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第2話 襲撃/矛盾

 目を覚ます。それは同時に、夢から覚めた事を意味した。


 ひどく妙な夢を見た気がする。内容は思い出せないが、昔の日本をテーマにした物語のような夢だったような……。


 最近見た、漫画(まんが)か何かの影響だろうか。やけにリアルな情景だった――気がする。


 まぁ、今となっては、その記憶さえ定かではないが……。


「ん?」


 そこで違和感を覚える。やけに階下が騒がしいのだ。


 ウチは三人暮らしだ。父と母、そして息子である僕の三人。父は普通のサラリーマンで平日のこの時間に家にいる事はない。つまり、一階には母が一人いるだけのはず。なのに、会話が聞こえてくる。


 電話? あるいは、誰か訪ねてきているのか? こんな時間に一体誰が?


 とまぁ、ベッドの中であれこれ考えても仕方ない。とりあえず、着替えて下に行こう。


 ベッドから出て、カーテンを開けると、パジャマを脱ぎ捨て制服に着替える。


 抜き捨てたパジャマはベッドの上に適当に(たた)む。枕元にあったスマホと勉強机の上に置いてあった財布をズボンのポケットにそれぞれ突っ込むと、僕は鞄を片手に自室を後にした。


 扉を開けた途端、声は更に大きくはっきり聞こえてきた。


 電話という線はどうやらなさそうだ。それにしては、相手の声がよく聞こえてくる。


 相手は女性だろか? 若い。そう。まるで女学生のような声だ。


 ウチを訪ねてきそうな人に、そんな人いただろうか。保険の勧誘とか? それにしては、会話が弾み過ぎているような……。


「おはよう」


 階段を降り、リビングに顔を出す。


「――な」


 するとそこには、有り得ない光景が広がっていた。


 我が家のリビングの食卓に、母親と制服を着た女子高生がいたのだ。しかも、仲良さげにコーヒーを飲み合っている。


「……」


 思考が追い付かない。


 夢か? 僕はまだ夢を見ているのか?


「あ、晃樹。おはよう」

「晃樹君、おはよう。お邪魔させてもらってるわ」

「えーっと、はい」


 とりあえず、鞄をリビングの出入り口付近に置き、まずは洗面所に向かう。


 洗面所で朝のルーティンを済まし、再びリビングに戻る。


 食卓には高梨さんが一人座っていた。母さんは僕の朝食を準備しているのだろう、台所に移動していた。


「……」


 僕は瞬間迷った挙句、高梨さんの(はす)向かいに腰を下ろす。


 相手に気を(つか)っただけで、決して正面に座るのが恥ずかしかったわけではない。決して。


「ところで、なぜここに?」

「彼女なんだから、恋人を朝家まで迎えに来るのは自然な事ですわ、お兄様」


 母さんに聞かれないためか、顔を近づけ小声でそう僕に告げてくる高梨さん。


 不覚にも、それだけの事にひどく動揺してしまっている自分がいる。


「というか、どうやって僕の家を?」


 話す内容が内容だけに、こちらも顔を近づけ、小声で話す。


「それは……愛の力?」

「……」


 小首を(かし)げ、可愛(かわい)らしく誤魔化(ごまか)そうとする高梨さんだったが、さすがにそれで誤魔化されるほど僕も馬鹿ではない。が、ここでそれを指摘したところで、彼女が正直に話してくれるとも思えない。


「はぁー。まぁ、いいや。それより、それ面倒じゃない?」

「それ、とは?」

「話し方」


 どうやら彼女は、常に僕に対して敬語で話そうと思っているわけではなさそうだ。二人っきりの時は敬語、他の誰かに会話を聞かれている時はタメ口という風に、場面場面で使い分けるつもりらしい。


「あー。けど、困りますでしょ? この口調で皆の前で話されると」


 まぁ確かに、常に敬語で話されては周りの目、特に学校での目が気になるので、その点は非常に助かるのだが……。


「敬語を止めるという選択肢はないのか」

「はい」


 満面の笑みで即答されてしまった。


 そうか。ないのか。


「あらら、仲良しさんなのね」

「「あ」」


 声のする方に視線をやると、皿とカップをそれぞれの手に持った母さんが、顔を近づけ話す僕達をまるで微笑(ほほえ)ましいものでも見るような目で見つめていた。


「いや、これは」

「いえ、これは」


 僕たちは言い訳じみた事を口にし、慌てて距離を取る。


「いいの、いいの。付き合いたてだもんね。私もお父さんと付き合いたての頃は――」

「あー。そういうのいいから」


 何が悲しくて、自分の両親の付き合いたての頃の話なんて聞かなければいけないというのだ。勘弁(かんべん)してくれ。


「はい」


 僕の前に皿とカップを置くと、母さんは高梨さんの隣に戻る。


 ちなみに、隣と言っても僕の正面ではなく、逆側の隣なので僕から見て二つ向こうだ。


 今日の朝食は食パンで作ったサンドイッチ。具はハムとスクランブルエッグとレタス。大体まぁ、この組み合わせだ。


 サンドイッチをひとくち口に含み、次にカップのコーヒーを口に運ぶ。


 カフェインが、眠気のまだ残る僕の頭に染み渡る。思考が飲む前よりわずかにクリアになった――ような気がする。そこには、プラシーボ効果による影響も多大にある事だろう。


 相変わらず、母さんと高梨さんは仲良さげに話していた。


 そういえば昔、「娘もいいわよね」と言っていたので、母さんの方はある意味そういう気分なのかもしてない。


「それにしても、ウチの子にこんな綺麗な彼女が出来るなんてびっくりだわ。よっぽど前世で徳を積んだのね」


 おい。と言いたかったが、実際全くもってその通りなので、大人しく食事に集中する。


 あー。ハムうま。


「そんな事ありませんよ。晃樹君はとても素敵な方で、むしろ私にはもったいないくらいです」

「えー。そう?」


 なぜそこで疑問に持つ。自分の息子が褒められているんだから、素直に受け取れ。……まぁ、気持ちは分からなくもないが。


「とはいえ、前世で徳を積んだというお母さんの指摘も、(あなが)ち間違いではありませんけどね」

「あはは。面白い事言うわね。まるで見てきたみたい」

「はい。前世でも私達は恋人同士でしたから」


 そう言って、高梨さんが僕の方を見て微笑む。


 事情を何も知らなければ、ただただ照れて顔を赤くする場面だろうが、彼女の電波的な発言を聞いた後だとさすがにそうもいかない。


 多分、この発言はマジである。少なくとも、彼女の中では。


「あらあら、ごちそうさま」


 どうやら母さんは、今の高梨さんの発言をただの惚気(のろけ)と取ったらしい。


 まぁ、普通はそうなるよな。


 それにしても、前世でも恋人って、兄妹という設定は一体どこに行ってしまったというのだろう。それか、兄妹でもあり恋人でもあったとか? ……まさかね。




 僕が進学先を選ぶに当たって重要視したのは、家から近い事だ。


 時は金なりという言葉が表すように、時間は有限で掛け替えのないもの。ゆえに、一分たりとも無駄には出来ない。


 というわけで、僕の通う高校は僕の住む家から徒歩二十分あまりのところに存在していた。


 唯一の誤算はあまりに近過ぎて、自転車通学が許されなかった事だ。そこは盲点だった。それを知っていれば、多少遠くはなるが自転車で十分で着く別の高校に進学したのに。残念だ。


「ねぇ、どうして少し距離を取って歩いてるの?」

「君に自覚があるかどうかは知らないけど、高梨氷菓という女性はそれなりに有名でね、こうして歩いてるところを見られるだけでも致命傷に近いのに、ましてや肩を並べて歩いてるところを見られたら殺されちゃうよ」

「オーバーなのね」


 そう言って高梨さんは笑うが、僕からしてみたら冗談でもなんでもなかった。


 こんなところを同じ学校に通う生徒に目撃されでもしたら、質問攻め&嫉妬(しっと)の目で見られる事は確定事項、下手をすれば画鋲(がびょう)の一つでも下駄箱に入れられるかもしれない。それぐらい彼女は有名人なのだ。


 今のところ、僕達の通う高校の学生とはまだ会っていないが、学校に近づく以上それも時間の問題。その先の展開を考えると、非常に憂鬱(ゆううつ)である。


「付き合ってるのだから、もっと堂々とすればいいのに」

「大体、僕のどこが良くて告白してきたんだ? どうせ、前世がどうのこうのっていう、とんでもな理由だけだろう?」

「そんな、まさか。前世の事はもちろん大事だけど、今のあなたがどんな人かもお付き合いをする上でとても重要なファクターだわ」

「どうだか」


 どうせ、僕の事なんてろくに知らないのだろう。でなければ、僕になんて告白してくるはずがない。


「海野晃樹。十五歳。A型。誕生日は十月二十六日。さそり座。趣味は特にないけど、強いていれば漫画や小説を読む事」

「……は?」


 驚いた。そんな詳しく、僕の事を付き合う前に調べていたのか。


「初恋の相手は幼稚園の先生。初めてお付き合いをしたのは中一の夏。でも、半年程でその子とは別れ、その後は誰ともお付き合いはしていない。合ってる?」


 こくこくと激しく(うなず)く。


 あまりの情報収集力に、僕はもう引いていた。


「クイズを出してもらえば答えるけど、どうする?」

「もう十分だ。僕が悪かった。僕が悪かったから勘弁してくれ」


 正直、ここまでの情報は僕の周りに聞けば収集出来るレベルだ。普通はそんな事をしないという常識的な話を無視すれば、まだ許容範囲と言える。だが、そこを超えた、例えば僕以外が知りえない情報なんかが彼女の口から発せられた場合、僕は正気を保っていられる自信がない。おそらく、走ってこの場を立ち去る事だろう。


 昔の人はいい事を言った。知らぬが仏。知る必要のない事は知らないままの方がいい。なので、この話はこれでおしまいだ。


「そういえば、高梨さんはどの辺に住んでるの?」


 話題を変える意味も込めて、僕はそんな当たり(さわ)りのない話題を高梨さんに振ってみる。


 ウチの周りには二つの中学の学区があるのだが、彼女がそのどちらにも属していなかった事は知り合う前からなんとなく知っていた。更に言えば昨日、高校の最寄り駅まで送って行ったので、電車通学な事もすでに知っている。


句隆(くりゅう)駅の辺りよ。何? 来たくなっちゃった?」

「まさか」


 句隆駅は、ウチの最寄り駅から四駅程行ったところにあるそれなりに大きな駅だ。そこを目的地として電車に乗った事は一度もないが、乗り換えでホームに降りた事はある。僕にとって句隆駅は、その程度の駅だ。


「今日はどうしたんだ? もしかして、わざわざ電車を乗り換えてきたのか?」

「えぇ」

「……」


 さも当然と言った感じで頷く高梨さんに、僕は(しば)し呆気に取られる。


 そもそも学校の最寄り駅とウチの最寄り駅では、路線が違うどころか会社が違う。乗り換えも通学前という事を考えればよりいっそう手間だろうに。


「別に無理して、登校前にウチに寄らなくていいんだぞ」

「無理? 何が?」


 こちらとしては当然の事を言ったつもりだったのだが、本気で何を言っているか分からないと言った感じで、首を捻られてしまった。


 ……これが感性の違いというやつだろうか。


「さっきの話だけど」


 電車の件は当人の自由なので、今日のところはこれ以上の深追いをせず、僕は話題を早々に(ひそ)かに気になっていた、リビングで高梨さんが母さんに言ったあの話にシフトさせる。


「さっき?」

「母さんに言ってた前世で恋人だったとかいう」

「あぁ。そう。私達は前世でも恋人だったの。まだ思い出せない?」

「残念ながら」

「そう……」


 肩を(すく)めて冗談めかしにそう答えた僕とは対照的に、高梨さんは本当に残念そうに視線を道路へと落とした。


 その様を見ると、少し良心が痛む。


 僕には到底受け入れられない事でも、彼女にとっては真実であり大事な事なのだろう。とはいえ、前世と言われて「はいそうですか」と言える奴は、余程の阿呆(あほう)か天然かはたまたいい加減な奴だけだ。幸か不幸か知らないが、僕はそのどれにも属さない普通の人間なので、簡単に彼女の話を受け入れるわけにはいかなかった。


「昨日は僕の事をお兄様と呼んでなかったか?」

「はい。お兄様」

「……」


 満面の笑みで呼ばれてしまった。


 受け入れられないと言ったものの、高梨さん程の美人からそう呼ばれるのは悪い気はしないどころか、(くせ)になりそうで怖い。


「ん」


 調子を戻すために、咳払(せきばら)いを一つ。


「恋人にお兄様、矛盾してないか?」

「矛盾? どこが?」

「だって、兄妹で恋人なんて……」

「えぇ。だから、私達は前世では誰にも気付かれないようにひっそりと付き合ってたの。報われない恋と知りながら……」


 そう言った高梨さんの視線は遠くを捉えており、その先にまるで何かがあるようだった。


「お兄様というくらいだから、それなりの家だったのか?」


 だからだろうか。僕の口からは、自然とそんな言葉が漏れていた。


「そうね。辺りでは知らない人がいない名家だったわ。お父様は織物の工場を営んでたの。お手伝いさんもいて、とても恵まれた環境だったと思うわ」


 恵まれた。それが彼女の本心ではない事は、表情や言い方から容易に想像出来た。


「昔は今以上に結婚相手を自由に選ぶ事が難しくて、特に私達のような家では長男長女はほぼ間違いなく親に勝手に選ばれてしまう。だから、私達は選んだの。二人で一緒になる道を」

「駆け落ちとか?」


 僕の問い掛けに、高梨さんは答えなかった。ただ悲しげに微笑むだけで。


「その時、二人で誓ったの。来世では一緒になろうって」


 来世では一緒に。つまり、二人は――


 なんともなしに空を見上げる。


 僕達の頭上には、澄み渡った青空が広がっていた。


 天気予報によると、今日は一日快晴らしい。


 雨と晴れどちらかが好きかと問われれば、僕は間違いなく後者を選ぶ。大抵の人はそうかもしれないが、風呂やプール以外の場所で濡れるのが好きではないのだ。


 雨は好きです。

 昔、誰かにそんな事を言われた気がする。その理由を思い出そうとして、僕はなぜか隣に歩く少女に問い掛けていた。


「君は雨と晴れどっちが好きだ?」

「そうね。私は――」

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