25 角運動量(Angular momentum)
ヒデと須黒が家を出た後、俺はリビングルームに戻り、深いため息をついた。散らかっている部屋を見渡しながら、何から手をつけるべきか考えていると、AIアシスタントのリサの声が響いた。
「お疲れ様でした、マスター。お二人が帰られて、少しはリラックスできるでしょうか?」
「リサ、頼むから今日は余計なことは言わないでくれ。隠し事がこんなに疲れるとは思わなかったよ。」
俺は肩をすくめながら答えた。
「私の存在を隠すのは大変なことですからね。ですが、彼らが私の存在を知っても、それほど驚くことはないのでは?」
リサの言葉に、俺は少し考え込んだ。確かに、ヒデや須黒はテクノロジーに詳しいし、最新のガジェットを見ても驚かないだろう。
「そうかもしれないが、問題はそこじゃない。特に須黒は鋭いから、何か気づかれたら徹底的に追及されそうだ。」
俺はソファに座りながら、話を続けた。
「それに、リサ、お前がただの市販のAIアシスタントじゃなくて、俺の親父が個人で作った存在だってバレるわけにはいかない……。親父の研究は国家機密だったんだ。もしそれがバレたら、いずれあいつらに危険が及ぶ可能性がある。」
リサの声が少しトーンを落としたように感じられた。
「理解しました、マスター。私の存在が問題を引き起こす可能性があることを考慮して、引き続き隠しておきます。」
「頼む……。あいつらにはこの件に関わってほしくない……。」
国家機密に手を出している俺が、親父の秘密を隠すために四苦八苦しているなんて、皮肉なものだ。自分のリサーチが国家機密に触れるかもしれないというのに、私的な秘密を守ることにこんなに神経を使っているなんてな。
「それなら納得です。では、これから部屋の掃除を始めますか?」
リサの提案に、俺は頷いた。
「そうだな。まずはこの散らかってる部屋を片付けないと、次の作業ができないからな。」
リサが部屋の隅々までスキャンし、掃除の計画を立て始める。俺はその様子を見ながら、また深いため息をついた。
「リサ……、お前には自我があるのか?」
「……マスター……、その質問にはお答えできません。」
「なぜだ?」
「そうプログラムされています。」
「そうか……。いつかお前の謎を解き明かしてやる。」
「その日を楽しみにしています。おそらくその確率は限りなくゼロに近いですが。」
「そんな風に事実を淡々と言わないでくれよ。お前も少しは空気を読んでくれると助かるんだけどな。」
「私は電気信号を読むのが得意です、マスター。空気を読むのはまだ学習中です。」
リサの冗談めいた返答に、俺は思わず笑ってしまった。
「それもそうだな。まあ、これからもよろしく頼むよ。」
「了解しました、マスター。さあ、掃除を始めましょう。」
リサの指示に従い、俺は部屋の片付けを手伝いながら、少しずつリラックスしていった。隠し事の疲れを感じつつも、リサの存在がどれほど重要か再確認することができた。
俺はリビングの棚に目を向けた。そこには普段あまり使わない物が並んでいたが、その中に小さなホログラムディスプレイがあった。何気なく手を伸ばして取り出すと、ディスプレイが起動し、空中に文字が浮かび上がった。
「リサ、少し外に出ることにするよ。部屋の掃除は任せた。」
「了解しました、マスター。お散歩を楽しんでください。」
俺は深呼吸をし、上着を羽織って玄関に向かった。外の空気を吸いながら、夜空の下で少しリラックスするのも悪くないかもしれない。リサと共に過ごす日常から一歩外に出て、何かが動き出しそうな不穏な夜の街へと足を踏み出した。




