3-3 君はいったい?
ようやく話が進み始めると思います。
家に帰ったところで誰もいないのはわかっていた。
俺の両親は共働きだ。俺が小学校に入学するのと時を同じくして母親が職場復帰をした。初めのうちは寂しかったが、毎日夕方過ぎになると母親は帰ってくる。それまでの間に宿題を片付けたりしていればいいわけで、慣れてくると楽しいとさえ思っていた時期もあった。
「なんか、疲れたな。まさか、入学して4日目にしてこんなに疲れるとは・・・」
独り言を呟きながら二階にある自分の部屋へ向かう。晶から話を聞いてから体がダルくてたまらない。仮眠でもしようと考えて2階にある自分の部屋の扉を開けた時だった。
「あ、お帰りなさい。」
懐かしいとは言えない声が部屋から聞こえて来て健斗はギョッとした。
「は?え?」
健斗は声を失ったがそれもそのはず、ベッドの上には美優の姿があったのだから。
「あはは、だよねぇ。やっぱりびっくりするよねぇ。」
美優はベッドからぴょんと起き上がり、健斗の元に駆け寄ってくる。その姿は昨日と何も変わっていない。服装も変わっていないおかげで、一瞬で昨日の光景が蘇ってくる。
「・・・なんで?」
健斗は驚きの気持ちを隠そうともせずに目を大きく見開いたまま美優を見つめた。
「なんで?ん~とねぇ、私にもそこんところはよくわかんないんだよね。」
軽く前かがみになり、健斗の顔を覗き込むようにして答える美優。
「お前がわからんかったら、俺にもわからんわ。」
健斗が半分キレたような口調で美優の腕を掴もうとしたが・・・
「あー、なんかね、昨日と違って触れなくなったみたい。」
美優が言った通り、健斗の手が美優の腕をすり抜けてしまった。
「本当だ。触れない。」
と言うことは、昨日とは違う美優が目の前にいるということなのか。それよりも、ここにいるのは美優なのか?いや、なんでここにいるんだ?
たくさんの想いや疑問が頭の中をグルグルとめぐるものの、健斗の口から出た言葉はこれだった。
「お前、本当に美優・・・なのか?」
そんな健斗の心のうちを読んだわけではないだろう。けれども、健斗をとても安心させる一言が発せられた。
「そうだよ、健斗。昨日会ったばっかりじゃない。」
美優は妙にニコニコと笑顔を浮かべて話しかけてくる。
『昨日のことを覚えている。ということは目の前にいるのは昨日であった美優に違いない。』
健斗は心の中でそう確信した。それにも関わらず口に出た言葉はぶっきらぼうなももになってしまう。
「お前って奴は・・・」
「お前言うなー。」
美優が間髪入れずに突っ込みを入れてくるおかげでおかしな間が生まれずに済んでいた。
「・・・美優に会うのは何年振りだったんだよ。」
健斗は美優から目をそらして尋ねた。思わず込み上げてくるものがあったのだ。
「思い出してくれたんだ?昨日の健斗は忘れちゃってたもんね。」
少しだけ頬を膨らませるような表情をして、不服であることをアピールする美優だった。
「お互い様だろ?美優も忘れてたじゃないか。」
そんな美優のある意味での渾身アピールをしっかりと無視したまま、健斗は美優の横を通り抜けてベッドに腰を下ろしながらこう言った。
美優も健斗の横にちょこんと座るが、健斗には美優がベッドに腰を下ろした感覚が伝わってこなかった。
「あ、それそれ。私も忘れちゃってたんだよねぇ。なんて言うの?死後すぐだったせいかなぁ、なんか記憶が混乱してたんじゃないかと思われますです。」
美優は『あはは』と人差し指で頬を軽く掻き、そして笑いながら健斗に弁明をする。
「美優・・・いや、みっちゃん。本当に久しぶり。」
「うん、久しぶり。何年ぶりになるのかな、けんちゃん。」
2人は小学生の頃の呼び名でお互いを呼び合う。それは懐かしい友人との再会ではあるが、二人が望んだ形の再会ではないのは確かだろう。
「・・・そうだな。8年か?いや、どのくらいだろう?って、そうじゃなくってさ?」
健斗はふと我に帰り、美優の顔をまじまじと見て言った。
「な、なんでしょか?」
美優は半身だけ健斗から遠ざかりながら健斗の言葉に耳を傾けた。
「なんでここにいるんだよ。俺、いろいろ考えてたんだよ。昨日のあれからさ。で、なんか本当にいろいろ考えちゃって、晶にもいろいろ話を聞いて、それでさ。もう・・・なんか、なんて言っていいのか分かんねぇよ・・・」
健斗は頭をぐしゃぐしゃに搔きむしりながら美優に尋ねた。
しかし、美優からの言葉は健斗にとっても意外なものだった。
「けんちゃん・・・ごめんね。私、死んじゃった。あの時の約束、守れなかった。」
約束。
あの時の約束?
なんだ、それ。いや待て、しっかりと思い出せ。俺はできるはずだ。
美優に直接聞いてみるか?
俺が約束を忘れているのがバレる。ダメだ、それは。
晶に電話でもして聞いてみるか?バカな。そもそも、なんて聞くつもりなんだ、俺は。
子供の頃につけていた日記帳でも漁るか?無理だ。それじゃ、覚えていないことをあっさり暴露するようなものだ。いや、イケるか。適当な理由をつけてパラパラと読んでみたら思い出すかもしれない。けれども、それは時間とタイミングがあればの話だ。
ならば、いっそのこと玉砕覚悟で美優に直接聞いてみるか?
ありえない。
直接聞くだなんて本格的な罰ゲームが待っている。
もう時間がない。
どうする。
どうする?俺?
「もしかして・・・忘れちゃってる?」
美優はまるで健斗の焦りを見透かしたかのように、目を大きく見開きながら俺の顔を下から覗き込んでくる。ちょっと怖い。
「まさか。覚えてるさ。」
ここで強がってしまうのが思春期の男子というところなのかもしれない。
「あはは、相変わらず、嘘が下手だね、けんちゃん。」
急に笑顔になって美優が俺の肩をバシバシと叩いてくる。
「いてて、なんだよ、急に叩くなよ。ってあれ?」
「ありゃ?」
二人とも驚きを隠せない。何に驚いているのか、それは美優が健斗の体に触れられたという純然たる事実に対してだ。
「私、けんちゃんに触れた?」
「おう、今触ったな。」
健斗はそれを確かめるために美優の手に触れようとしてみたが、やはり触れないようだ。健斗の手が美優の手をすり抜けてしまう。なんとなく美優に触れたような感触はあるのだけれど、それは肉体に触れたというよりも、何か温かい空気に触れたような、そんな感覚だった。
「あれ?」
「あー、けんちゃん。私と手を繋ごうとした?」
美優は口を尖らせて健斗の手から自分の手をスッと引き抜いた。そして、さらに健斗との距離を取ろうと後ずさりをした。
「違う、違うって、いや、違わないんだけどさ。触れるのかなって思って。」
健斗は焦りながら両手を振って否定する。妙に焦っているように見えるのは健斗の本心が見え隠れしているのかもしれない。
「違うの?じゃ、何かな。何かな。」
美優はベッドの上で正座をするように座り直して、健斗を真顔で見つめる。
「あー、約束の話だけどさー。」
健斗が話の腰を折るかのように美優の顔を見て話を変えてくる。
「もぅ、すぐそうやって話変えるんだから。いいけどさぁ。」
美優は上半身をゆらゆらと揺らしながら不服であることをアピールし、そのまま横にコロンと寝転がった。そして、健斗に先を話すように促した。
「で、その続きは?」
「あれだよな。『また、一緒に遊ぼうね。』っていうやつ。」
健斗の言葉を寝転がりながら聞いていた美優は、笑顔を浮かべて軽く目を閉じる。
「うん。そうだよ。そして、昨日と同じ。『また・・・会えるかな。』『うん・・・いつかまた。』って言って別れたの。私は、ずっと忘れてなかったよ。」
美優は目を閉じたままそう言った。
「そうか・・・そうだったな。うん。」
健斗は自分のベッドの上で寝転がっている幽霊の女の子を見ながら笑顔を浮かべる。
「また、会えたね。けんちゃん。」
「そうだな。」
「このベッド、けんちゃんの匂いするよー。」
そう言って美優がゴロゴロとベッドの上を転がる。とは言ってもベッドの上に敷かれた布団は全く乱れない。
「おい、そういうのやめろよ。気持ち悪いから。」
健斗の焦りはあっさりと消えた。そして、家に帰るまでずっとチクチクと痛かった胸の棘がスルッと抜けたような気がしていた。
「気持ち悪いとかいわないの~っ!」
美優の大きな声が部屋に響いた。
しっかりと赤くなった頬の色から、この大声は彼女なりの照れ隠しのつもりだったのかもしれない。
はい、今回は以上になります。
これからどうなっていくのか、楽しみにしていただけるとありがたいです。
でも、この再会ってやっぱりうれしくはないものですよね?
できることであれば・・・いえ、やめておきます。