約束
「優愛さんはお夕飯何が食べたい?」
「えっと……お魚がいいな」
「じゃあお魚さん買って帰りましょうね」
私は珍しくて周りを見渡す。八百屋さんに花屋さん。お魚屋さんに洋食屋さん。服屋さんや駄菓子屋さんもある。絵に書いたような商店街が私の目の前に広がっていた。……いや、実際に絵の中でこの世界をみていたんだけど。
「ふふ、いろんなお店屋さんがあるでしょう。この間行ったのはデパートだったから、見慣れないわよね」
「うん、凄いね」
前世の私の住んでいる町の商店街はさびれ、廃れていた。シャッターばかりが目について、その色も時間が経ったからか錆びていたりと機能しているとは言えないもの。だからこうやって当たり前に存在している商店街は心躍るものだった。
そういえば作中でもよく洋太と颯介が買い食いとかもしてたっけ。鍵を守るために焦る颯介に洋太が笑顔で「腹が減っては戦ができぬって言うだろ。とりあえず食べてみなよ」とメンチカツを差し出して、それを食べた颯介が顔を綻ばせるシーンとか好きだったなぁ。
前を見ていれば、仏頂面の男の子と笑顔でメンチカツを買う男の子の二人組がいた。そうそうああいう感じでお小言を颯介が言ってたっけ……。
いや、あれ本人たちじゃない!?
もう一度しっかりと顔を見てみる。あどけなさが残る茶髪の少年と、しっかりとした体格と顔立ちの少年。やっぱりあれは洋太と颯介だ。
私は桃花さんの後ろにさりげなく隠れ、颯介の位置から見えないように移動する。
私は本来なら死んでいる人間だ。もし颯介が私を見つければ、どういう影響が本筋に出てくるかわからない。ここはとりあえず隠れてやり過ごすのが吉。
メンチカツを食べて、颯介の顔が緩む横を私達は通る。後ろを伺いながら少し歩くが、こちらを見る様子はない。気づかれなかったようだ。
本音を言えば正面からあの神シーンを見たかった。真顔ばっかりの颯介が、美味しいメンチカツで頬が緩むのすごく可愛かったんだよなぁ。あんまり好きになれなさそうな子かも、という私の勝手な感想があの瞬間吹き飛んだもん。
後ろをちらりと見れば、漫画と同じ笑顔を浮かべた洋太が目に入る。颯介はちょうど後ろ姿で見えないけれど、きっとあの時と同じような顔なんだろう。よかった。彼らが友情を深めるエピソードが原作通り起きていて。
「優愛さん……もしかしてあそこのお肉屋さんが気になるの?」
「え、……うん。美味しそうだなぁって」
いきなりで戸惑うが、嘘は言っていない。桃花さんは特に怪しむ素振りも見せずに笑う。
「そうね。美味しいわよ。あら学生さん、桜也と同じ学校の子ねぇ。懐かしいわ、私も学生の頃あの人に誘われて食べて帰ったりしたわ」
「……あの人?」
「ふふ、今は忙しいから無理でしょうけどいずれ優愛さんにも紹介するわ。とっても素敵な人なの」
もしかして、旦那さんだろうか。そういえば会ったことない。何をしてる人なんだろう。
でも素敵だなぁ。好きな人と一緒に帰って、買い食いかぁ。楽しそう。
「桜也はメンチカツ好きかな……?」
「メンチカツよりは甘いものが好きだよ」
無意識の言葉に返事が返ってくるとは思わず、驚いて振り向けば、制服をきちんと着こなした桜也が立っていた。
「あら、桜也。今帰りかしら」
「うん。それで優愛、どうしてメンチカツなんだい」
「え、えーとね。そこで食べてた人たちが美味しそうで、桃花さんも美味しいって言ってたから。だから、桜也と食べたいなって思ったの」
これも嘘偽りない私の本音だ。美味しいものを大切な人と共有したい。その大切な人で思いついたのが、桜也だった。
「そう。……僕は甘いものの方が好きなんだ」
その言葉にずきりと胸が痛む。チクチクと刺すような痛みに、涙が出そうになる。優しいからだから勘違いしてしまった。受け入れてもらえると。私は本当に自分勝手だ。
「……そ、そうだよね。ごめんね。変なこと言って」
俯いて、手を胸の前でぎゅっと握りしめた。痛みをこらえて、涙を流さないために。
桜也は屈んで私の小さな手を優しく握る。その体温は温かくて、私は顔を上げて桜也を見つめた。
「今度、この近くに甘いもののお店ができるんだ。優愛が良ければ、一緒に行こう。僕は自分の好きな物を君と共有したい」
その言葉は嬉しかった。私の気持ちを汲み取って、好きなものを美味しいものを一緒に食べたいっていってくれた。それはきっと私と同じ。大切な人と食べたいっていう気持ちがあるのだろう。
やっぱり桜也は私のことを大切に思ってくれてるのかな。それがどうしてなのかはわからない。けど嫌じゃない。
「うん!行く!約束ね」
「指切りするかい?」
「そんな事しなくても守ってくれるでしょ」
「もちろん。優愛との約束は守るよ」
桜也の言葉ひとつひとつが嬉しくてしょうがない。この約束の日が待ち遠しくて仕方ない。
――ああ、私は今すごく幸せだ。
「みーけった。あれが錠の一族の生き残りか」
幸せに浸る私は、忘れていたんだ。自分がどういう存在か。それを望むのはどれだけ罪深いか。この血の宿命を。
すっかり忘れて、桜也の手を強く握り返していた。