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9/13

最後の夜

 時間はあっという間に過ぎ去った。驚く程今まで通りな時間は早すぎるくらいで、実感がない。


 明日、自分が死ぬという実感が。


 桃花さんが作ってくれた寝る前のココアを飲みながら、窓から外を見上げた。今日は満月だったと思うけど、残念なことに雲が多く見えなかった。残念だ。最後くらい月を見たかった。


 昨日よりもちびちび飲んだココアも、あと一口ぐらいしか残っていない。諦めて飲みほして、椅子から立ち上がってキッチンまで移動した。


「ご馳走さまでした」


「ふふ、お粗末さまでした」


 ここでいつもは「おやすみなさい」と言って別れる。でも、今日は言わなくちゃいけないことがあった。私は一度深呼吸してから「桃花さん」と声にだす。


「どうかしたの、優愛さん」


「いつも美味しいご飯とかお洗濯に、お掃除とか綺麗にしてくれてありがとうございました。いっぱい優しくしてもらって、嬉しかったです」


 嘘偽りない心からの感謝の言葉。短い間だったけれど、沢山お世話になった。これだけじゃ足りないけれど、でも言い過ぎるとバレちゃうかもしれないから。


「……お礼なんていいのよ。私がやりたくてやっていたことだもの」


 ゆっくりとした動作で、私と目線を合わせた桃花さん。手を伸ばして優しく頭を撫でてくれる。


「優愛さんが家に来てくれて、私とっても嬉しかったのよ。貴女のおかげで桜也がいつも楽しそうだもの。私はあの子をあんな笑顔にさせてあげられなかったから。……それに私ね、娘が欲しかったの。だからお礼はいらないわ」


「……桜也が、楽しそう?」 


「えぇ、あの子は昔から熱がなかったの。つまらなさそうと言った方が、わかりやすいかしら」


 確かに、原作で出てきた頃の桜也はそんな感じだった。


 生徒会長で不良達のトップ。けれどそこに力を入れているような感じではなかった。洋太にも成り行きでやっている、といったような話をしていた記憶がある。


 そんな彼が鍵を巡る戦いに興味を示すのはわかるけど、私と関わって桜也が変わるなんてことあるのだろうか。桃花さんの勘違い?


「だからあの子の傍に、ずっと家にいていいのよ。大丈夫だから」


 見透かされているような言葉に一瞬固まるが、誤魔化すように笑った。バレるわけないんだから堂々としよう。


「……桃花さん。おやすみなさい」


「ええ、おやすみなさい」


 涙を堪え、部屋に戻るために階段を上る。一段一段ゆっくりと足を進めるけれど、すぐに上がりきってしまう。


 部屋に戻らなくちゃ。そう思って部屋へと続く廊下の先を見れば、私の部屋の前に誰か立っている。もちろん一人しかありえない。


「……さくや」


「ねぇ、優愛。今日は一緒に寝よう」


 耳を疑う。聞き間違いかな。


「ごめん。もう一回お願い」


「今日一緒に寝よう。優愛」


 ゆっくりと私に近づいて、その二本の腕で軽々と私を抱き上げた。私は一般的な子どもぐらいの体重があったはずだ。でも桜也は表情をピクリとも変えずに、穏やかな笑みのまま私を自身の部屋へと運ぶ。


 抵抗は出来た。足や腕をばたつかせたり、大きな声を出したり。私は出来た。


 でもしたくなくて。なぜだかこうやってずっとしてほしくて。されるがままになる。


 桜也の部屋の真ん中には布団が一組敷いてあった。前見た時にあった机と座布団は端に避けてある。旅館などと同じようなシステムだ。


 私は目をこすってもう一度確認する。布団は一組しかない。


「一緒に寝るの……?」


「そう言ったよ」


 てっきり布団を隣り合わせてとか、そういうのを想像していた。文字通り一緒の布団で寝ることだとは思わなかった。


 私の体を床に下ろし、先に布団に入る桜也。掛け布団を少し持ち上げて、私が入ってくるのを待つ体制になる。


 今なら逃げられる。けど明日の自分を想像すれば、体はゆっくりとそこに向かう。


 明日私は死ぬんだ。だったら最後の日くらいいいだろう。


 布団に入る。いくら私が小さいとはいえ自然とくっつく形になる。自分と同じシャンプーの匂いにこんなにドキドキするなんて、思いもしなかった。


「優愛」


「……ど、どうしたの?」


「何か……。いや、暖かいね。優愛」


「うん。桜也とっても暖かい。ホカホカだね」


 いま桜也は何かを聞こうとしていた。もしかしてバレたのかもしれない。だからいつも通り子どもらしい満面の笑みを浮かべる。確信を抱かせないように。桜也に気づかれないように死ぬために。


 桜也はギュッと私を抱きしめる。さっきから凄い音を立てる心臓。もうとっくにバレていそうだ。しょうがない、ずっと大好きな作品の中の人で、転生して死ぬしかなかった私を助けてくれた生きている人だもん。しかも顔面もいい。これでドキドキしない人は鋼の心臓すぎる。


「……おやすみなさい。桜也」


「うん、おやすみ」


 目を閉じれば少しづつ意識が沈んでいく。寝れないかもしれないと思っていたけど、大丈夫そうだ。


 ――簡単に眠れるのなんて、当たり前か。この世界で誰よりも信用できる人の傍だし。


 こうして私の夜は終わる。




「大丈夫だ。優愛」



 彼の独り言が耳に届く前に。

 

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