1 力(Force)
生まれてくることに意味があるのか。死ぬことに意味があるのか。否。意味など、はなから存在しない。ただ、宇宙の自然法則に従って生まれ、そして消え去る、それだけのことだ。そんな無意味な現象に意味を見出そうとすることこそ、人間という愚かな生物の証左に他ならない。
例えば、もし神なる存在が目の前に現れ、キミが科学者なら何を問うだろうか。この宇宙の理について尋ねるだろうか。否。それは真の科学者の姿ではない。真に科学の探究者であるならば、こう言うに違いない。『お前が定めたその法則を、俺が解き明かしてやるから黙って見ていろ』と……。
◇
目覚ましの音が耳元で鳴り響いた。いや、これはアラームではなく、スマートホームAIが巧みに設定したモーニングミュージックだ。穏やかなメロディが徐々にボリュームを増すと、柔らかな朝日がカーテンの隙間から差し込み、部屋全体を優しい光で包み込んだ。その光に誘われるようにして、俺はベッドの中で微かに身をよじらせた。自然のリズムに合わせて目覚める鳥のごとく……。なんつって。
「おはようございます、マスター。起きてください。今日は爽やかな朝です。気温は22度、天気は快晴です」
AIアシスタントのリサの声が、部屋のスピーカーから響き渡る。
「……。せっかく気持ちよく寝てたのに。AIなんだから少しは空気を読んでくれよ……」
「私が読めるのは電気信号だけですよ、マスター」
「悪くない……。俺好みの返答だ」
ゆっくりと目を開けると、天井にはホログラムのディスプレイが浮かび、今日のスケジュールが表示されている。大学に通う俺の一日は、午前の量子コンピューティングの講義や午後のAIロボティクスの講義、そして夕方のVRスポーツのトレーニングと多忙を極める予定だ。
俺はゆっくりと上半身を起こし、目をこすった。周りを見渡すと、部屋中に散らばったガジェットやデバイスが目に入る。
昨夜は新しいドローンのプログラミングに没頭していたせいで、いつの間にか床に寝転がっていたらしい。それにしても、リサが部屋を掃除していないのは珍しい。
「リサ、どうして部屋を掃除してないんだ?」
「昨夜、マスターがドローンの開発に集中されていたため、作業環境を保つために掃除を中止しました。ご指示がない限り、手を出さないように設定されています。」
俺は軽く溜息をつき、ベッドから足を下ろした。
「なるほど、そりゃそうか。まあ、後で片付けておいてくれ」
「了解いたしました。ところで珈琲を淹れますか、マスター?」
リサが続けて問いかける。俺は床に置かれたホログラムキーボードを拾う。
「ああ、頼む。今日もいつも通りブラックで」
「了解いたしました、マスター」
すると、キッチンに設置された全自動コーヒーメーカーが動き出し、心地よいコーヒーの香りが部屋に漂い始めた。その間、リサはコーヒーについて説明を始める。
「今日のコーヒーはエチオピア産のアラビカ豆を使用しています。アラビカ豆は、低カフェインで酸味があり、チョコレートやフルーツのような風味が特徴です。また、抗酸化物質であるクロロゲン酸が豊富に含まれており、健康にも良いとされています」
俺は肩を回しながら、デスクに置かれたタブレットに目を移し、苦笑いを浮かべた。
「健康は成分だけで語れるほど単純なものじゃないさ。クロロゲン酸だけじゃなく、ポリフェノールやアントシアニンも影響するし、腸内フローラや遺伝子発現も絡んでくる。健康ってのは、そんな単純な話じゃないんだよ」
昨夜はドローンの自律飛行アルゴリズムを改良するため、プログラミング言語「NeuroScript」でコードを書いていた。この言語は、ニューロンネットワークと連携してリアルタイムでデータ解析を行い、自己学習機能を持つのが特徴だ。センサーデータをリアルタイムで解析し、障害物を回避するロジックを組み込むのが課題だった。
「マスター、昨夜のドローンのプログラムにいくつかのバグを発見しました。具体的には、障害物回避アルゴリズムのパスプランニングで無限ループが発生しています。」
「なるほど。どの部分のコードが原因だ?」
「無限ループは、ニューラルネットワークのフィードフォワードパスの途中で発生しています。センサーからのリアルタイムデータを受け取る部分で、異常なデータがループを引き起こしています。データクレンジングのアルゴリズムを見直す必要があります。」
リサの報告を聞くと、俺は無意識に顎に手を置き、思考していた。
「わかった。データクレンジングの部分は、異常検出用のCNNを使ってるけど、そのフィルタサイズを調整してみよう。過去のデータセットから学習した異常パターンを増やすのも必要だな。」
「はい、異常検出のフィルタサイズを3x3から5x5に変更し、異常パターンのデータセットを追加学習させます。また、リアルタイムデータ処理の並列化も試みますか?」
「そうだな。並列化することで処理速度が向上するはずだ。GPUをフル活用するために、CUDAを使ったパラレルプログラミングも検討しよう。ついでに最新のニュースも表示してくれ。」
リサがホログラムで目の前の空間に最新のニュースを表示する間に、俺はキーボードを手元に引き寄せ、コードの修正に取りかかった。
「ニュースを表示しました。今日の主なトピックは、AIを活用した新しい犯罪防止システムのアップデートです。このシステムは、量子コンピュータを使用してリアルタイムで膨大なデータを解析し、犯罪予測を行います。また、最新のVRゲームのリリース情報もあります。」
「ったく、AIだのVRだの言っときゃいいと思ってんのかね、この腐り切った国のメディアは……」
目の前の空間がパッと明るくなり、朝のニュースが映し出された。俺は深呼吸をして、今日の一日が始まるのを感じ取った。部屋は散らかっているが、やるべきことが山積だ。
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