22 摩擦力(Friction force)
作戦会議が終わり、解散すると、俺はなんとなくキャンパス内の庭園を歩いていた。周囲は最新のテクノロジーで満ちているが、その中で一つだけ異質な存在が目に入った。噴水のそばに座っているのは、実験用の白衣を羽織った男で、手には奇妙な装置を持っていた。彼は短髪を無造作に逆立て、顔には大きな保護ゴーグルをかけている。まるでどこかの化学実験室から飛び出してきたような見た目だった。
「なんだあの男……。」
俺は無意識に呟いた。すると、男が顔を上げ、にやりと笑った。
「おや、君も興味があるのかい?」
その声は低く、どこか響くような音だった。男は装置を置き、ゆっくりと立ち上がった。近づいてみると、その瞳は真剣で、科学への情熱が宿っているようだった。
「君はこの大学の学生か?俺の名前はアントニオだ。」
彼は手を差し出した。その仕草はどこか大げさで、まるで舞台俳優のようだった。
「俺はヒカル、幕内ヒカルだ。お前、面白い装置を持っているな。」
俺は握手を交わしながら尋ねた。アントニオは満足そうに笑いながら答えた。
「これはバイオリジェネレーターさ。細胞の再生を促進するための装置だ。生体電気信号を利用して細胞分裂を加速させるんだ。」
「細胞再生?本気で言ってるのか?」
「もちろんさ。理論的には、生体電気信号を適切に調整することで細胞の再生速度を制御できるんだ。まだ実現はしていないが、理論は固まっている。」
アントニオの目は輝いていた。しかし、俺は冷静にその話を聞きながらも、疑念を捨てなかった。現実的に可能かどうかを見極めるのが俺の性分だ。
「生体電気信号を制御するっていうのは、具体的にはどうやるんだ?」
「いい質問だね。電気信号を微細な電極で細胞に直接送ることで、細胞内のカルシウムイオンの濃度を変化させるんだ。この方法で細胞分裂を促進することができると考えている。」
「なるほど、カルシウムイオンの濃度変化か。確かに理論的には可能かもしれないが、実際に細胞レベルでそれを実現するのは難しいだろう。」
アントニオは俺の前でいきいきと理論を展開した。その話を聞き、俺はここで一息ついて、アントニオに懐疑的な視線を向けた。
「理論としては面白いが、技術的なハードルは高すぎる。それに、生体電気信号を誤って操作すれば、細胞が異常に増殖して癌化するリスクもある。現実に応用するにはあまりに危険だ。」
「その通りだ。でも、そんなことどうでもいい。現象としておもしろいから挑戦しているだけだ。」
「つまり、誰かが不幸になってもいいと?」
「そこまでは思ってないさ。ただ、僕の発明を使おうが使わまいが僕には関係ない話だ。僕はこれで金儲けをするつもりもないし、この技術を隠すつもりもない。僕は科学者なんだ。せっかく発見したことを誰にも見せないなんて、なんともつまらないじゃないか。」
彼の言葉には確固たる自信があったが、俺は彼の非情な側面に気づいた。アントニオは自分の知的好奇心を満たすためだけに研究をしているようだ。偽善のないその考え方が俺は結構好きだ。
「アントニオ、お前はどうして細胞再生の研究なんて始めたんだ?」
「単調な日々を変えてくれたのが生物学という学問だったんだ。そして、僕の知的好奇心を満たすためには、この研究が最適だと感じたからさ。」
「確かに、知的好奇心ってのは強力な動機だな。俺もプログラミングに夢中になっているのは、結局自分が楽しいからだ。」
「そうだろう?楽しさがなければ続けられない。」
アントニオは満足げにうなずいた。




