花の名前
廃ダンジョンの中にも経年劣化が激しいものがある。単に崩れているというよりも崩壊し、通路や部屋自体が埋まっているダンジョンだ。そんなダンジョンでも、俺は中に入りたくなるんだから、廃ダンジョン・トレッキングはやめられない。
遠出をして歩きながら、魔大陸の中央に帰っているところだ。ここにもまた魔王が記した廃ダンジョンがあった。近くの村で宿を取り、酒場でいつものように聞き込みをする。
「ああ、ダンジョンな。あるけど、もう入れるような状態じゃないだろ?」
「結構有名な魔法使いがいたらしいんだけど、誰にも覚えられちゃいなかったみたいだ」
「昔は塔もあったとかいう話もあるけど、何にもないだろ? 残っているのは薬草だけ」
「特別な薬草なんですか?」
「いや、どこにでもあるような薬草だ。水だけはいいからさ。昔から胃薬、目薬、食欲不振に、気落ちに効く薬草、なんでもちょっとずつ畑を分けて育てているのさ。お陰で、俺たちの時代まで不自由しなくて済んでいる」
「それが魔法使いのおかげかどうかはわからんぞ。ダンジョンには植物系の魔物が多かったみたいだから、魔物が毒草を育てるついでに薬草も作ってたんじゃないかなんて話もあるくらいだ」
「魔物がね……」
「信憑性はどれもないさ」
「ま、とりあえず、中に入って調べてみます」
翌日、俺はパーティーメンバーを置いて、ひとり廃ダンジョンへと向かった。
入口は半壊しているものの、洞窟探検のように身体を曲げながら中へと入る。ピッケルで壁を叩いてみた。
コンコン……。
ボロボロと崩れるかと思ったら、案外しっかりしている。
通路跡を通って先へ向かうと、天井が崩れた部屋があった。真ん中には大きな岩が鎮座し、日の当たる周辺には植物が生えている。何処かから地下水が漏れているのだろう。
ここから先が完全に崩壊しているらしいが、土砂で塞がっているものの通路自体はある。スコップで掘り進めて、岩をどかしてみると落とし穴が出てきた。死体が埋まっていたので、掘り返して、装備品を物色。冒険者だったようだが、それほど高価なものは持っていないようだ。
骨をまとめて袋に詰めて、土砂で落とし穴を埋めておく。考古学者はこういう作業の繰り返しなのだろうか。時代を遡る学問は大変だ。
「おっ……」
通路の先にある暗い部屋の中でランプを灯すと、そこら中に人型のアルラウネやドルイドが立ったまま死んでいた。その部屋だけ、時が止まったようにカビの匂いもしなければ、植物も生えていない。きれいな石造りの部屋だった。罠は一応、あるようだが、魔法陣らしき模様は剥げてしまっている。
珍しいので、アルラウネやドルイドの胸にある魔石は取り出して袋に詰め、死体は部屋の隅に積み重ねておく。
さらに奥へ向かうと、広い部屋が現れた。ただ、この部屋も天井が崩壊しており、陽の光が差し込んでいる。きれいな教会のような部屋の中に石や岩が積み重なっていた。
その中に、服を着せられたアルラウネの死体があった。あまりに人に似すぎていて、思わずぎょっとしてしまう。根は天井から落ちてきた土くれを掴んでいて、今にも目を開きそうな表情で眠っている。皮膚の年輪だけがアルラウネだとわかるが、遠目から見たら、つい最近亡くなった女性の死体に見えるだろう。
「ダンジョンマスターは魔物に恋をしたのか」
俺は部屋の壁をピッケルでたたきながら、隠し部屋を探した。
コンコン……、ボコッ。
やはり隠し部屋はあり、こじ開けてみると、小さな薬草樽が棚に並んだ倉庫があった。紐に吊り下げられたであろう乾燥した薬草が床に散らばっている。
ローブを着た男が杖に体をあずけるようにして座ったまま死んでいる。白骨化しているので相当古いが、死体としての状態は良さそうだ。彼がダンジョンマスターだろう。
カコン。
薬草樽を取ろうと手を伸ばすと、死体を支えていた杖が倒れた。
白骨化した男の死体も崩れ、結局俺は麻袋に死体を入れてから倉庫を物色することにした。そう思っていたら、ローブの中に、日記が入っていた。血でドロドロになっているかと思ったら、買ってきたばかりのようにしっかりとした日記だ。
ペラペラとめくってみると、最後の方に女性の名前がいくつも書かれている。
「なんだ? モテた魔法使いだったのか?」
はじめから読んでみると、どうやらダンジョンマスターは時魔法を使う魔法使いだったようだ。
「時なんて操れるのか? ループとかではなく……?」
時代は魔法戦争の頃で、魔法使いも魔物もたくさん殺したという。時魔法は相手を止めたり、時を進めたり、戻したり、最強だったようだ。
「そりゃ、そうだろうな」
戦地に行って帰ってきた魔法使いを妻は、ちゃんと迎えてくれたらしい。ただ、そのうちに、自分がいつの時代に生きているのかわからなくなったという。
『それでも、いつまでもあなたを待っているわ』
そう妻に言われた時の魔法使いは苦悶したようだ。さらに妻は、時の魔法使いの妻なら、自分の肉体はあまりにも寿命が短すぎると、自ら植物の魔物になれないか研究を始めたらしい。
魔物になろうが、植物になろうが、生きているなら時を戻せばいいだけだと、時の魔法使いも、何も言わずに戦場を駆け巡っていたそうだ。
ただ、時魔法の弊害が現れる。
過去や未来を変えてしまうと、自分の記憶がどんどん曖昧になっていくのだとか。
その頃には、魔法使いの妻はアルラウネとして生活していたらしい。「言葉も通じるし、肌も柔らかかった。胸に小さな魔石があるだけだ」と綴っている。
『私は愛する妻を抱きしめながら、妻の名前を忘れていた……』
名前は時を戻す時に重要なのだそうで、妻をもとに戻せなくなった。魔物化が進み、言葉も発しなくなった妻から、名前を聞き出すことも叶わなくなり、時魔法を使うことをやめたという。
それ以降、魔法使いはダンジョンマスターとなり、妻の研究を引き継ぎ、妻の体をもとに戻すために研究を進めたそうだ。
日記の後半に綴られていた女性の名前は、妻の名前を思い出そうとして書いたものか。
おそらくボス部屋で亡くなっていた服を着せられていたアルラウネが彼の妻だろう。
俺は薬草樽を抱えて町に戻り、記憶の声を聞ける死霊術師のナギに日記を見せた。
「それは記憶の声を聞かなくてもわかる。妻の名前はマリーだよ」
「どうして分かる?」
「だって、ほら、薬草樽の中身」
中には乾燥したマリーゴールドの花がぎっしりと詰まっていた。




