最期に会いたい人
朝。私が起きて隣を見ればそこには誰もいない。理由は時間を見れば明らかだった。
「ね……寝過ごした!」
学校はとっくに始まっている時間だ。私はため息をついてから自分が寝ていた桜也の布団を畳み、押し入れに仕舞ってから部屋をでる。
先に顔を洗い、歯も磨いてから自身に宛てがわれた部屋に戻る。洋服の仕舞ってあるタンスを開き、一着の服を手に取って着替えてから階段を降りた。
「おはようございます。桃花さん」
「おはよう、優愛ちゃん。ちょっと待ってね。いまご飯よそうからね」
椅子に座って少し待てば、ツヤツヤとしたご飯と鮭に卵焼きと日本人らしい朝ごはんが運ばれてくる。とても美味しそうだ。
「ありがとうございます」
「ふふ、いっぱい食べてね。おかわりもあるわ」
残念なことに私の胃袋はおかわりをできる程大きくはないので気持ちだけ受け取る。
「いただきます」
端に手を伸ばし、卵焼きを一口サイズに切って口に運ぶ。うん、お出汁が効いてて美味しい。
「優愛ちゃん。今日はどうするの?」
「えーと、この後出かけます」
そして多分帰ってきません。その言葉は飲み込み笑う。心配はかけられない。
「そうね。お洋服もお気に入りのものですもんね。お昼ご飯までには帰ってきてね。変な人について行っちゃダメよ」
「はい」
ごめんなさい。どっちも破ります。
心の中で謝りながら、急いでご飯を口に運ぶ。
「ごちそうさまでした」
「お粗末さまでした」
食器を桃花さんの元まで運び、手渡す。それから桃花さんに、笑顔で言葉を絞り出した。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
最後の会話らしくはないなと、家から出て苦笑する。でもそれできっといい。悪くない。
私は涙を堪え、まっすぐ前を見る。因縁を終わらせに行くんだ。
「来たよ」
誰もいない、水の流れる音に私の声が混じる。人の気配はしないけれど、あいつはここにいるはずだ。
ぎゅっと両手を強く握りしめて姿が現れるのを待つ。
「意外とすんなり来たな。逃げるかと思ったぜ」
後ろから声が聞こえた。聞きたくもない男の声だ。
「脅したのは貴方でしょ」
「脅す?……そこまでお前にとってアイツらが大切だとは思わなかったぜ。親を見捨てて逃げたのにな」
その言葉に私は何も言い返せない。覚えてないけれど、生き残ったっていうのはそういうことだ。記憶がないとは口が裂けても言えない。
ただ言葉を受けいれて黙ることしか出来なかった。
「まァ、俺としてはこっちの方が好都合ってやつだ。無駄な殺しは嫌いだからなァ」
真剣なのか、冗談なのかわからない。見た目だけは無駄な殺しが好きそうだけど。
「……さて、それじゃあボスに錠を献上とするか」
ギラりとした目つきでこちらに視線を向ける男。私は胸元の錠をぎゅっと握りしめた。
「そんなこと、させない」
「……はぁ?」
「貴方たちにこの錠は渡せない。相応しい人は他にいるから」
錠をいずれ手に入れるべきなのは洋太だ。相応しい持ち主は赤の陣営でも、私でもない。
私は首から下げた錠を取り、近くの川に勢いよく捨てる。
「な、にやってんだ!てめェ!!!」
男はすぐに私に近づき、その手で感情のままに私の首を締め上げる。
酸素が入ってこず、苦しい。それに首が痛い。涙が勝手に出てくる。
「自分がなにやってんのか分かってんのか!?錠を投げ捨てる?頭イカれてんのか!」
「……貴方た、ちに……わた、す…………くらいなら、すてたほう、が、まし……」
「……そうかよ。じゃあ邪魔な錠の一族を始末してから!錠を貰ってやる!」
背中やお尻に走る衝撃と、体が反射的に酸素を大きく吸い込んだ。すぐには復活しない、霞む視界に映るのは、何かが私の方に振り落とされる光景。すごくゆっくりと私に死が迫る。
――あぁ、ダメだ。やっぱり死にたくないなぁ。最期に、桜也に会いたかったなぁ。
目を閉じて衝撃を待つ。
…………。何も起きない。ゆっくりと瞼を上げる。
「僕のものに手を出すな」
なんで、いるの?会いたかった人。守りたかった人。すごく、大切な人。
「さ、くや……」
鉄パイプを軽々と木刀で止めた桜也は私の方を見て笑った。
「優愛。大丈夫かい」
疑問はいっぱい。恐怖もたくさん。でも最初に勝った感情は喜びだった。
「うん。桜也が助けてくれたから」
また会えたから。だからもう私は大丈夫。




