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第18話 勉強/従姉

 テストを来週に控え、校内はにわかにざわめき始めていた。


 会話の節々にはまるで天気の話をするかのように勉強の話が混ざり、いよいよテストが数日後に迫っている事を、同じ空間にいる僕は嫌でも実感せざるを得なかった。


 放課後。校内のいつもの場所で待ち合わせをした僕達は、二人連れ立って約束通り図書室へと向かう。


 図書室は南校舎の二階にあった。


 広さは教室のおよそ三倍で、その中に大小合わせて二十台程の本棚と、十脚程のテーブル、後はカウンターが設置されている。


 テーブルは全て四人掛けで、今はそのほとんどの席が埋まっている。


 日頃はもっと閑散(かんさん)としているのに、考える事は皆同じらしい。


 奥のテーブルが空いていたため、そこに僕らは向かい合って座る。鞄から勉強用具を取り出すと、早速、どちらともなく試験勉強を開始した。


 学校の勉強のほとんどは暗記だ。いかに効率よく大事な所を覚えるか、そこに試験の成否が掛かってくると言っても過言ではない。


 まずは日本史。教科書のマーカーが引かれた箇所とノートの赤字の部分を、僕は重点的に暗記していく。暗記をするのには実際に書くのが一番という事なので、ひたすら大事な言葉と文章を試験用の新しいノートに書き移す。


 昔は歴史になんて全然興味がなかったが、ゲームや漫画で触れていく内に自然と知識が身に付き、そのお陰で興味も湧くようになった。


 まぁ、もちろん、あくまでも創作物で得た知識なので、全てが合っているかというとそうではない。話を作る上で()じ曲げられた内容も多々あるので、その辺りの正誤は改めて確かめる必要がある。とはいえ、全然知らないよりはマシというか、なんとなく雰囲気は掴めているため、勉強の取っ掛かりくらいにはなるだろう。


 一通り、教科書とノートをさらうと、次に僕は問題集に手を伸ばす。


 正直、日本史はこの問題集の内容を暗記すれば六十点は固い。なので、赤点を取りたくない生徒にはこれがお(すす)めだ。


 すでに書かれた答えの部分を隠し、ひたすら答えを書いていく。一度やった所なので、七割方は覚えている。後は残りの三割を記憶するために、間違えた答えをひたすらノートに書く。書いて書いて書きまくる。


 その結果――手が疲れた。


 少し集中し過ぎたかもしれない。


 そもそも、恋人と勉強をしているというのに、ただ勉強をするだけでいいのか。こうもっと、さり気なくイチャイチャしたり消しゴムを取る時に手と手が触れ合ったり……。何考えているんだ、僕は。きっと、疲れているんだな。うん。休憩しよう。そうしよう。


 軽く利き手である右手を振りながら、顔を上げる。


 そこには美少女がいた。


 まるで芸術品のように整った顔立ちと真剣に何かを考える表情。勉強の邪魔になるためか、後ろで一つに(くく)られた長い髪がいつもと違う彼女を僕に見せてくれる。


 なるほど。これが尊いという感情か。


 僕の視線に気付いたのか、氷菓(ひょうか)さんが顔を上げる。


「何?」


 小声で僕にそう(たず)ねてくる氷菓さん。


見惚(みと)れてた」


 隠す事でもないので、僕は正直に見つめていた理由を氷菓さんに告げる。もちろん、小声で。


「もう」


 それだけ言うと、氷菓さんは再び視線を下に落とし、勉強に戻った。


 馬鹿な事やってないで、僕も勉強を再開するか。期せずして、エネルギーもチャージ出来た事だし。もうひと踏ん張り頑張(がんば)ろう。


 ……それからどのくらいの時間が経っただろう。


 気が付くと、先程まで感じていた人の気配が大分少ないものになっていた。


 何気なく、辺りを見渡す。


 あれだけ埋まっていた座席は、今やそのほとんどが空席となっていた。僕が勉強に集中している間に、大半が帰ったらしい。我ながら恐ろしい集中力だ。


 前方に目を向けると、氷菓さんはまだシャープペンをカリカリと動かしている最中だった。


 そんな様子も絵になる。


 今何時だ?


 伸びをしながら、壁に掛けられた時計に目をやる。


 時刻は五時三十分を少し回ったところ。つまり、僕はちょうど二時間近く勉強をしていた事になる。いや、今日はよく頑張った。自分で自分を褒めてあげたい。……と、それはそれとして、もうすぐ最終下校時刻だ。


「氷菓さん」


 僕が名前を呼ぶと、ゆっくり顔が上がった。


「そろそろ帰ろうか」


 僕に言われ、いつもより少し鈍い動作で氷菓さんも時計に視線を向ける。


「もうこんな時間なのね」


 時刻を確認し、氷菓さんが驚きの声を上げる。


「お互いにそれだけ集中してたって事かな」

「そうね」


 苦笑を浮かべる僕に、そう言って氷菓さんは微笑(ほほえ)みを返してくれた。


 慌てる程の時間ではないので、のんびりと机の上に広がった勉強用具を鞄へとしまう。


「じゃあ、行こうか」


 氷菓さんが片づけ終えたのを見届けてから、僕はそう言って椅子(いす)から立ち上がる。


「えぇ。行きましょう」


 それに(なら)い、氷菓さんも立ち上がる。


 最後に忘れ物がないか確認をし、僕達は図書室を後にした。


 人気のあまりない校舎というのは、どこか物寂しい。


 実際に人の姿は見えなくても、音や気配で校舎に大勢の人がいる事はなんとなく感じられる。それが今はどうだ。聞こえてくるのは、吹奏楽部の練習音と外から聞こえてくる運動部の掛け声ぐらいのもので、人の気配の方もまばら、まるで違う世界に迷い込んだようだ。


「この時間の廊下って初めて歩くけど、なんか変な感じだね」

「これで夕焼けでも差し込んで来てたら、もっと雰囲気変わるでしょうね」


 夕焼けか……。確かに、風情があるな。それに、夕焼けに照らされて放課後の廊下を歩く氷菓さんの姿は、きっと名画のように綺麗(きれい)だろう。


秋人(あきと)さんは、氷菓さんをモデルに絵を描いたりしないの?」


 ふと頭を(よぎ)った疑問を、僕はなんともなしに氷菓さんにぶつけてみる。


「昔はよく。けど、あの一件以降は一度も……」

「そうなんだ」


 小学生の時に出来た父親との溝は他人が思うよりずっと深く、その関係に大きな影響を及ぼしていたらしい。


「あれからどう? 電話やラインで少しは話した?」

「ラインで一度だけやりとりを」

「へー。どんな?」

晃樹(こうき)君の事を()めてたわ。だから、お礼を」

「へー……」


 その詳しい内容を、知りたいような知りたくないような……。


「けど、今まで父とは事務的なやりとり以外はしてこなかったので、そういう意味では少しは前進したのかなって」

「そっか」


 何より、そう氷菓さんが思えるようになった事が、今までの二人の関係からしてみたら大きな一歩、なのではないだろうか。


「本当にありがとう。晃樹君のお陰よ」

「僕は別に――」


 とっさに否定しようとして、途中で止める。ここで否定するのは、何か違う気がしたのだ。


「少しでも氷菓さんの助けになれたのなら良かったよ」


 だから、僕はそう言い直す。あくまでも謙虚な心持ちを持って、けれど、決して卑下はせず、(わず)かに胸を張って。




 土曜日。テスト勉強をするために、氷菓さんがウチにやってくるその日。僕は駅まで氷菓さんを迎えにきていた。狩田(かりた)駅ではなく最寄り駅の藍島(あいじま)駅の方だ。


 待ち合わせ時刻は十三時五十分。なんでそんなに中途半端な時刻なのかと言うと、電車が到着する時刻がその時刻だからだ。


 少し早めの四十分過ぎに駅に着いた僕は、駅構内でその時を待つ。


 ぼんやり過ごす事、およそ十分。氷菓さんが乗っているだろう、電車がホームに到着した。


 程なくして、階段を登り数人の乗客が、改札へと向かい歩いてくる。


 その中に、氷菓さんの姿もあった。


 今日の氷菓さんはデニム素材のシャツワンピースと、いつもと少し違う雰囲気の装いながら、それでもやはりよく似合っており、今日も今日とて当然のように可愛(かわい)かった。


 片手を()げ合図を送ると、氷菓さんもそれに応じるように控えめに手を挙げてくれた。


「こんにちは、氷菓さん」


 改札を通り、こちらにやってきた氷菓さんに挨拶(あいさつ)をする。


「こんにちは、智樹君」


 ん? 智樹君? なんで名前呼び? それより何より、氷菓さんの様子が……。


「あなたが噂の智樹君ね」


 氷菓さんの背後からすっと、一人の女性が歩み出る。


 綺麗な人だった。髪はショート。顔は可愛い系ながら、大人の女性としての魅力も兼ね備えている絶妙な塩梅(あんばい)で、その造りはどことなく氷菓さんに似ていた。


 格好(かっこう)は、白いブラウスに黒の細身のパンツとシンプルだが、着ている女性の雰囲気と相まってそれが逆にお洒落(しゃれ)に見えた。


「はい。僕が海野(うみの)晃樹ですけど、あなたは……?」


 そう問い掛けながらも、すでに僕の中には、目の前の女性の正体に心当たりがあった。


 氷菓さんにどことなく似た、二十歳前後の女性。おそらく、彼女が――


「私は香坂(こうさか)優雨(ゆう)。この子の従姉(いとこ)。よろしくね、晃樹君」

「はー。どうも」


 差し出された手を、(なか)ば条件反射気味に握る。


 やはり、そうか。彼女が氷菓さんの言う、ゆー(ねぇ)……。


「ごめんなさい。付いてくるって聞かなくて」

「何よ、その言い方は。紹介してくれるって言ったじゃない、氷菓ちゃんの初めての彼氏君」

「するとは言ったけど、今日とは言ってない」

「もぉ。照れ屋さんなんだから」


 言いながら、氷菓さんのほっぺたを背後から突く優雨さん。


「照れは関係ない」


 言い返すものの、氷菓さんも特に抵抗はしない。仲がいい……というか、べったりである。まるで姉と妹。更に言えば、幼い妹を可愛がる少し年上のお姉ちゃんといった感じだ。


「顔を合わせはこれで済んだんだから、もういいでしょ。改めて晃樹君の事は紹介するから」

「何言ってるの? 可愛い妹がお世話になってるんだから、相手の親御さんに挨拶しなきゃ」

「はっ? 挨拶ってゆー姉。本気?」

「本気も本気。本気と書いてマジと読むくらい本気よ」


 言葉の意味はよく分からないが、とにかく熱意だけは伝わってきた。


 なんとなく、このお姉さんの性格というかキャラが掴めかけてきた――ような気がする。


「こう言ってるんだけど……」


 氷菓さんが困ったように(まゆ)をハの字にして、僕にそう聞いてくる。


「まぁ、いいんじゃないかな。少なくとも、母さんは歓迎すると思う」


 父さんはまた、自室に隠れてしまうかもしれないけど。


「ホント? ありがとう、晃樹君」

「はー」


 僕の言葉に素直に喜ぶ優雨さんと、額を抑え溜息(ためいき)を吐く氷菓さん。


 こう言ってはなんだが、対象的なその二人の態度が見ている方としては面白かった。


 一応、母さんに電話したら、秒でオッケーを貰えたので、とりあえず三人でウチに向かう事にする。


 構内を出ると、階段を降り、歩道に降り立つ。


 藍島駅からウチまでは歩いて三分程。距離にしておよそ二百メートルといったところだ。


「晃樹君は氷菓ちゃんのどんなところが好きなの?」

「……」


 笑顔でとんでもない質問をしてくる優雨さん。


 親戚のおばちゃんか。


「ちょっと、ゆー姉。晃樹君を困らせないの」

「えー。いいじゃん。大事な妹の事だから、姉としては気になるんだよ」


 まぁ、気持ちは分からないでもない。一見、ふざけた言動を取っているように見えて、その実、優雨さんは今も僕の人となりを探っているんだと思う。


 だから、僕もそれに真剣に(こた)えたい。


「氷菓さんはまず可愛いです。顔もそうですが、性格がとても可愛らしくて好きです。後は、僕の事を本当に想っているんだなっていうのが――」

「あー!」


 恥ずかしげもなくつらつらと述べる僕の言葉を、氷菓さんが体を張って無理矢理止める。


「氷菓さん、落ち着いて」

「これが落ち着いていられますか。大体、なんで晃樹君もゆ―姉の悪ふざけに乗っかるの! 適当に流せばいいんだよ、こんなの」

「いや、だって、ただの悪ふさけじゃなさそうだったから」

「何それ、どういう……」

「ですよね、優雨さん」


 両肩に手を置き氷菓さんを押し留めながら、僕はこの状況の元凶でもある、優雨さんにそう言葉を投げかける。


「君は賢いね。しかも、全部分かった上で、そっちを選ぶんだ」

「基本、不器用なんですよ、僕は」


 ここがその時と思ったら、僕は変化球より真っ向勝負を選ぶ。その方が、思いが伝わると思うから。


「こりゃ、氷菓ちゃんが惚れるのも無理ないわ」

「?」


 一人蚊帳(かや)の外状態の氷菓さんが、僕達のやり取りに首を(かし)げる。


「晃樹君がいい男って話よ。これなら、安心して氷菓ちゃんを任せられるわ」

「お眼鏡(めがね)に適ったようで何よりです」

「……」


 そして、僕と優雨さんはしばし見つめ合い――


「「ぷっ」」


 どちらともなく()き出した。


「晃樹君、よく面白いって言われない?」

「特徴がないとは言われます」

「日頃は、猫被ってるんだ」

「いえ、そんな事は」


 猫を被っているというより、どちらかと言うと、コミュ症なだけだ。なかなか人に心が開けず、そういう相手の前だとどうしても無難な対応を取ってしまう。直したいとは思っているが、こればかりは一朝一夕ではどうにも出来ず――今に至る。


「二人で何分かり合ってるの。晃樹君は私の彼氏なんだけど」


 そう言って、氷菓さんが突然僕の腕を引く。


「おふ」


 咄嗟(とっさ)の事で、思わず変な声が口から漏れた。


 後、組まれた腕に柔らかい感触が当たっており、それがなんとも言えない感情を僕に引き起こし、更に動揺を誘う。


「仲が良くて何よりだわ」


 そんな僕達を見て、微笑む優雨さん。


 おそらく、彼女には僕の考えなんて全てお見通しなのだろう。柚季(ゆき)さんと言い優雨さんと言い、大人の女性は本当に怖い。


 ……精々、変な事が見透かされないように、日々気を付けて生活しよう。

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