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雨宮桜也の希望

 その少年はむかしから何かが欠落していた。本人も家族もそれを理解してはいたけれど、何が足りないのかまではわからない。


けれど人として生きることに不自由はなく、勉強も運動もできた。

笑って周りの人間が望むようにすれば、親しくしてくれる人もできた。毎日学校に通い、真剣そうに黒板を見てノートを書く。欠かさずに行っていれば信用を手に入れ、夜に裏道などにいる不良に顔を見られても彼の周りがそれを信じることは無かった。彼は不自由ではなく、周りから慕われ、優しい両親を持っていて、誰が見ても幸せそうな少年だ。


 本人だけはそうとは思っておらず、何かに飢えていて、満たされてはいなかった。


 そんな彼に転機は突然訪れる。その日は一日晴れの予報だった。しかし予報は大ハズレ。雨が降り始めた。滅多に開くことの無い折りたたみの傘で雨を避け、帰り道を歩く桜也。


「――」


 何かが聞こえた。雨に混じって聞こえずらかったけれど、それは人間の声だった。


 雨宮桜也は悩む。行くかこのまま帰るか。


 歯車が狂った世界の彼は、ため息を一つつき、声のした方へ足を向けた。


 そこにいたのはボロボロの少女だった。ほっておけば、傷か雨かで死んでしまいそうだった。


「君、何をしてるの」


 返事は無いが、意識はあるようだ。


「……死にそうだね」


「……た、す……けて」


 彼の言葉に答えるかのように、途切れ途切れの言葉が紡がれる。死んでしまえば楽なのに「助けて」と懇願するとは桜也にはよく理解ができず、少女に尋ねるように声を漏らす。


「生きたいの?」


「い、生き……たい……!しに、たくは、ない……」


 生きたいと強く願う少女。その意思は強いが体は脆く、今桜也が彼女の首を掴み力を入れれば失われてしまうであろう生命の輝き。


 彼はようやく自分に欠けたものに気づく。それは生きたいと強く願う意思、生存本能、生への執着だった。普通の人間は多かれ少なかれ持っているそれを、雨宮桜也は持ち合わせていなかった。


 そしてこの少女はそれを人よりも多く持っている。その姿が美しく、彼の目には写った。


 そして今それを握っているのは自分だということに仄暗い喜びを覚える。


「そう」


 心は決まっていた。これは自分が手に入れなくてはならないものだと、頭も理解していた。だから傘を仕舞い、少女を抱き上げた。必要でどうしようもなく欲しいから拾い、そうして置いておこう。もしこの輝きが消えるようなら捨てればいい。それまでは大切に優しく慈しもう。 


「大丈夫。ゆっくり休みなよ」


 不安と恐怖に染まった瞳に、いつもしているように優しく笑いかける。そうすれば少女は安心したように瞳を閉じた。



 その姿も堪らなく良いもので、彼はようやく満たされた笑みを浮かべるのだった。

 

 

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