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追憶のお嬢様編



 特殊な趣味であることは自覚している。だが、最も安全に稼げる趣味でもある。

 俺が狙うのはただ一つ。廃ダンジョンだ。

 

 街中にダンジョンがあるというのは珍しい。しかもファッションや美容で栄えている女性優位社会を保つ町にある。およそダンジョンとはかけ離れているが、歴史を辿れば頷ける。


 約400年前、貴族のご息女が親に決められた相手との結婚を迫られたが絶対に結婚はしたくないという意思のもとダンジョンを掘ってしまった。いや、実際のところはなにもわからない。細腕の貴族出身の女性がダンジョンを掘るとは考えにくいし、ダンジョンそのものを召喚したのだとしたら歴史的偉業だ。最も信用されている説が悪魔と契約したということだが、結婚したくなさ過ぎて悪魔と契約など結ぶのか。

 しかし、400年も前のことなので現代とは価値観が大きく違う。


 とにかく、そのアマンダという女性はダンジョンに籠り、何があっても出てこなかったらしい。親が死に貴族が没落しても一切表に出ず、ダンジョンの中で生涯を過ごしたのだとか。


 また、どこから召喚したのかミノタウロスやケンタウロスなどを使役し、独自の軍団を作り上げ、ダンジョンに入ってくる冒険者たちを追い返したのだという。

 ここまで聞いてもなぜこの町がファッションと美容の町なのかよくわからないが、ダンジョンから発掘された宝箱には若返りの薬が含まれていた。またケンタウロスやミノタウロスはイケメンぞろいで女性冒険者がこぞって集まるダンジョンになってしまった。


 若く美しいまま保ちたいという夢を追って女性冒険者たちが集まったが、結果誰一人若返りの薬は手に入れられなかった。その代わり、肌にうるおいを与える薬やきれいなドレス、指輪などが次々と発見されたらしい。

 当然のように冒険者たちだけが独占するのはおかしいと商人たちも来るようになり、国中からファッションブランドや化粧品企業などが集まってきた。

 国の中で最初に女性市長が誕生したのもこの町だった。

 ダンジョンを作ったマスターの影響を色濃く受けた町と言ってもいい。

 今では季節ごとにファッションショーが開催されている。


 ダンジョンマスター・アマンダは、家父長制の色濃い時代から女性の自立の象徴として広く知れ渡った。


 ダンジョン自体は100年前には攻略され、ボスの騎士姿のリッチという魔物もしっかり倒されている。もちろん盗掘業者はどこにでもいるので、きれいさっぱりなくなっているという。

ただ、過去に何度となくそのダンジョンを観光地にしようとしたが、いつも破られていなかった罠が見つかり、事業が頓挫するのだとか。


「だからってなんで俺に声をかけてくるんだ?」

「崩壊したダンジョンに潜るのが趣味と伺っていますし、ここ最近でも実績があるようですから。知り合いの魔物学者さんは快く紹介してくださいましたよ」

 あのもぐりの学者め、許さんぞ。


「こんな野暮ったい山登りの服を着た男はこの町にはそぐわないと思いますよ」

「服装は期待しておりません。依頼は廃ダンジョンの罠解除のみです。もちろん、もしも何か見つけた場合はすべて回収して持って行ってもらって構いません。どうか町の発展にご協力を」

 今の市長はどうしてもダンジョンを観光に繋げたいらしい。


 面倒だが、金はいい。しかも学者に貸しができる。

 宿はついているし、冒険者ギルドに併設されている喫茶店での食事代も無料だ。


「いや、冒険者ギルドに併設されているのは酒場と決まってるんじゃないのか」

「深酒は美容に悪いからね」

 そういう店主の名もアマンダさんだ。

「この町にアマンダって名前の女が集まってくるんだよ。ダンジョンごとくれるっていうんなら貰うけどね」

 そう言って、ほうれん草とアンチョビのパスタを出してくれた。


「美味い!」

「だろうね。身体にいいものしか入ってないんだ。美味しいに決まってるさ」

 お茶まで香りがよくて美味しかった。


「ダンジョンに若返りの薬を見つけに行くんだって?」

 何をどう聞いたらそうなるのか。

「そんなものがあったら、本人が使ってるでしょう」

「そりゃあ違いないね」


 腹ごしらえも済んだところで、ダンジョンへと向かう。

 ダンジョンは坂の上にあり、屋敷も残されている。ダンジョンは屋敷の横にある倉庫から地下へと伸びていた。警備の人はおらず、鉄格子の鍵がかかっていた。


 ギルドから受け取っていた鍵で開けて中に入る。

 ダンジョンだというのに、左官屋が入っているのか屋敷調の柱や白壁が続いていた。


「調子が狂うんだよなぁ」


 こういうダンジョンは全然趣味じゃない。廃ダンジョン感もないし、俺からするとはずれの部類だ。ただ、工事は途中で終わっていて、部屋の真ん中に大きな穴が空いていた。

 そこからがようやく廃ダンジョンになった。


 ただ、当たり前だが、なにもない。ほとんど罠は解除されているし、魔物の骨も少ない。女性冒険者が集まっていたことから嫉妬も多くゴースト系の魔物になっているかもしれないと思っていたが、そういうこともない。


 コンコンコン……ボコ。


 時々、壁を叩いていると罠が出てくることもあるが、たいてい錆びついた矢の罠だ。


「あ、珍しい罠もあるな」


 床を叩いていたら、転移罠があった。転移罠の他にはワープ罠とか呼ばれるもので、踏んだ者の魔力の大きさによって飛ばされる場所が変わってくる罠だ。罠師と呼ばれる者たちでも滅多に使わない。素材も魔法陣も面倒だからだ。ダンジョンマスターのアマンダはよく勉強していたらしい。


 魔物を召喚するための魔法陣も壁を剥がせば出てくる。もちろん壁はすでに起動できないほど崩壊していた。

 また、おそらく謎解き要素だった罠跡も見受けられる。ダンジョン製作がよほど面白かったのだろう。


 奥に行くと、冒険者の死体も落とし穴にはまっていた。先にボス部屋があるので、ボスから逃げて落ちた者だろう。落とし穴の底に仕掛けられた杭をピッケルで一本ずつ折って、底の死体を運び出す。

肉のない冒険者の身体を探ると、依頼書を持っていた。


「若返りの薬を発見する依頼か……。発見だけならなんとでも言えるんだけどな」

 財布袋と指輪を頂いて、後で埋めてやろう。


 ボス部屋に行くと、騎士の鎧一式と剣が捨てられたように置かれていた。中身はない。

 ピッケルの先で突いてみたが、別に動かない。呪われた霊魂があるわけでもなさそうだ。宝箱も調べてみたが、中身はすっからかん。


 ボス部屋で床に罠が仕掛けられていないか確認して回ると、壁の隅に転移罠が仕掛けられていた。壊れているようだが、珍しいので素材などは回収し記録を取っておく。


 壁を調べてみると、隠し部屋に繋がるドアを見つけてしまった。こうなると先に魔物がいるかもしれないので面倒だ。落ち着くために喫茶店で貰ったお茶を飲む。香りがよく落ち着いていく。


 警戒しながら通路の先へ行くと、大きめの部屋があった。ベッドがあり、机と椅子がある。机の上には乾燥したハーブが吊るされている。棚には本とノートがびっしりと詰まっている。

 400年前にダンジョンマスターが住んでいた場所だと思うと調度品などが新しい気がする。確かに部屋にある物は古いが、家具のデザインも新しく鉛筆まである。400年前には開発されていたが、この国では150年くらい前に導入されているはずなので、やはり新しい。

さらに50年前の健康読本や料理本も出てきた。つい最近までダンジョンマスターは継承されていて、転移罠で外と出入りしていたのか。本当に若返りの薬を開発して生きていたかもしれない。


「エルフでもないのに、そんなに長生きしないか」


 奥の壁には窪みがあり壺が置かれていた。

 壺にはハムートと書かれた札がある。壺のふたを開けると遺骨があった。


「アマンダの大事な人か」


 壺を持ち上げてみると、下にはスカーフとペンダントが床との間に挟まっていた。スカーフは戦地に赴く旦那に妻が送るもの。のちにそのスカーフがネクタイになったことは知られている。400年前と言えば、まだ魔王軍と人間たちが戦っていた頃だ。

 ペンダントには「アマンダ、ハムート」と名前が刻まれている。本当にまだ生きているのではないか。


「こうなってくると、町のアマンダ全員に確かめるしかないか……」


 ただ、スカーフの匂いを嗅いでだいたい見当はついてしまった。


 金目のものを回収。外に出て冒険者ギルドに報告した。

 喫茶店のカウンター席に座り、店主のアマンダさんにスカーフとペンダントを渡した。


「これ、失くしませんでした?」

「ああ、どこで拾ったんだい? ダンジョンで?」

「覚えてますか?」

「もちろんだ。よく見つけてくれたね」

「骨壺の下に置いてありましたよ」

「そうかい……」

 

 店主のアマンダさんは丸椅子に腰かけて、スカーフとペンダントを握りしめていた。


「よく私だとわかったね」

「匂いが同じですから。古い廃ダンジョンばかりいくと毒も臭いでわかってきて、鼻が利くんです」

「なるほどね。匂いは記憶と密接に繋がっているというからね。私もこのスカーフの匂いで全部思い出したよ」


 アマンダさんはスカーフの匂いを思い切り嗅いでいた。過去の記憶を反芻しているのかもしれない。

 そして、おもむろに手を開いてこちらに向けてきた。


「50年?」

「5日だ。私と婚約者が一緒に屋敷で生活できたのはたった5日間。一週間にも満たなかった。そのたった5日間で400年分の恋をしたんだ。当時、魔王軍との戦いに行く彼を引き止められなかった」

「スカーフはアマンダさんがハムートさんに贈った物ですか」

「そう。破れにくい素材を一緒に買いに行って選んだんだ。スカーフだけ帰ってきても結婚できないのにね」

「遺骨はどうしたんです?」

「ああ、私が蔵に閉じこもって初めに学んだのは召喚術さ。ハムートを戦地から召喚するためにね。その時にはもう悪魔と契約したかな。お父様の葬儀もお母様の葬儀もちゃんと出席はしていたんだけど、他の親族まで連れて行ってしまいそうだから遠くから眺めるだけだったけど」

「その時にダンジョンに? じゃあ、親に決められた相手と結婚するのが嫌だという話は全然違うんですか」

「時系列も違うだろ。周りが勝手に適当なことを言うのさ。直すのも面倒くさいし、私にとってはどうでもいいことさ」

「二人は愛し合っていたと?」

「少なくともあの5日間だけはね。私の人生にとってはそれで十分だった。十分に愛を知ることができたのに、欲が出たんだね。死霊術も学び始めた。動いているのに全く心がない彼を見るのは辛かったね。それでも、動いているし脳もそのままだからと思って、若返りの薬まで研究し始めて……」

「薬は出来たんですか?」

「私の分だけね。もし見つけても飲むんじゃないよ。人間それぞれで違う割合だから、他の人が飲むと逆に老け込んじまうから。まぁ、それも悪魔との契約だったのかもね」


 アマンダさんの手が見る間に老けていき、骨と皮だけになっていった。


「人間、300年も400年も生きるもんじゃないね。一番大事なことを忘れるから。本当に時が動き出したのはここ50年くらいの間さ。愛しているなら彼を自由にさせてあげないと、と思って火葬にしてからだ。ようやく自分の人生を歩めるようになった。そしたら、悪魔に一番大事なものを奪われてた」


 アマンダさんの頬はほんのつい先ほどまでふっくらと脂肪が乗っていたのに、すっかり痩せこけていた。それでも自嘲気味に笑っている。


「大事なのは時間じゃない。誰かを愛した深さなのかもね。ありがとう。これ、取っておいて。お礼さ」


 アマンダさんは自分の指輪を俺の掌の上に置いた。

 屋敷と同じ家紋が描かれた指輪だった。視線を上げれば、アマンダさんが後ろの棚に背中をあずけたまま息をしていなかった。


「すみませーん! あのぅ! アマンダさんが……!」


 俺は冒険者ギルドの職員を呼んだ。


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[一言] おおっ連載版!? 楽しみです!
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