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ラプラスの堕天使  作者: momimaru
古典力学編
12/29

11 作用反作用の法則(Newton's third law)

 俺たちは最新のエンターテインメント・レストラン「ネオン・ハーモニー」に向かって歩いていた。空中に浮かぶホログラム広告が色鮮やかに輝き、自動運転のポッドが無音で行き交う中、ヒデがふと口を開いた。


「買い物のとき思ったんだけどよ、決済ってずいぶん楽になったよな」

「そうだな。今はほとんどの取引がデジタル通貨やクレジットポイントで行われてる。バイオ認証で個人のデジタルウォレットにアクセスできるし、支払いも瞬時に終わる。お金の流れがますます見えにくくなってる」


 レストランに到着すると、入口のAIコンシェルジュが俺たちをスキャンし、部屋まで案内してくれた。部屋に入ると、テーブルの上にホログラムメニューが立ち上がり、料理の3D映像が回転しながら表示された。


「見てみろよ、このメニュー。全ての料理がリアルタイムで生成されるし、カスタマイズも自由自在だ」


 俺がホログラムメニューを操作しながら注文と同時に決済を済ませると、ヒデがさらに興味深そうに聞いてきた。


「でも、このデジタル通貨って本当に安全なのか?すごく便利だけど、データがハッキングされる危険はないのか?」

「ハッキングは容易じゃない。だが、必ずしも敵はハッカーだけとは限らない」

「どういうことだ?」

「ブロックチェーン技術は透明で安全だと言われているが、政府や大企業がそれを利用して個人の取引を監視しているという噂もある。例えば、個人の購買履歴や行動パターンを分析して、マーケティングや社会的コントロールに使われることもあるんだ。いくら技術が進歩しても、それが巧妙に国民から搾取するための道具に使われることが多い」


 デジタル通貨がもたらす便利さの背後には、個人のプライバシーや自由が侵害されるリスクも潜んでいることを忘れてはならない。


「でも、そんなことが本当に起こるのか?陰謀論じゃなくて?」

「実際に起こっている。技術の発展が人々の生活を豊かにするはずだが、結局は一部の権力者がそれを利用して自分たちの利益を最大化しようとしている。そして国民は、その搾取に気づかないまま便利さに騙されているんだよ。技術がどれだけ進んでも、この構図は変わらない」

「……、なんとも悲しい現実だな」

「技術の進歩が速すぎて、一般の人々がその複雑さについていけなくなってる。例えば、新しい金融技術やデジタルツールの仕組みを理解できないと、知らないうちに不利な契約を結んだり、データを搾取されたりすることがある。政府や企業は、その情報格差を利用して、国民をコントロールしやすくしているんだ」


 俺たちが話しているうちに、注文した料理が自動配送ドローンによってテーブルに運ばれた。ディスプレイ付きのプレートには食材の生産地や栄養価、さらには環境負荷までが表示されていた。


「見てみろよ、このプレートもすごい技術だ。食材のトレーサビリティが確保されていて、どこで作られたかすぐにわかる。これもブロックチェーンを使ってるんだ」

「俺たち科学者が1つの発見に一喜一憂している裏で、俺らのせいで苦しんでいる人間もいるのか……」

「全てがそうとも限らんさ。それにだからって探究を辞める理由になりはしない」

「そうか……。そうだな……」


 ヒデは哀愁を帯びた瞳でプレートを見つめ、静かに首を縦に振った。


 こいつは世の中の闇を知るよりもテクノロジーに対する好奇心を追求した方がいいかもな。


 俺たちは食事を始めた。ヒデが先にフォークを手に取り、一口食べて目を見開いた。


「すごいな、このステーキ。味もさることながら、噛み応えがまるで本物の肉みたいだ」

「それ、培養肉だ。動物を殺さずに細胞から育てたんだってさ。必要な栄養素も最適に配合されてるから、健康にも良いとされている」

「培養肉か。まさかこんなに美味しいとは思わなかった。これからは本物の肉よりもこっちの方が主流になるかもな」


 ヒデが感心している間に、俺は目の前に並んだ色とりどりのサラダに手を伸ばした。見た目が鮮やかで、まるでアート作品のようだった。


「このサラダもすごいぞ。全ての野菜が遺伝子改良されていて、栄養価が高い上に、環境負荷も最小限に抑えられてる。垂直農場で育てられているから都市部でも新鮮な野菜が供給される」

「それって安全なのか?」


「遺伝子改良技術は長年の研究で確立されたもので、食材の安全性も保証されている。さらに、気候変動に強い品種も開発されているから、安定した供給が可能だ。例えば、このトマトは特定のビタミンやミネラルを増強するように遺伝子が組み替えられている。これにより、栄養不足を補いやすくしている」


 ヒデは感心しながらサラダを一口食べてみた。


「うん、味も最高だ。未来の食事って、こういうことなんだな。便利で安全、それに環境にも優しい」

「……なんてな。こういうのは全部、消費者を騙すための宣伝みたいなものだ。俺はこういうものが人間のDNAにはあまりマッチしているとは思っていない。」

「なんだよ。お前は信用してないのか?」

「個々の食材がどれだけ体に合うかを完全には把握するのが不可能なことは科学を少しかじっていれば誰にでもわかることだ。特に、遺伝子改良や培養技術で作られた食材が本当に長期的にどう影響するかを予測するって不可能といっていい。なのに、あたかも万能なものであるかのように見せるのは詐欺と何も変わらない」

「それって、現代の食べ物が嘘っぱちだらけってことか?」

「まあ、そこまで言わないけどな。ただ、個々の人間の遺伝子に最適化された食材を作るのはまだ技術的に難しい。今のところ、一般的なニーズに応えるための特定の栄養価の高い食材が作られているだけだ。だが、もともとの人間の構造を考えれば、特定の栄養価っていうのはかえって他の機能に障害をもたらす可能性もある」

「普段からそんなこと考えて飯食ってんのか?」

「いや、その辺は妥協で生きている。しかも、俺はあまりその辺に関心がないから、文句を言うのも筋が違う」

「なるほどな……。技術の進歩が必ずしも最適とは限らないってことか」

「そうだな。技術は常に進化し続ける。俺たちがそれをどう使うかが大事なんだ」


 俺たちはしばらく無言で食事を続けた。周りのホログラム広告や自動運転ポッドの音が遠くから聞こえてくる。


「でも、技術の進歩と共に俺たちも進化しないとな。生き残るために、情報を理解し、賢く利用する力が必要な難しい世の中に変わったのかも」

「その通りだ。便利さに頼りすぎず、自分たちで考え、判断する力を養うことが重要だ。そうでなければ、技術に振り回されるだけだ」


 ヒデは深く頷き、再び食事に集中した。俺たちはその歩みを止めずに、進み続けるしかない。

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