帰ってきた居場所
優しい笑みを浮かべる桜也を隔てた先。そこで男は私を睨みつけた。
「邪魔だァ!どけ!そいつをぶっ殺さなきゃいけねぇんだ!」
鉄パイプをもう一度振りかぶり、桜也目掛けて叩き付けようとする。しかし動きが直線的で、そんな攻撃が桜也に通用するわけもない。桜也は少しの動きでそれを躱し、逆に木刀で殴りつける。
男は衝撃を受けるがすぐに鉄パイプを強く握り、桜也に当てようとするがそれは木刀に受け止められ、そのまま押し込まれ倒れ込む。
男に馬乗りになり、その首に木刀を突きつけた桜也。誰の目から見ても完璧な勝利だった。
「く、っそ!こんな男に……!」
「僕に勝てるわけないだろ。君のことは調べた。優愛を狙う、君の主のことも」
男はびっくりとした顔で桜也を見る。私も多分似たような顔をしている。……調べた?いつから桜也はこのことを知っていたんだ。私は全然隠し通せてなかったのか。
「今日は見逃すよ。……でももし、また優愛に手を出してみろ。その時は君の主もまとめて殺す」
私に向ける優しい声とは違う、冷たい感情の声に体が震える。その先にいる男は顔を真っ青にし、口をパクパクと動かすことしか出来なくなっていた。
そんな男に桜也はもう興味はないようで、木刀ですぐに殴りつける。すぐに男は動かなくなった。死んではいないと思う。
「……優愛」
私の名前を呼ぶ桜也の姿は、声は、いつも通りのわたがしのような甘くて、ふわふわとしたもの。
それに安心したのか、男が倒れて気が抜けたのか、どちらもなのかは分からないけれど。体から力が抜けて倒れ込む。地面に体を打ち付けてすごく痛い。その痛みのおかげで、どうにか意識を失うことはなかった。
腕に力を込めて起き上がろうとするが上手く力が入らない。そんな私に気づいた桜也は、ゆっくりと私の体を抱き上げる。背中と足を支える体制――分かりやすく言えば、お姫様抱っこを、されていた。緊張して体が固まるけど心は安らぐ。一番安心できる場所でもあり、一番ドキドキする場所だからだろう。
「言ってよ。そうすれば僕は何でもするから」
「ごめんなさい」
拗ねたような桜也の言葉に謝罪しか思いつかない。自分のことを話したら桜也がどんな反応をするのかが怖かった。理解できないと拒否されたら、この人の隣という居場所を失うのが嫌だった。
「……わかった。まだいいよ。でもひとつだけ言っておくけど、僕は君が何者で、何を抱えてるかなんてどうでもいい」
俯いていた顔を上げて、桜也を見る。
「君が君である。それだけが僕にとっては大事だ。優愛が僕の優愛である限り、僕は君のために何でもする。……大切な僕の君を守るから」
私は気づいた。きっと意地を突き通せるのは今だけなんだろう。いずれ全部を話してしまうんだろう。
でもそれは今じゃない。長い話をする場所ではないし、それにとっても疲れた。
私はほとんど何もしていないけど、気を張っていたせいでかなり眠い。
「いいよ、眠っても。大丈夫」
「……でも」
「家に帰るだけだから。大丈夫。またアイツが襲ってきても、僕がいるから」
確証なんてない。けれど心の底から信じられる言葉で私はゆっくりと瞼を閉じていった。
それから目が覚めたら、雨宮家の自分の部屋で横になっていた。すぐそばには桜也がいて、部屋に入ってきた桃花さんは少しだけ目が赤かった。心配してくれたのだろう。
抱きしめてくれた桃花さんを抱きしめ返して、真剣な話もした。
「優愛さんのお家のこと調べてたの。ご両親は……」
言いにくそうにする桃花さんの言葉を引き継ぐように、私はポツリと言葉を漏らす。
「…………もう、いないですよね」
「えぇ。でもね、ご両親にお世話になったと話す人たちもいてね。優愛さんを引き取りたいと話されていたわ」
「……そうなんですね」
驚きだった。親戚という言い方ではなく、お世話になったと話すということは、もしかしたら颯介の家かもしれない。
ありがたい話だけどでも、でも私は俯いてしまう。
「優愛さんには選択肢があるわ。一つはその人たちの所へ行く。もう一つはこのままここにいる」
「いいんですか、いても」
思わず顔を上げる。迷惑と心配をかけた。これからもよからぬものを引き付けてしまうだろう。でも、いいのかな。望んでも。
「もちろん。私も桜也も優愛さんのことが大好きですもの」
「うん。僕も優愛がこれまで通りここにいてほしいよ」
涙が出そうだった。でも嬉しい時には涙よりも相応しいものがある。
「私も、ここにいたい」
口角を上げて、飛びっきり嬉しそうに笑えば二人も笑顔で返してくれる。大切な人たちと笑えている、これよりも嬉しいことはなかった。
転生したことに気づいた時はどうしようかと思ったけど、私は今とっても、幸せだ。
最終回の雰囲気ですが、あと2話ございますので少しだけお付き合いください。




