感情論じゃ語れない1
「阿久津君、私ね、人の心が分からないの…」クラスメイト、長篠さんが放課後、僕に言い放った衝撃的な一言。僕は進もうとした歩みをすぐに止めた。
「あぁ…えっと、中二病?」
「ふふ、そう思っているならそうでも構わないのだけど続きを聞いてくれるかしら?」
「は、はぁ…?」
長篠明美さん、このクラス、というか中学になってから初めて話した。取り分けクラスの中心にいるようなタイプでもないから声自体も初めて聴いたような気もする。わずかに茶色みがかった綺麗な黒髪のセミロングが男子の男心をくすぐるのか、密かに人気があるらしい…そうだ、その程度しか僕は彼女を知らない。それなのに彼女は放課後、偶然にも教室いた僕に話しかけてきた。「まだいたのね」この一言を、そして次に口に出したのはアレだ。意味も意図も分からない。
「サイコパス、なんていえばいいのかしら?人としての感性がずれている?」
「長篠さんは猟奇的殺人とか?そういうのが好きなの?」
「猟奇的殺人?一人が無差別に人を殺すとか襲うとかそういった類かしら?…別に好きではないわね」
「うん…」
軽い返答をしてみた、が、変な沈黙が生まれてしまった。彼女はオレンジに輝く外の方を見つめる。黒髪とその頬が綺麗に透き通ったようなオレンジに染まる。クラスメイトの特に男子の人気があるのもうなずける。彼女の言い出した変な事を聞いていなかったら僕も彼女の虜になっていたのだろうか?
「こほん、で改めて聞いてほしいのだけど、人の心が分からないの…」
返す言葉が見つからず、僕はまた何も言えなくなった。忘れ物を取りに来ただけのクラスメイトに対する質問じゃない。変に滲む汗とオレンジ色の教室が気持ち悪く思える。
「長篠さん、なんとなく分かると思うけど、君が相談するべきなのはクラスメイトじゃなくて保健室か精神科の先生だよ…」
「いいえ、それは無いわ。私はあなたに聞いているのよ。2年4組1番の阿久津君に…」
妙に強引なのが気になる。僕は深呼吸にも近い深いため息をついて、近くの机にカバンを置いた。なんだかいつもより重たいような気がする。
「どうして僕なのか、説明してもらえるかな?」
「どういう気持ちか知りたくて…」
「ん?…なんの?」
「放課後、明らかに自分の席ではないクラスメイトの机の中を漁る『泥棒さん』の気持ちを聞きたいなって」