魔王の後始末編
特殊な趣味であることは自覚している。だが、最も安全に稼げる趣味でもある。
俺が狙うのはただ一つ。廃ダンジョンだ。
辺境の中にも辺境があると知ったのは、いつだったか。飛竜の谷に帰ってきた時には辺境のさらに辺境から依頼が舞い込んでいた。
竜も住まないような場所にその異教の寺はある。かつては縁切寺などと言われて暴力夫からの逃げ場所として機能していたなどと謂れがあるが、実際のところどうなのかは誰も知らない。
そんな寺から僧侶が一人、俺を訪ねてきた。身体は大きく、髪は赤い。辛子色の法衣を身に纏った女僧侶だった。
「主のいなくなったダンジョンを探索している山屋という冒険者がいると聞いたのだが、君か?」
「あ、そうです」
宿の主人に聞くと、三日ほど待っていてくれたらしい。
「仕事終わりで休みたいのは重々わかっているが、僧侶の方も待っていたから話だけでも聞いてやってくれないか」
「廃ダンジョンになら潜りますから、大丈夫ですよ」
宿の主人にお茶だけお願いして、僧侶の話を聞くことにした。
「単刀直入に言うと私の家系は魔族の遠い分家になるのだそうだ。かつて魔王を生んだ一族らしい。その魔王がダンジョンを作ってしまってね。そのまま死んだから、大変なことになった」
「相続争いですか?」
「その通り。魔王の魂を鎮めるために我が先祖の僧侶が派遣されたのだけれど、ダンジョンの宝物や召喚した魔物を誰が養うのか一族で骨肉の争いを続けていた。そうして300年経ち、ようやく先日、ダンジョンから発生した魔物もすべて息絶え、宝物も運び出したのだが、まだ足りないというバカな子孫がいる。私の家系としてはずっと放置されている魔王の魂を鎮めたいと願っているのだが、一向に事態が進まない。ダンジョンに何もないことを証明してはくれまいか」
「なるほど、すでにボスも魔物もいないし、宝箱もないダンジョンなら廃ダンジョンですね。行きますよ」
相手が魔族だろうが、依頼が廃ダンジョンなら請ける。それが趣味に生きる者としての矜持だろう。これが仕事だったら、損得とリスクを取って請けない。
「来てくれるか……。ああ、よかった。断られたらどうしようかと思っていた。ありがとう」
行くだけで感謝されるなんて、よほど誰も辺境に行きたがらないのだろうな。
準備をしてピッケルなどを洗い、宿の主人に作ってもらった保存食を持って、宿の外に出た。
「おおっ!」
目の前には飛竜が寝転がっていた。僧侶はその飛竜に鞍をつけている。
「飛んでいくだろ?」
「一緒に乗せてもらっていいですか?」
「構わん。鞍は一つしかないからな。飛竜に乗る技術は失われてしまったか?」
「ええ、今は飛行船という乗り物で飛んでいます」
「そうか……」
僧侶は飛竜をポンポンと叩いて起こした。
俺は僧侶の前に乗せられ、しっかり鞍に掴まった。僧侶の方が体格が大きいので落ちることはなさそうだ。
「いってらっしゃーい!」
宿の主人に見送られ、飛竜が羽ばたいた。
一気に宿が小さくなり上空へと飛んだ。飛行船だと壁や窓で風を防いでいるが、まるでないので目に直接空気の塊が飛び込んでくる。僧侶もいつの間にかゴーグルをしていた。今度乗る時は俺も買おう。
薄目を開けて見ていたが。飛竜の谷を越えてさらに深い森を通り過ぎて毒沼や荒れ果てた大地などを通り過ぎて、ようやく僧侶の言う元魔族の村に辿り着いた。
寺というからあばら家のようなものを想像していたが、石造りの大きな建物があった。学校と言われても納得してしまう。俺を連れて来た女僧侶の体格がよかったので、なんとなく予想はしていたが、住んでいる僧侶たちは皆体格がいい。
女性ばかりというわけではなく、男も数人はいるようだ。ただ皆、一様に疲れたような表情をしていた。
「人里もあるが、魔族の子孫だと思っている者たちだから、無理に行く必要はない。食事は用意してあるが、口に合わないかもしれん。部屋もあるが、少し大きいかもしれない」
「あ、雨風がしのげれば問題ありません」
「そう言ってくれると気が楽だ」
「取り分についていいですか?」
「ん? ああ、ダンジョンでなにかを見つけた時のか?」
「そうです。見つけた物はすべてお寺に売りますので、半額ください。半額払わない場合は持ち帰らせていただきます」
「わかった」
「罠は全部解除していきます。罠で使っている金属等も持ち帰ってきますが、鍛冶屋など買い取り先はありますか?」
「寺で回収する。鍛冶で使うだろう」
寺では農具や工具を自作しているらしい。
「もしかしたら魔物学者に売れる魔物の骨もあるかもしれません」
「すまないが、それは寺に寄進してくれないか。魔王と一緒に鎮魂したいから」
「わかりました。別途報酬を頂いてもいいですか?」
「金貨での支払いができないかもしれないが……」
「わかりました。食事代でも宿泊料、輸送代でも構いませんので、そちらに付けておいていただけると助かります」
「いや、こちらこそ助かる」
魔王のダンジョンに案内してもらうと、僧兵が守っていた。
「廃ダンジョンの専門家を連れて来た。罠の解除や探索などを頼んである」
僧侶が話をつけてくれて、ダンジョンを開けてくれた。
門も通路も、通常のダンジョンよりすべて五割増しで大きい。探索は大変そうだ。ただ、罠はすぐに見つかるだろう。
ランプを点けてピッケルを持ってダンジョンに入る。
「大きな荷物があったら言ってくれ。私はここにいるし、僧兵も手伝ってくれるから」
ダンジョンで300年も骨肉の争いをしていたから、寺の者たちは協力的だ。あとは俺が魔族に騙されていないことを祈る。こんな場所だと他の衛兵に助けも呼べない。
「いいものが見れればそれでいいか」
そう思っていたら、早速大きな魔物の骨を見つけた。どう考えても博物館行きに見えるが、依頼者の意向なので後で報告しておこう。
罠は落とし穴も多いがワープ罠も多い。毒矢の罠はほぼない。毒矢で殺せるような冒険者は来ないと思っていたのだろう。丸太罠があって結構驚いた。
コンコンコン、ガコンッ。
壁を叩きながら進んでいくと秘密の部屋がたくさん見つかった。正直、中は荒らされていない宝箱だらけ。たぶん魔王が倉庫として使っていたのだろうが、子孫は見つけられなかったのだろうか。サークレットや腕輪などには魔法が付与されていて、どう考えても高価な品だ。半額払えるだろうかと思っていたが、金貨も大量に見つかった。
おそらく半分も探索できていないのに、袋は宝だらけ。さすがは魔王の廃ダンジョンだけはある。
一旦運び出し、待っていた女僧侶に報告する。
「まだまだめちゃくちゃあると思います」
「おおっ。そうなのか……」
「それから魔物の骨なんですが、博物館級のものがすぐそこにあるので運び出した方がいいかと」
「わかった。ちょっと応援を呼んできてくれ」
僧兵が寺にいる僧侶たちを呼んできた。中には頭に角が生えている者たちもいて、魔族らしい姿をしていた。先祖返りということになっているらしいが、もう何を見ても驚かないことにした。皆、先ほど見た時とは打って変わって目が輝いている。お宝には、そういう魔力がある。
「半額払えるかどうかわからなくなってきた」
「自分もここまで見つかるとは思っていなかったので、この金貨で払っていただければいいです。サークレットとか魔法が付与されているものも多く、専門家じゃないと鑑定できないかもしれません」
「まだありそうなのか?」
「たぶん、隠し部屋がいくつも見つかっています。奥までこれが続くなら、まだまだ出てくるかもしれないです。あ、一応言っておきますと、ワープ罠が多いので魔力の多い方はなるべく入らない方がいいと思います。どこに飛んでいくかわかりませんから」
「外部の者に頼むしかなかったのか。わかった。今日の探索は終わりか?」
「ええ。続きはまた明日。門の僧兵さんは気を付けてください。宝が見つかったダンジョンには必ず盗賊が来るので」
「わかった。増員しておく」
俺は、大きな肉の塊と薄味のスープを頂いて、その日は寺の一室で就寝。
案の定、その夜、盗賊がやってきて僧兵を倒し、そのままダンジョンに行ったが罠に嵌ってどこかに消えたそうだ。
「僧兵は無事ですか?」
「ああ、薬草を当てて傷を治しているところだ。重傷者はいない。顎を狙われたから、しばらく物を噛むのが辛そうではあるが」
それでも朝食の時は一緒にいた。
「山屋さんの言うことを聞いて増員はしたんだが、暗闇の中で不意打ちを食らった。面目ない」
「いや、傷が浅いならなによりです。煮込んだ肉を解して食べるといいですよ」
「ああ、そうする」
この日は朝から探索作業を始める。盗賊が入ったからか、僧侶たちが鎮魂の祈りのあと、交代で入口付近を回ってくれることになった。魔族の子孫だからか、大きなメイスを軽々と振っている。辺境から出れば、それなりの冒険者になれるだろうに。人生はわからないものだ。
寺では他に野菜作りや薬草採取などもやっているらしく、それぞれの仕事があるらしい。ちなみに俺を連れてきてくれた女僧侶は飛竜などの魔物を世話する仕事があると言っていた。
「寺だけでも生活はできるようになっているが、周辺の探索となると人里にいる者たちを頼ることになる。ダンジョン探索はいろんな思惑が入りすぎるから、無関係の者を連れてくるしかなかった。君が来てくれてよかったよ」
「こちらも貴重な体験をさせてもらってます」
昨日と同じように廃ダンジョンの探索を続ける。
ワープ罠がひとつ壊れていたので、おそらく盗賊が踏み抜いたのはこの罠だろう。残念ながら姿かたちもない。
奥にある落とし穴の中には毒が溜まっていたようだが、今はすでになく冒険者の装備がすべて揃って落ちていた。回収して袋に詰めておく。こんな辺境の辺境まで来るくらいだから、いい品だろう。
秘密部屋も相変わらず見つかった。魔法使いたちが持っているような魔法を付与した杖が束で見つかった。管理が相当大変だったことが伺える。さらに、模様の描かれた指輪も大量に見つかった。まじないに使ったのかもしれない。
奥に行けば行くほど大量に見つかる。罠もあるし、壁の召喚術の魔法陣もそこら中にあった。すべて解除していく。
弁当を食べて、最奥のボス部屋に行くと、何度も死霊術を使った形跡があった。どうやら魔王を呼び出そうとした子孫がたくさんいたらしい。壁には血痕がたくさんついているので、呼び出した途端ぶっ飛ばされたのか。
ボス部屋にも秘密の小部屋があり、中を覗くと工房になっていた。炉や作業台、薬研、付呪台なども置かれ、布や糸など魔物の革などの他に宝石のような魔石も棚の中にびっしりと詰め込まれている。
「そうか。魔王は自分で作っていたのか……」
時々、強くなりすぎた冒険者が、他人の作った装備に納得がいかず自分で作り始める者がいるが魔王はそういうタイプだったらしい。
「すべてはスキル上げのためのダンジョンだったか……」
とりあえず持てるだけ袋を抱えて外に出て、僧侶たちに報告した。
「スキル上げの訓練場?」
「おそらくですけど……。最奥の隠し部屋に工房がありました。まだ全然使えそうなので、相当いい素材を集めていたみたいです。まだまだ袋があるのでとりあえず運び出すのを手伝ってもらえますか」
「わかった」
女僧侶は僧侶たちを大声で呼び、ダンジョンの中にある袋を運び出していった。
「こんなにあるのか?」
「ええ、流通させた方がいいかもしれませんよ。もしくはスキルの学校を作ってしまうとか。もしかしたら、それが魔王の鎮魂になるかもしれませんから」
「うん。ちょっと一族の会議をする。報酬の支払いはかなり遅れると思うがいいか?」
「いいです。この袋一杯の金貨で十分ですから」
「本当に困った魔王だ」
その翌日、女僧侶が飼っている飛竜に乗って辺境の飛竜の谷へと戻った。
しばらく経っても、まだ連絡が来ないところを見ると一族の会議は長引いているようだ。




