1
「ぶわぁ!」
悲鳴を上げて、俺は飛び上がった。
鼻水を飛ばし、半泣きになりながら、抜けた腰を引きずって、ずるずるとはいずる。体中ドロだらけになりながらも、なんとか近くの塹壕に飛び込んだ。
はぁはぁとしばらく肩で息をしていたが、やがて命が助かったことを知って、大きくため息をついた。するとそれが合図だったかのように、身体中が震えだす。ガチガチと歯の根もあわない。
「あぁあぁぁぁぁぁぁ……」
言葉にならない声を上げながら、俺は塹壕の中で膝を抱えて震えていた。あたりに異臭が漂う。それが自分が漏らした小便なのか、それともそこら中に転がっている死体から発せられているのか、俺自身にも判断できなかった。
震える俺の頭の上を、チュンチュンと不吉な音を立てて、弾丸が掠めてゆく。時々、鈍い着弾音とともに、誰かの悲鳴が上がる。その悲鳴は、俺の頭の中に焼きついて、容易に離れようとはしなかった。
「もういやだ。もういやだぁ」
小さく悲鳴を上げながら、俺は泣き続けた。
「怖いよぅ、怖いよぅ」
子供のように純粋に、俺は恐怖だけで泣く。
極限状態に、神経が持たなかったのだろう。俺は泣きながら眠ってしまった。むしろ、泣きながら失神したと言ったほうが正しいかもしれない。
次に目を覚ましたときには、これが全部夢であればいい。 半分無意識にそんなことを思いながら、俺の記憶はそこでいったん途切れる。 しかし、そのまま穏やかな眠りを満喫することは出来なかった。
「おいっ! 起きろっ! こんなところにいたら死ぬぞ!」
俺の主観では眠りに着いてすぐ。
実際には、気を失って3分ほどのちだったそうだ。
しゃがれた野太い男の声に起こされた。強靭な腕が、俺の身体をつかんで揺さぶる。揺り起こされた不快より、現実に引き戻された恐怖に、俺は身体を縮めた。
と、男は俺に向かって言う。
「やっぱり無理だったか」
そう言って男は、にやりと笑みを浮かべた。
その笑顔を見た瞬間、俺は恐怖にパニックになりかけていた心が、急速に落ち着いてくるのを感じる。なんと言う頼もしい笑みなんだろう。俺はそう言葉に出そうとした。しかし、
「あ……あ……」
顔の筋肉は、まだ恐怖で麻痺しているのか、まともな言葉が出てこない。それを理解しているのか、男は首を横に振って、俺に語りかけた。
「いい。今はもう喋るな。とにかく俺が生かして連れ出してやるから、ハラを据えて黙ってついて来い」
俺はガクガクとうなずく。 『生かして連れ出して』くれると言う言葉に、すがるしかないのだ。この男に、俺の生死を預けるしかない。すると男は、
「ドクター、覚えているか? 俺だ。キャプテンだ」
言われて俺は、記憶を探る。やがて、思い出した。
「あ……」
キャプテンと名乗った男は、歯をむき出して凶暴な笑顔を見せる。
「言っただろう? 怖いってコトを認めるのも、勇気だって」
「あ、ああ。俺……あの……」
「いいから黙ってな。生きて帰れたら、そのときはゆっくりいじめてやるさ」
そう言ってもう一度笑うと、キャプテンは俺の腕をつかんで、走り出した。