第5話 常識/弁当
「これなんてどうでしょう?」
「……いいじゃないかな」
「じゃあ、こっちは?」
「……うん。いいと思う」
「なら――」
高梨さんの手によって、代わる代わる僕の前に差し出される衣服の数々。その数の多さと差し出される速度もさる事ながら、それが男性物という事に一番動揺している。こういうのって普通、女の子の服の方を選ぶんじゃ……。
「お兄様全部似合うから、キリがなくて困っちゃいますね」
口では困ると言いながら、にやけ顔が止まらない高梨さん。
何がそんなに嬉しいんだが。
「いっその事、店内の商品全部買いましょうか?」
「冗談でも止めてくれ」
「冗談?」
何を言っているのか分からないと感じで、小首を傾げる高梨さん。
その姿を見て、僕の背中にツーっと一筋の汗が流れる。
「冗談だよな」
「うふふ」
え? どっち? 冗談? 冗談じゃない? その笑みはどっち?
「さすがの私も、そんな非常識な事はしませんよ」
「そ、そうだよな」
なんか、非常識だからしないのであって、非常識じゃなければ金銭的には出来るという風に聞こえるのは、僕の考え過ぎだろうか。
そもそも、高梨さんの家ってどんななんだろう? 見た目だけで言えば深層の令嬢感あるけど、果たして……。
「高梨さんの家って……」
「はい。私の家がどうかしました?」
「……いや、なんでもない」
なんとなく、今はその時ではない、そんな気がした。決して怖じ気づいたわけではない。ホントの本当に。
「? それより、どれにします?」
「どれって、決めたらどうするんだ?」
「もちろん、私がプレゼントします」
いや、うん。なるほど。そういう流れか。まぁ、ここで水を差すほど僕も馬鹿ではないし、服の一着や二着くらい高がしれている……。
「え?」
一瞬、思考が止まる。
精々、高くても七・八千円くらいだと思っていた僕の浅はかな予想をあざ笑うような金額が、そこには書かれていた。
そういえばここ、店構えからして高そうな雰囲気を醸し出していたような……。
「高梨さん、この服の値札見た?」
「いえ。でも、大体の予想は付くので大丈夫ですよ」
大丈夫? ホントに?
「一応、確認した方がいいんじゃないかな」
というか、僕としては是非確認をお願いしたい。
「? お兄様がそこまで言うんだったら」
僕に促され、高梨さんが今手に持っている服の値札を確認する。
「はい。まぁ、少し値は張りますけど、想定の範囲内かなと」
「……」
その反応が僕の想定の埒外だった。
女性は男性より服にお金を掛けるというが、それにしてもこの金額を見て顔色一つ変えないとは……。
「高梨さん、一つ提案がある」
「はい。なんでしょう?」
「店を変えないか」
一応、提案のていを取っているが、もはやお願いだった。
「お店を? 確かに、お兄様に最適な服を選ぶのに一店舗だけで済まそうというのは、怠慢もいいところ。他のお店も見て、色々な服を見比べないといけませんよね」
店を変える理由は全く違うのだが、結果的にここではないお店にいけるのなら、この際細かいところには目を瞑ろう。
「それで、今度は僕に店を選ばせてもらえないだろうか」
「もちろん。お兄様が着る服を選ぶのですから、お兄様のお好きなお店で構いませんわ」
「ありがとう。じゃあ、早速移動をしようか」
こんな高額商品があちらこちらに山積みされた店、一刻も早くお暇したい。
というわけで、次に僕達は訪れたのは比較的リーズナブルなお店であり、一般的な高校生でも入りやすいお店だ。
「ここが、お兄様の行き着けのお店……」
店を見上げ、高梨さんがそう呟くように言う。
「そんないいもんじゃないけどね」
あまりにオーバーな言い回しに、僕の口から思わず苦笑が漏れる。
「行こうか」
「はい」
高梨さんを促し、店内に足を踏み入れる。
来慣れているためか、あるいは値段の予想がある程度付くためか、先程の店に比べてこちらの店の方がなんだか落ち着く。
ただいま、我が故郷。
「へー。こんな感じなんですね」
逆に、高梨さんは今日までこの手の店に入った事がなかったのか、物珍しそうに室内をキョロキョロと見渡していた。
やはり、お嬢様なのだろうか。
そのまま先に進み――
「あ、この服、お兄様に合いそう」
ラックに掛けられた服を一式手に取る高梨さん。
それは、白地にボーダー柄のカットソーと濃い緑色をした薄手のカーディガンが組み合わされた物で、シンプルながらお洒落な装いだった。
「……うん。これいいかも」
僕の体に当てて着てみた感じが明確に想像出来たのか、高梨さんがそう独りごちる。
「お兄様はどう思います?」
「いいんじゃないかな。僕の趣味にも合ってるし。ちょっといい?」
高梨さんが服を受け取ると、自分でも体に当ててみて姿見で全体を確認する。
「うん。いいと思う」
「ですよね。じゃあ、これはキープするとして……」
これは? キープ?
頭の上に疑問符を浮かべる僕を余所に、高梨さんは嬉々として別の服を手に取り僕に当てる。
「うーん」
どうやら、違ったらしい。
また別の服を手に取り、僕に当てる高梨さん。
「これは……」
その後、僕は一時間ほど高梨さんの着せ替え人形として過ごし、結局、三着の服を彼女に買ってもらった。もちろん、購入に関して僕は辞退を申し入れたが、最終的には高梨さんの圧に押し負ける形となった。
まったく。これでは今後が思いやられる。しっかりしろ、海野晃樹。このままだと一生、主導権握られっぱなしだぞ。
「そろそろお昼にしましょうか」
服屋を出る頃には、いつの間にか昼食を取るのにちょうどいい時間になっていた。
というわけで、今の高梨さんの台詞に繋がるわけだ。
「それはいいけど、どこで食べよう?」
「やはり、座れる所がいいですよね……」
そう言うと高梨さんは、自分のアゴに人差し指を当て考える素振りを見せた。
座れる場所というだけならその辺りのベンチでもいいのだが、あまり人通りが多い所だと落ち着かないだろうし、公園のような場所は付近にはない。となると――
「向こう側になるけど、ショッピングセンター前の広場で食べようか?」
あそこならそれなりに広さがあるので、人通りがある程度あってもそんなには気にならないだろう。
「はい。では、そこで」
言うが早いが、高梨さんが笑顔で僕の腕に自身の腕を絡ませてくる。
「……」
初回に比べれば幾分か慣れきたものの、まだ完全に動揺を押さえきるのは不可能で、平静を装うので精いっぱいだった。
「行こうか」
「はい」
目的地は駅の向こう側。ルートはいくつかあるが、駅の中を突っ切っていくのが一番早い。というわけで、まずは駅の方に向かう。
狩田駅の通路は二階部にあり、中に入るためにはまず階段を登る必要がある。
階段の横幅はとても広く、人が十人並んでも肩が当たる事はまずない。まぁ、そんなに一斉に横の並んだところは見た事ないので、あくまでも想像上の話だが。
やはりというべきか、当然というべきか、駅構内にはそれなりに人がいた。
自分の乗る電車が発車する時刻まで時間を潰す人、誰かが乗ってくる電車の到着を待つ人、ただそんなの関係なくそこにいる人、移動する人……。そこにいる理由は人それぞれながら、休日という事で比較的晴れやかな顔をした人が多い――気がする。
駅構内を通過し、そのまま外まで伸びた通路を行く。通路の中程、ショッピングセンターの二階出入り口付近にある階段を降りると、そこにはちょっとした広場が。
広場の中央には流線形の屋根が付いた木製の舞台があり、今日は行われていないが、日によってはそこでイベントが行われている。コスプレ、演奏、トークショー等々……。頻度こそ少ないものの、開催されればイベントは毎回それなりに盛り上がっているようだ。
その舞台を囲うように、複数のベンチが置かれていた。背もたれのない木製のベンチ。その一つに僕達は並んで腰を下ろす。
この辺りの人通りはまばらで、広場に滞在している人間も四人と少ない。
これならそれほど一目を気にせず、食事に集中出来そうだ。
肩に掛けていたトートバックから高梨さんが、布に包まれた弁当箱を取り出す。
「はい。お兄様」
「ありがとう」
僕がそれを受け取ると、高梨さんは続けてもう一つの弁当箱を取り出した。
二人で包みを解き、蓋を開ける。
弁当の中身を見た最初の感想は、母さんの弁当と高梨さんの弁当のハイブリッドという印象だった。ソーセージやミニハンバーグといった茶色い食材をメインにしながらも、詰め方やその他の食材の選択によって母さんの作る弁当とは趣が大分異なる。
なんというか、こう言っては母さんに怒られそうだが、母さんの作る弁当をより女性的にした感じといったところだろうか。特に卵焼きをハート型にしている辺り、ポイントが高い。
「いただきます」
手を合わせ、おかずに箸を伸ばす。まずはタコさんウィンナーをぱくり。
「うん。美味しい」
「ホントですか? 良かった」
僕の様子を確認してから、高梨さんも食事を開始する。
いくつか食べてみて感じた事だが、確かにこれはウチの味だ。卵焼きやジャガイモを口にすると、それがよく分かる。
「でも、なんでわざわざ母さんに味付けなんて?」
「やはり、毎日食べるものだし、お兄様の家庭の味に少しでも近付けたいなって……」
「毎日って……さすがに、気が早くない?」
高梨さんのフライング気味な発言に、僕は苦笑を漏らす。
「え?」
「え?」
あれ? 何か僕、おかしい事言ったか?
「毎日って、あれだよね。一緒に暮らし始めたらとかそういう……」
「うふふ」
笑われてしまった。
どうやら、僕は何やら盛大な勘違いをしていたようだ。恥ずかしい。
「お弁当の話です。お弁当、学校がある日は毎日食べるでしょ? その話」
「なんだ、お弁当か……」
そっか。そうだよな。お弁当……。ん? お弁当?
「作るつもりなの? お弁当、毎日」
「はい。彼女ですから」
そう自信満々に言って笑う高梨さん。
どうも、高梨さんの中の彼女像は世間一般とズレているというか、普通の基準が上がっているというか……。
「迷惑、でした?」
僕の反応を何やら勘違いしたらしく、高梨さんが困り顔を見せる。
「いや、そんな事はないけど、前以て言っておいては欲しかったかな」
言われたところで反対はしなかったとは思うが、そういう過程を経たかどうかで心持ちは大分変わってくる。
「すみません。そうするのが当たり前なのかと思って……」
やはり、高梨さんの感覚は少しズレている。……まぁ、それもまた個性か。
「いいよ。けど、大変じゃない? 二つもお弁当作るの」
「大丈夫です。一つ作るのも二つ作るのも労力はそんな変わりませんから」
「へー。そういうもんなんだ」
僕は自分で弁当を作らないのでよく分からないが、二つ作るから単純に労力が倍というわけではないらしい。
とはいえ、さっきの服の事もあるし、何かお返しを考えないとな……。
あげるなら、やはり服とか? いや、それより毎日身に着けるアクセサリーの方がいいのか。アクセサリー。アクセサリーね……。
「お兄様?」
箸を持ったまま固まる僕を見て、小首を傾げる高梨さん。
「え? あ、何?」
「いえ、何か食べられない物でもありました?」
「違う、違う。ちょっと考え事」
いけない、いけない。僕がぼっとしていたせいで、高梨さんに要らぬ心配をさせてしまった。気を付けなければ。
「考え事?」
「この後、どこ行こうって」
……まぁ、大きな括りで言えば嘘は言っていない。本当に考えていたのは、その先、店で買う物の方だけど。
「どこか行きたいとこでも?」
「うーん。雑貨屋とか?」
「雑貨屋ですか。いいですね。行きましょう」
期せずして昼食後の行き先が決まった。
後はそこで何を買うかだけ。とはいえ、それが一番の問題といえば問題なのだが……。




