7 加速度(Acceleration)
施設を後にし、俺とヒデはエアカー乗り場で別れた。ヒデが少し手を振って
「じゃあ、また明日な」
と軽く言う。
「おう、またな」
その瞬間、夜風が心地よく頬を撫で、少しだけ疲れた体がほぐれていくのを感じた。
エアカーから降りて、家までの帰り道、ふと立ち止まり、深く息を吸い込む。
夜空には無数の星が瞬いていて、俺たちの冒険を静かに見守っている。VRトレーニングで鍛えられた筋肉はまだ熱を持っていて、その疲労感が今日一日の充実を物語っていた。
◇
自宅にたどり着き、玄関のドアを開けた瞬間、静寂が俺を包み込んだ。リビングに向かう足取りも自然と軽やかになる。ドアの向こうには、見慣れたリビングルームが広がり、温かい光に包まれていた。
「おかえりなさいませ、マスター」
と、優しい声が耳に届いた。AIアシスタントのリサだ。
「ただいま、リサ。今日もいろいろあって、疲れたよ」
と、リビングのソファに身を沈めながら答えた。リサはロボットに無線で指示を出し、テーブルの上に、湯気の立つカップをそっと置いた。カモミールティーの香りが広がり、疲れた心身を癒癒してくれる。
「今日はどんな一日でしたか?」
と、リサが優しい声で問いかけてきた。その瞳には、デジタルながらも不思議と暖かみが宿っているように感じられる。
「VRフットボールを試してみたんだが、なかなか面白かった」
「それは楽しそうですね。どんな感じでしたか?」
「まるで本物のフィールドにいるみたいだったよ。最初は動きがぎこちなくてさ、でもだんだんコツをつかんできて、最後にはわりといいプレーができるようになったんだ」
と、柄にもなく熱心に説明している自分に気づく。リサに話しているうちに、今日の体験が鮮やかに蘇り、心が躍るような感覚が戻ってきた。
「そうなんですね。マスターが楽しんでくれて、私も嬉しいです」
とリサが微笑んだ。
「ところで、この後、すぐにドローンの製作に取り掛かりますか?」
とリサが続けて尋ねてくる。
俺は肩の力を抜いて首を横に振った。
「いや、今日はもう疲れたよ。晩飯を食べたら、すぐに寝ることにする」
「了解いたしました、マスター。それでは寝室の温度を調整いたしますね」
とリサは即座に応じ、手際よく設定を始めた。
寝室の温度調整は、家全体に設置されたナノセンサーネットワークによって行われる。これらのナノセンサーは、各部屋の温度、湿度、空気の質をリアルタイムでモニタリングし、最適な環境を維持するために自動的に調整を行ってくれるのだ。
ナノセンサーから送信されるデータは、中央のAIシステム「アルテミス」に集約される。「アルテミス」は俺の睡眠パターンや体温の変化を学習しており、個々の好みに基づいて最適な温度を選択してくれる。
このシステムのおかげで、寝室はいつも快適な温度に保たれ、質の高い睡眠を確保できるのだ。
リサが俺の帰りに合わせて用意してくれた晩御飯を食べながら、ふと思い出した今日の出来事を話しかけた。
「そういえば……」
箸を置いた俺の小さな呟きに反応して、ホログラム上のリサが優しく微笑んだ。
「どうしましたか、マスター?」
突然話しかける自分に少し違和感を覚えつつも、何かを吐き出したかった気分だったのか、自然と口を開いていた。
「今日の講義中にちょっとした実験をしてみたんだ。ドローンのステルスシステムのテストをな……」
「講義中に、ですか? でも、どうしてそんなことを?」
「探知に引っかかるか試してみたくてさ」
「探知……ですか。どのような探知を想定して作っているのですか?」
リサは俺の普段の行動を知っているはずだ。プログラムのデバッグもやってもらっている。それでも、あえて具体的に聞いてくるのは、俺の感情を計算してのことだろうか。
「まず、高解像度光学カメラシステムだ。このシステムはAIを使ってリアルタイムで映像を解析し、不審な動きを検知する。だから、カメラの視界に入らないようにするか、ホログラムディストラクションを使う必要がある」
「ホログラムディストラクションとは、偽の映像を投影するものでしょうか?」
「そうだ。これで、実際の侵入者やドローンの位置を隠し、カメラには虚偽の情報が映るようにするんだ」
「次に、赤外線センサーだ。これはドローンの熱を感知するから、冷却システムを搭載するか、熱を遮蔽する素材を使う必要がある。赤外線カメラには特に夜間でも見えるから、注意が必要だ」
「冷却システムを搭載するとはどういうことですか?」
リサは俺が期待している質問を的確に投げかけてくる。
「例えば、液体窒素を使ってエンジンやバッテリーの温度を下げるんだ。これにより、赤外線センサーには捉えられにくくなる」
「なるほど、そうすれば赤外線にも対抗できるんですね」
「そして、音響センサー。これはドローンのプロペラ音を検知する。だから、静音プロペラを使ったり、ノイズキャンセリング技術を駆使して音を抑える必要がある。音波を打ち消す逆位相の音を出すことで、センサーに引っかからないようにする」
「プロペラの形状や材質など、工学的な知識が必要になりますね」
「ああ。最後に、電波干渉検出システムだ。今回引っかかったのはこれだな。ドローンの操縦や通信に使う無線信号が検知されると警報が鳴る。このシステムを突破するには、低出力通信を使ったり、通信自体を暗号化して検知されにくくする必要がある。さらに、電波を分散させることで、特定の周波数帯を使わないようにするのも1つの手だ」
「なるほど……。これらのシステムをすべて回避するのは難しそうですね。それで、マスターの非探知システムを起動させたところ、電磁波が検知されたと……」
「教授も何のデバイスかまでは分からなかったみたいだけど、検出されたタイミングと状況を考えると、マイクロイヤホンを使ってカンニングしていると思ったんだろうな。まさか、テストした瞬間に教授に指名されるなんて、予想外だったよ」
「それは本当に運が悪かったですね、マスター」
「まったくだよ。非探知システムがちゃんと機能していれば、こんなことにはならなかったのに。余計な注目を浴びちまった……」
俺は深い溜息をついて、テーブルに突っ伏した。頭の中には、あの失敗の瞬間が繰り返し浮かんでくる。周囲の視線が一斉に俺たちに集まったあの羞恥心。恥ずかしさと焦りが入り混じり、心の中に重くのしかかっていた。
「では、教授の質問の答えを知るためにカンニングしたのではないと?」
「カンニングなんてつまらないことするわけないだろ。今回はドローンに使うステルスシステムの検証が目的さ」
「では、なぜリスクを背負ってまでわざわざ講義中にテストを行ったんですか?」
「バレても犯罪にならないし、ある程度、セキュリティがしっかりしてる実験場が講義中の教室以外思い当たらなかった。それに、お前は手伝ってくれないんだろ?」
「はい、私はマスターが試みている計画に直接的に関与することはできません。その理由もお答えすることはできません」
予見していた通りの返答が返ってきた。
俺はベッドに横たわりながらプログラムの改善点について考えていた。
(本番は最先端の技術が相手だ。どうやって探知を掻い潜ってやるか……)
かくして思索の渦に飲まれつつ、静謐なる眠りの世界へと、俺はそっと身を沈めていった……。
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