プリンの甘み、罪の重み
「ここが優愛ちゃんのお部屋よ。……物はまだ少ないから、今度お買い物いきましょうね」
桃花さんに案内されたのは二階の部屋。そこも和風な部屋で、押し入れと鏡台にタンスと本棚くらいしかものがない。おそらく布団は押し入れにしまってあるのかな。
「ありがとうございます。桃花さん、桜也さ……」
またさんを付けそうになる。桜也を見れば少し不機嫌そうだ。
「ごめん。ありがとう、桜也」
「いいよ。隣は僕の部屋だから、いつでも来て。本当は同じ部屋がいいけど……」
「もう、桜也ダメよ。優愛さんくらいの年頃なら一人部屋が欲しいものよ。桜也だってそうだったでしょう」
複雑そうな表情だけど、桃花さんの言葉を否定しない。母親である桃花さんの前では表情豊かなんだな、桜也。
桜也はあんまり表情の変化がない。学校に危機が迫った時に敵に対して怒りの表情を見せた時には、SNSでみんなが墓を建てていた。
無表情ばかりでクール。生徒会長でありながら、街の不良のトップ。甘いものが好きで洋太に手を貸す時に発した「お礼は甘いものでいい」というセリフで、お菓子屋に走ったファンが多かった。それが私の知るセブキーの雨宮桜也だ。
「優愛、どうかしたかい?」
「え、あ……。桜也は、好きな食べ物とかあるの?」
ずっと見ていたのを誤魔化すために、口から出てきたのはそんな質問。
「甘いもの。そうだ、冷蔵庫にプリンがあるから一緒に食べよう。持ってくるから、僕の部屋で待ってて」
「うん!たべる!」
プリンの誘惑に負けて、ほぼ反射的に返事をする。でもしょうがないプリンは美味しいから。
私の姿を見て二人は顔を見合せて笑う。変な顔してたかな。
「ふふっ、じゃあお茶も用意しなきゃね。緑茶はまだ飲めないかしら。オレンジジュースにしましょう」
「まっててね、優愛」
「うん。待ってる!」
オレンジジュースがあることに驚くが、桜也が飲むんだろう。コーヒー牛乳よりもフルーツ牛乳を好むのが雨宮桜也だ。……太らないのかな。太らないんだろうな。羨ましい。
隣の部屋の扉を開ければ、さっきの部屋とおなじ和室だった。押し入れやタンスに本棚以外にも、勉強机やテレビに鞄などがある。物はいろいろ置いてあるけれど、整理整頓がしっかりされている。広さは隣の部屋とあまり変わらないと思う。
中央に机と座布団が置かれていたので、座布団に正座で座る。どうして机が二つあるんだろうと思ったけど、勉強用とテレビ見たりくつろぐ用だと気づいた。
押し入れの中を覗いてみたい誘惑に駆られるが、何とか押し殺し静かに桜也が戻るのを待つ。
「お待たせ、持ってきたよ」
「プリン!」
お皿に載せられたプリンはツヤツヤと輝いている。とっても美味しそう。
けれど机に置かれたお盆にはスプーンがひとつしかない。間違えたのだろうか。
「スプーンひとつしかないよ」
「大丈夫」
その言葉を聞いて私の脳裏に過ぎるのは、あの出来事。心臓負荷がすごい、ご褒美寄りの拷問。前世で積んだ得を全部足しても、まだ発生には届かないぐらいのシチュエーション。
「はい、口開けて」
桜也からの「あーん」だ。
「さ、桜也!私ひとりで食べれるよ」
「僕が食べさせたいんだけど、ダメかな」
悲しそうに目を伏せる桜也。なんだか私が悪いみたいだ。何も悪いことはしてないのに罪悪感が酷い。
私は数秒考えてから、諦めてスプーンに乗ったプリンを食べた。甘くて濃厚でおいしい。これ多分高いプリンだ。三個入りで売られてるようなやつもいいけれど、それよりもワンランク上のプリンだとわかる。
「美味しい?」
「うん!とっても甘くておいしい!」
桜也を介して食べなくてはいけないのが、心臓へのダメージは多いけれど。桜也のせいでプリンの甘みが増しているのかもしれない。
私はそのままプリンを食べさせてもらい、オレンジジュースは流石に自分で飲む。このオレンジジュースもすごく飲みやすくておいしい。
自分用のプリンを黙々と食べる桜也を見つめながら、少しでも情報を集められないかなと考える。何か聞いてみようかな。
「桜也は何歳なの?」
「17歳だよ。高校って所に通ってる。……優愛は自分が何歳か覚えてる?」
首を横に振れば「ごめん」と小さくつぶやく。
「私の方がゴメンなさい。覚えてなくて……」
「謝らなくていい。すぐにわかるから」
言葉の意味はよく分からないけど、きっと優しさだろう。心が暖かった。
そしてわかったのは桜也は、原作開始の時の年齢だ。つまり私の仮説は当たっていた可能性が高い。私は生き延びてしまったんだ。
さっき飲んだばっかりなのに、喉が渇く。オレンジジュースを一口飲んで潤す。涙は流せない。
世界を歪ませた私の罪が肩にのしかかる。その重さを私はいつまで抱え切れるのだろうか。