出てきて、カラカラになってるじゃない? 聖水かけておいて」
「わかりました」
カラカラに乾ききったグールに聖水をかけると、ジューッと音を立てて溶けていった。
「あ、こんなに聖水って効果があるものなのね。常備しておこう。だいたいプリースト(僧侶職)って性格悪い奴多いから、信じてなかったけど改めるわ」
「魔石要ります?」
「もちろんいるわよ。なに? 別に要らないの?」
「いや、ほとんど冒険者ギルドで売ってました」
「今度から大きい魔石は査定額の1割増しで交渉してみてごらん。すぐに引き取ってくれるから」
「へぇ、やっぱり先輩はすごいですね」
「すごくはないよ。冒険者が長いってだけ」
ボス部屋に行くと、先輩はさらに興奮していた。
床の石材を剥がすと大きな魔法陣が出てきたからだ。
「部屋全体に魔法陣を描かれてることってあるの?」
「あると思いますよ。それだけ大きい魔法陣が隠されていることは多いので」
「こんな面倒な工事をしてるなんて。契約の紋章が多いもの。召喚術師もたぶん何日もかかってボスを召喚するのね。そりゃ、罠仕掛けて足止めしておかないとボスも出せないわ」
コンコンコン……ボコ。
「あ、その召喚術師の部屋を見つけたかもしれません」
ダンジョンマスターの部屋だ。
「扉を見つけてもそれだけ封印術をかけられていたら開けないでしょ」
「大丈夫ですよ。蝶番を壊せばいいだけなので……」
「ああ、扉じゃなくて枠を壊せばいいのか。裏技ね」
中には杖や薬品、本などが残されていた。薬草の鉢植えは枯れているものの、本もかびておらず残されている。
「杖は持って行きます? 薬品は効果がわからないのでとりあえず売っちゃいます。欲しい本があれば取っておいてください」
「いやぁ、あんたの弟子になってよかったぁ」
ひとまず全部回収して山分け。表に出て、近くの町へ行き、冒険者ギルドで査定してもらった。
査定してもらっている最中に料理屋で食事をする。拾った金貨で払ったら、先輩は驚いていた。
「どうです? 面白かったですか?」
「面白いなんてもんじゃないわ。契約の魔法陣なんて、すぐに破られるから何の役にも立たないと思ってたけど、召喚術や死霊術にとってはあんなに重要な魔法なのね。初めて知ったわ」
「いや、俺も先輩のお陰で初めて知ることが多かったです」
「正直、私は冒険者としてうんざりしていたのよ。計画性のない人たちと絡みたくないし、報酬の取り分で喧嘩なんてしたくないのに、世話ばっかりさせられてさ。冒険者を止めようかと思ってたら、あんたが山屋なんて変なことをやってるって聞いて辺境まで来たの。人生変わっちゃったわ」
「じゃあ、先輩も廃ダンジョントレッキングを趣味にしますか?」
「ああ、それはしない。召喚術や死霊術を理解していないダンジョンマスターがいるってことよね? もう少し裏の術式を学んでダンジョンのコンサルタントをやるわ。その方が儲かりそうだし、冒険者ギルドもお金を払ってくれそうだからね」
ダンジョンマスターの部屋から持ってきた本は、ほとんど先輩が持って行くことになった。
「また、魔法の罠が多い廃ダンジョンがあったら教えて」
「わかりました。冒険者ギルドで手紙を送ります」
その後、先輩で弟子の魔法使いは、得意先になった。




