ダンジョン未満
魔大陸でも廃ダンジョンばかりを探索していると、使命依頼を受けることがある。しかも、ダンジョンマスターからだ。
古くは氷室として使っていた洞窟を改造してダンジョン化したはいいものの人が死ぬということに耐えられないという。
「なんて甘いことを言っているんだ? と思うかもしれませんが、魔族の人命への意識が高い地域でして」
冒険者ギルド職員は、難しい顔で俺に説明した。
「冬の寒さで何人も子が売られ、老人が亡くなった村です。数年前に村自体の存続ができなくなったことをきっかけに、最後まで残っていた男性が氷室をダンジョンに改造したわけです」
「なるほど。別に、魔物がいないのであれば行きますけど、そもそも冒険者もバカじゃないので、特にお宝を用意しないのであれば、わざわざ罠に嵌りに行く者はいませんよ」
「そうですよね。ただ、一応、お宝がなくはないんですよ」
「どんな?」
「一種の幻覚剤なんですけど、魔物と意思疎通ができるようになる薬があると本人は言ってますね」
「はぁ……。なるほど」
西の都市では魔物使いの文化が根強い。北方に魔物と意思疎通ができる薬があれば、取りに行く魔物使いもいるだろう。ニッチなお宝ではあるが、魔物使いであれば無視はしない。
「需要はありますね……。魔物使い自身が死なないようにできればいいわけですね?」
「言ってしまえばそうですね」
「普通の冒険者では対応しにくい依頼だから、俺に……?」
「そうです。ダンジョンコンサルタントのようなことをさせて申し訳ないのですが……」
「いえ、廃ダンジョンであればどこにでも行くつもりですから。今回は廃ダンジョンと言うか未ダンジョンですかね」
パーティーメンバーに断りを入れてから現地へ向かう。最近は、パーティーメンバーには資金管理を任せていて、勝手に商売も始めているのでこちらは楽だ。「独立するなら、勝手に資金を持ち逃げしないで言ってくれ」とは言ってある。
ただ、独立や資金稼ぎをしたいとかではなく、ループ爺さんは店自体を立て直すのが面白くなっているらしく、潰れそうな資金繰りができていない店舗を丸ごと買っている。活人拳のソーコは資金調達自体が楽しくなってきているのだとか。
ちなみに死霊術師のナギは、夜な夜な探偵業のようなことをしているらしい。
「なんで付いてきてるんだろう?」
なんだかすでに冒険者のパーティーではなくなっている気がする。
とりあえず、冒険者の仕事をしていない者たちは放っておいて、ダンジョンマスターと話をすることに。
「こんな僻地までご足労ありがとうございます」
「いえ、ダンジョン未満だと聞いてやってきました。普段は廃ダンジョンばかり潜っていますから、少しは協力できると思います」
「お願いします」
「で、一応、見て回っていいですか?」
「もちろんです。査定の方をよろしくお願いします。一応、冒険者を死なせないようにはしていますが、ケガぐらいはするかもしれないという設定にしてあります」
「了解です」
古い氷室の入口が、そのままダンジョンになっている。ランプに火を点けて、ピッケル片手にダンジョンの中に入っていく。
通路には落とし穴があるし、簡易的なトラバサミもある。魔物を出す召喚罠はないが、ワープ罠はあった。ダンジョンマスターは、ちゃんと勉強はしているようだ。隠し部屋の扉はわかりやすいが、おそらく後でパテでも塗るのだろう。
中に歯を抜かれたミミックの死体が置かれていた。例の薬を入れておくのか。
最奥にはボス部屋はあるものの床一面に落とし穴が仕掛けられていて、正しい道を通らなければいけない仕掛けだ。
「なるほど……」
俺はいくつかの問題点と提案を書き出していった。
ダンジョンを出ると、ダンジョンマスターが待っていた。
「どうですか?」
「悪くないと思いますよ。本当になるべく人は殺さないようにしたいんですね?」
「そうです。これ以上、この地で人が死ななくてもいいんじゃないかと思って」
どうやらダンジョンマスターは多くの老人を看取ってきたのだろう。
「で、あれば、このダンジョンを魔物専用にしませんか?」
「どういうことです?」
「魔物が探索するダンジョンにすればいい。魔物使いだけに向けたダンジョンで、そもそも意思疎通ができないと探索は難しいという……」
「でも、魔物語を翻訳する薬もないのに、そんな事できますか?」
「やはりお宝は魔物語を翻訳できるようになる薬なんですか?」
「そうです。ミミックの体液から作る薬で、秘薬とはされていますが、この地方に残っている薬ですね。もちろん、一定時間しか使えませんよ」
「よく効能に気づきましたね」
「私は元々長寿だったミミックを使役していた魔物使いですから」
「なるほど……。その秘薬は量産できますか?」
「いや、すぐには無理ですよ。一ヶ月に2、3本作れればいい方です」
であれば、月1本と考えていいだろう。
「ミミックと今でもつながりがあるんですね? 隠し部屋に置かれていたのは、前のミミックですか?」
「あ、見つけましたか……。ええ、埋めるよりダンジョンの中で死にたいと言っていたので。今使役しているミミックは家で、罠を考えてくれています」
「ダンジョンマスターが二人いるようなものですね?」
「そうかも知れません」
魔物使いとしては理想的なのかもしれない。
「だったら、やっぱりダンジョンを魔物に寄せたほうがいいと思います。落とし穴はもっと深くして、レバー式の扉をつけて、魔物にとっては難しくしていく方がいいと思いますよ」
「魔物使いが魔物を探索させるためのダンジョンですか?」
「そうです。魔物使いの訓練場のようなものですが、需要はあると思います。もし収益化したいのであれば、冒険者を殺すために召喚罠を仕掛けたりしたほうがいいと思いますが、不殺をルールにするなら収益よりも訓練場という意識を持ってダンジョンを作ってみてはどうです?」
「本当に来てくれますかね?」
「月に数人は来てくれると思います。もちろん初めはマッチポンプのように魔物使いに指名依頼をかけて広めてもらうのがいいと思いますが……」
「ダンジョンマスターって難しいんですね」
「ダンジョンって巨大な罠ですからね。冒険者を殺さないっていうルールはそれほど難しいんですよ」
「わかりました。ちょっとミミックと相談してみます」
俺は町へ戻ろうとした。
「あ、あの報酬は?」
「大丈夫です。成功したら、収益の5パーセントを冒険者ギルドに収めてください。それが報酬になります」
「いいんですか!?」
「ええ。ダンジョン、期待しています」
ここからダンジョンマスターの知恵が試される。俺としてはどっちでもいい。運用が続けば持続的に報酬を得られるが、失敗すれば廃ダンジョンができる。
しばらく北方の田舎町に滞在していたが、廃ダンジョンの噂は聞かなかったので、案外うまく運用しているのかもしれない。




