魔法使いの罠
故郷の大陸から魔大陸へ留学しに来たという魔族が、俺の噂を聞きつけて依頼をしてきた。
「親戚の手紙には、魔力が全くないとか?」
「ないことはないと思うんですけど、まぁ、魔法の罠にはかかりません。魔法攻撃は当たりますが、霊魂の声は聞こえませんし、魔法の施設も魔石がなければ使えません」
「本当だったのか。いや、実は魔族の魔法使いが残した訓練施設があるのだが、中に入れない。いや、入れないわけではないが、魔族が入れば燃えてしまうか、溺れてしまう廃ダンジョンがある。魔法の罠を解除してもらえないだろうか」
「構いませんよ。魔物はいないんですよね?」
「いても死んでいる」
「わかりました」
「請けてくれるのか?」
褐色の肌の魔法使いは、素直に驚いていた。中央の魔法大学に通っている学生だという。60歳を超えているそうだが、見た目は若々しく、あと200年以上は生きるらしい。
「請けますよ」
俺はわざわざ冒険者ギルドに行って、依頼書を出させ、請け負った。
「冒険者ギルドを通さなくても良かったのでは?」
魔族の受付嬢には不思議な顔をされた。
「廃ダンジョンとして記録をしておいたほうがいいと思って。もし、ダンジョンの罠をすべて解除したら、再利用できるじゃないですか」
「なるほど、冒険者の訓練場にするつもりですか」
「そもそも魔法使いの訓練場だったらしい」
「でしたら、政府から補助金を貰って改装しましょう。あ、まだ、罠も解除していませんでしたね」
慌てたように受付嬢はハンカチで汗を拭っていた。どうやら、それほどこのギルドは儲かっていないらしい。
「企画書だけでも作っておいていいのでは? 多少なら、こちらも支援しますから」
「本当ですか!? お願いします!」
初心者冒険者の訓練場にすれば定期収入になる。ギルド職員も安心だろう。
アイテムショップで聖水や革袋、紙などを買い足し、魔法使いの廃ダンジョンへと向かった。パーティーメンバーは魔力が高い人達が多いので今回は来ない。
「山屋への特殊依頼だからね。私たちは、改装のための大工と契約書を作っておく。また会社が大きくなる」
死霊術師のナギは、魔大陸でも山屋支店を作ろうとしているらしいが、うまくいくのかどうか。
廃ダンジョンは谷の先にあり、言われなければ誰も行かない場所にあった。周囲は樫の森で熊も多い。面倒なところに魔法使いは拠点を構えたものだ。
焚き火をして魔物除けの粉を燃しておく。しばらく、魔物は来ないはずだ。
いつものようにランプに明かりを灯して、ダンジョンの中に入った。
外と違い、ひんやりと冷たい空気が流れている。壁には幾何学模様が描かれているが、魔法の罠とは別だ。おそらく罠をカモフラージュしているのだろう。
通路の先には部屋があり、落とし穴や落石の罠があるものの全て魔法が絡んでいる。落とし穴の底には魔法陣が描いてあり、焼けた骨が散らばり、天井から降ってくる岩石は魔石だった。
魔法陣を崩しておいたから良かったものの、魔力を使えない俺でも罠にかかるところだった。
とにかく壁や床には模様のように魔石がはめ込まれているため、いちいちピッケルでかきださないといけない。面倒だが、ひとつずつ回収していく。これだけで、結構な報酬になるのではないか。
先の部屋に進んでもひたすら魔法陣の罠がそこかしこに仕掛けてある。部屋一つに付き20ほど仕掛けられているだろうか。細かい罠も含めると、倍近くになる。隠し部屋の中にも大量に仕掛けられていた。せっかくなので全て紙に描いておく。魔法使いに売れるかもしれない。
そんなことをしていたら、随分時間が経っていた。休憩のために一度外に出ると夜更け過ぎだった。食事をしている間に雨も降ってきたが、ダンジョンまでは雨水が来ない作りになっている。
荷物をまとめて、廃ダンジョンに避難している間に大雨になった。谷が水没して帰るのは明日になるだろうか。どうなるにせよ、しばらく廃ダンジョンの中で罠を解除しているのだが。
保存食もしっかり準備してきたので3日程度なら問題ない。スープを飲んで、休みながら廃ダンジョンへと向かった。
何度も魔法陣を描いているうちにコツを掴んできて、作業はどんどん進んだ。
3階層ほどしかないので、二回休んだら、最奥まで行けた。
ボス部屋には巨大な魔法使いの霊がいたらしいが、骨だけ残して消えている。ボス部屋にも罠を仕掛けすぎたのだ。
ガコンッ。
隠し扉を開けると、書台があり、魔法書らしき分厚い本が見開きで置かれていた。
『最奥まで来た魔道士よ。そなたの魔法を記録しろ』
と書かれている。
魔道具らしきペンも置いてあったので、「俺は魔法を使えない。魔力もない」と書いてみた。
途端に、文字が崩れ、『そんなことあるか……?』と綴られた。インクがミミズのように動き回り、古い書体で書かれていく様は、まさに魔法だ。
「一応、シーフということになっているが、罠師で廃ダンジョンの専門家だ。もしかして、お前はここまで来た魔法使いの魔法を盗んでいるんじゃないか?」
聞いてみたが、反応がないので綴ってみた。
『盗んでいるわけではない。魔力と一緒に記録を残しているだけだ。魔法を編纂しているにすぎない』
「でも、魔力も取っているんだろ? だから、魔石が大量にあった。ダンジョンコアみたいなものか?」
『ダンジョンコアほど、自我を捨ててはいない』
「だとしたら、やはり呪われた魔法書なのだろう?」
書台から持ち上げようとしたが、重すぎて持ち上げられない。
「もう、ここに来る魔法使いはいないから、気が済んだか?」
『何をするつもりだ?』
「台から離す」
『そんな事ができるならやってみろ』
俺は迷いなく聖水を魔法書にぶっかけた。聖水は音を立てて沸騰し、綴られていたインクはミミズのように動き回り、パラパラとページがめくれながら散らばっていく。
書台から魔法書を持ち上げると先程よりも遥かに軽い。魔法書には、俺がメモに描き残したような魔法陣と説明書きがきれいに記されていた。
「残っているなら、俺が描き残す必要はなかったな」
分厚い魔法書を革袋に入れて、ダンジョンから出る。雨はすっかり上がり、町へと帰る。
「こんな魔法書見たことないですよ!」
冒険者ギルドに持ち帰ると、ギルド職員たちが慌てていた。
「だろうな。喋っていたよ」
「どういうことです?」
「魔法書に聞いてみてくれ。どこかに動く文字が現れるかもしれない」




