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ライジングゴースト ~君が夢見たトコロへ~  作者: 蛍石光
2.野球部と少女
5/24

2-2 ある日の夕方

入部試験の後、帰り道での話になります。

 健斗は一人、のろのろと歩いていた。

 高校への登下校に便利なバスが発着しているバスターミナルまでは、学校から歩いて十分もかからない。ターミナルの近くには大きめのショッピングセンターもあるし、時間を潰すにはもってこいの場所なのではあるが、今日の健斗はバスに乗る気にはなれないでいた。


「歩いて帰るか・・・」


 健斗の家までは歩いて帰れない距離ではない。ある程度のんびり歩いても一時間以内で帰れるだろう。幸い、北海道のこの時期はまだ暑くはない。むしろ海辺の町であるこの街は風が強いせいで寒く感じる日が多いくらいだ。バスターミナルに背を向けて一人でトボトボと歩き始めた。


「え?何?家まで歩くの?ふんふん。いいね、そういうトレーニングとかも大事だよね〜。」


 どこからともなく女の子の声が聞こえてきた。


「なんだよ、晶。部活終わったのか?」


 話しかけてくる女の子といえば晶だと思い込んで後ろを振り向くと、そこには晶とは似ても似つかない少女がしゃがみこんで健斗を見上げていた。


「ざ〜んねん。アキラではないのです。というかアキラって誰かな?」


 その少女はしゃがみ込んだまま健斗に聞いてくる。


「・・・だれ?」


 その少女は長い黒髪に大きな目でとても可愛い顔立ちをしていた。

 どこかで見たことがある少女のように思ったのだけれど、どこで会ったのかは全く記憶にない。誰なんだろう。こんな可愛い子がこんな田舎町にいたなんて。それにうちの高校の制服も着ていないから、うちの生徒っていうことでもなさそうだ。


 そういえば、昔のアイドルグループにこの街出身の人がいたな。なんて言ったっけ。矢部?なんか違うような気がするな。


「私は空木美優うつぎみゆっていうの。君の名前はなんていうの?」


 少女はそう言ってしゃがみ込んだまま顔を指差して聞いてきた。


「俺は山本健斗っていうんだけど。もしかして、逆ナンパとかそういう感じのやつ?」


 健斗は微かな期待を込めて美少女に問いかける。もし逆ナンなら絶対に逃せない。そう思った。


「うん、多分、そんな感じ?あれ?どうかな、ちょっと違うかも。ありゃ?そもそもどうして私はここにいるんだっけ?」


 空木美優と名乗った少女は首を傾げながら健斗を見て、その後辺りを見回す。それにつられるように健斗も辺りを見回すが、珍しくと言うべきなのか、それともいつも通りと言うべきなのか、通りには人が全くいなかった。そしてその時、一陣の風が彼女の髪の毛を舞い上げた。


 健斗の頭の中には、目の前の少女を知っていると言う感覚と、知らないと言う感覚とが混ざり合ったような、とてもすっきりとしない感覚が渦巻いていた。


「えっとさ。大丈夫?なんか色々と、本当に。」


 健斗は可愛い少女に出会えたと喜ぶのもつかの間、一転して心配になってきた。もちろん、この少女のことが心配だった、当然、頭の具合だ。


「あ、うーん、どうなんだろう。なんかね?体の調子はすごくいいの。でも、頭が・・・なんだか頭にモヤがかかったみたいに色々と思い出せない・・・感じ?」

「いや、俺に聞かれても困るんだけどさ。ってか、名前以外は覚えてないの?」


 笑顔で話している少女を健斗は呆れたような表情で見つめる。


「え、そんなかわいそうな子を見るような目で見ないで。」

「だってさ、お前ちょっとおかしくないか?」

「お前とか言わない。私は美優って名前があるんだから、呼ぶなら美優か美優ちゃんか美優さまか空木さんって呼んで。」

「なら・・・空木さんで。」

「いや。」

「なんでやねん。」


 少女のリクエスト通りに呼んだはずなのにダメ出しされるとか、どんな罰ゲームだって言うんだよ。それに話が一向に進まん。


「なんでやねんって、な〜にそれ。関西人的な?ノリツッコミみたいな?」

「俺は生粋の道産子だ。ちなみ高校一年生。で、あんたは?」


 せめて年齢や学校がわかれば色々とこの子のことを知るヒントになるかもしれないのだが、この調子だとまたはぐらかされそうな気がする。


「あんたとか言わない。」


 やっぱりか。ならなんて呼べばいいんだよ。


「えっと、じゃ、美優さま。スマホとか持ってないの?」

「なんか美優さまって呼ばれるのヤダ。美優って呼んで。その方がなんだか懐かしい感じがするの。」


 どこのワガママ娘だ。こんなかわいそうな子に育てた親の顔が見てみたいぜ。健斗は心の中でそう思いながらも、もちろん口には出さない。


「わかったよ、じゃ、美優。携帯は?」

「ん、どこかな。」


 美優はポケットを服の上からパンパンと叩いて携帯の所在を確認している。そして、『あれ?』っと声をあげて立ち上がる。美優の格好はジーンズにブラウス、そしてその上にパーカーを羽織っているという普通の格好だった。だが、どことなく運動をしている少女のような体つきに見える。線が細すぎないのだ。必要な筋肉がしっかりとついている感じで、晶となんとなく似ている体つきだ。身長は155センチくらいか。俺と比べるとかなり小柄な感じにも見える。


「っていうか美優さ。携帯どころか鞄も持ってなくね?」

「おや?ないねぇ。どういうことだろか。」

「だから俺が聞いてんだよ。」


 やれやれ。携帯も鞄もない。名前しかわからない。これじゃ犬のおまわりさんでもお手上げだって。


「うん、そうだね。わかんない。で、美優は15歳だよ。」

「俺と同い年だな。ってことは高校一年生か?」


 目の前の少女は確かに15歳くらいの少女には見えるが、話し方のせいかもっと幼く感じる。


「多分?高校生なんじゃないかな。」

「お前、本当に大丈夫なのか?ちょっとおかしくなってるんじゃないのか?このへんが。」


 そう言って美優の頭に右手を乗せる。


「・・・私、それしか覚えてないかも。」


 記憶喪失?それってかなり厄介な症状なんじゃないのか?


「家は?覚えてるか?もちろん自分ちだぞ?」


 美優は天然ボケが炸裂するタイプのようだからあらかじめ釘を刺しておかないとな。そうでもしないと会話が進まない。


「家・・・ねぇ。」


 そう言って真剣な表情で考え込む。おいおい、まさか本当に何も思い出せないのか?これは交番か病院に連れて行った方がいいかもしれないな。


「じゃ、このあたりに見覚えは?」

「あるよ。そこのバスターミナル、大学のあたりに行く循環バスとかあるよね。」


 妙にピンポイントな記憶。ってことは美優の家はそのバスの沿線上ってことなんだろうか。


「参ったなぁ・・・晶がいればなぁ・・・」

「ねぇ、さっきも言ってたけれど、アキラって誰?友達?」


 美優が晶について聞いてくる。

 そりゃ美優は晶のことは知らないもんな。そう聞きたくなる気持ちはよくわかる。ふと周りを見渡すと、学校から何人かの生徒が出てきている。もしかしたら部活終了の時間にでもなったのかもしれない。健斗は腕時計で時間を確認すると17時になっていた。通りで少し薄暗くなっているわけだ。


「晶ってのは俺の幼馴染だよ・・・でさ、もう17時なんだけど、俺はそろそろ帰りたいな。美優はどうする?」


 可愛い子に逆ナンされたならこのまま遊びに行っちゃおうかとも思うけど、この子はちょっと違う。なんていうか、ヘンだ。けれど、記憶がないっていう子をここに置いて行くわけにもいかないし、どうしたらいいんだろう。


「幼馴染。なんだか懐かしい言葉かも。私にもそう呼べる人がいたのかな。」


 美優が今までの能天気な雰囲気とは違い、少し憂の入った表情を浮かべ、一人歩き出す。健斗も仕方なく美優の後をついて歩き出した。


「なぁ、美優ってこの街に住んでるのか?」


 バスの路線のことも知っているみたいだし、もしかしたらと思ったのだった。


「・・・かもしれない。でも、あんまり覚えてないな。」


 美優は海辺に向かって歩いていた。途中、健斗の高校、港高校を横目に見ながら。美優は自分の手を後ろで組みながらゆっくりと周りを見るようにして歩いていた。その仕草はどこか大人びているようで背伸びをしているような。そんな哀愁が漂う仕草に見えた。


「覚えてないのか。それはちょっと寂しいな。」


 海の側にあるコンビニまで歩いてやってきた。近くにはサーファーにとってありがたい波が来るということで有名な浜辺もある。けれども、このあたりの海は他の外海に比べたらずっと穏やかだ。


 今の季節は春。北海道ではようやく雪解けが終わり、少しずつ春めいて来る時期。北海道な中では温暖で積雪量の少ないこの港町であっても、風が強いせいか少し肌寒く感じる。まだ、海辺でのデートは少し早いと言わざるを得ないだろう。


「そうだね。うん。寂しいね。」


 二人は浜辺の手前にある大きな国道を渡り、砂浜にやってきていた。砂浜といえば聞こえはいいが、時期も悪い上にここは海水浴場でもない。浜にいるのは釣りをしている男性が数人目に付くくらいだった。


「どうして俺に声をかけたんだ?」


 健斗にはそれも疑問だった。なぜ自分なのか。他に声をかけやすい奴がいただろうに。例えば同性の優しそうな人とか。


「どうしてかな。声をかける前にはその理由を覚えていたと思うんだ。でもね、声をかけたら忘れちゃった。」


 美優はさっきから健斗の顔を見ようとしない。ただ前をじっと見て、何かを思い出そうとしているのだろうか。今は寄せては返す波をじっと見ている。少しずつ沈んできた夕日が浜辺を暁色に染め、美優の黒髪も似たような色合いになっていた。それは健斗にとっても綺麗だと思う景色、いや、光景だった。


「思い出すまで一緒にいてやるよ。」


 軽くため息に似たような吐息を洩らし、健斗はそう言った。


「ホントに?」


 美優は海を見たまま健斗に尋ねてきた。


「あぁ、いいよ。出会ったのも何かの縁なんだと思うから。こんな小さな街で美優は何かを失くしてしまったんだろう?俺が見つけるのを手伝ってやるよ。」


 健斗がそう思ったのは本当の気持ちだった。だからと言って何ができるというわけでもない。実際にこのまま日が暮れてしまったら健斗だって家に帰らなければならないし、明日は学校にもいかなければならない。時間も、お金も思う通りにならない高校生の辛い現実があったのだが、この時の健斗はそんなことは全く考えてはいなかった。


「ありがとう。健斗。優しいね。昔と何も変わらない。」


 美優はクルッと振り向いて健斗の顔を見て笑顔を浮かべながら言った。


「え?昔?」


 健斗は耳を疑った。美優は俺のことを知っているのか?そう思って美優に聞き返した。


「今、なんて言った?」

「え?私、今なんて言ったの?」


 美優は驚いたような表情を浮かべる。


「今、昔と変わらないって。そう言ったけど・・・」

「そう・・・なの?そっか。私そんなこと言ったんだね。」

「言ったさ。」


 健斗はまたも不思議な感覚に襲われていた。知らないけれど知っているという感覚。何かが引っかかっているけれど、それがわからない。


「うん、そうなんだろうね。気がついたら私はあそこに座ってたの。どうしてあそこにいたのかはわからないけどね。でね?健斗の前にも何人か私の前を歩いて行ったんだ。私ね?話しかけたんだよ。でも、声が聞こえたのは健斗だけだったみたい。」


 美優は何を言っているんだろう。声が聞こえたのが俺だけ?普通、声をかけられたら誰でも気がつくだろう。それに、こんな子が道に座り込んでいたら絶対に目立つはずなのに。誰も気がつかなかったとでもいうのか?


「俺だけ?」

「うん、美優の声を聞いてくれたのは健斗だけ。」


 その時、健斗のスマホが音を立て、健斗を我に返した。


「その曲、知ってる。」


 美優は独り言のように呟き、健斗はその言葉を無視したわけではないが、特に何も言わずにスマホを手にとって発信者を確かめる。画面には紫水晶とあった。つまり、晶からの着信だ。


「悪い、ちょっと電話きたから。」


 健斗は美優にそう言って電話に出る。俺のスマホ、着信音変えてたっけ?なんて考えながら。美優は健斗の言葉に一つ頷き、その場に座り込んだ。


 夕日は今にも沈みそうで、東の空には一番星が見えてきていた。


「どうした?晶。何かあったのか?」


 健斗は電話の相手にそう話しかける。晶が相手の時はいつもこんな感じで通話が始まる。


「どうしたって、大変なんだよー。」


 電話先の晶が慌てている。晶が慌てるなんて滅多にないことだ。あいつはいつだってマイペース。緊張なんて言葉は無縁に感じていた。


「わけがわからん。何が大変なんだよ。落ち着いて話してみろよ。」


 健斗はため息をつきながら晶に言い聞かせる。


「あ、うん。そうだね。全然意味わからないね。ごめん。あのね?死んじゃったのっ。」

「死んだ?誰が。」


 健斗がその言葉を口にした時、美優は体をピクッと反応させた。しかし、健斗はそのことには気がつかない。


「あのね、私たちと同い年の子なんだけど。」

「はぁ、そうなんか。で、それがどうした?」


 誰かが死んでしまったことは悲しいことだが、晶が大変だと騒ぐほどのことには思えない。


「いいからスマホで検索してみてよ。すぐわかるから。」

「は?今?」


 検索するくらいなら教えてもらった方が早いのに。そう思いながらも晶には違う言葉を返す。


「わかった、調べたらまた連絡するから。じゃ、切るぞ。」


 そう言って一方的に通話を終わらせ、スマホのブラウザを立ち上げる。そしていつも使っているポータルサイトを開いた。するとトップニュースに確かに女子高生が死亡したという記事が載っている。

 健斗はいつもの通りにその記事をクリックし、記事詳細を読もうとした。


『将来を有望視されていた女子高生が死亡。』


 というタイトルがあり、続いて詳細というよりは概略が書かれていた。


『将来の女子ソフトボール日本代表入りが確実視されていた〇〇高校一年生、空木美優さん(15)が本日亡くなった。空木さんは青信号で横断歩道を横断中に信号を無視してきたトラックにはねられた。すぐに病院に搬送されたが、16時に死亡が確認された。』


 これ・・・同姓同名・・・じゃないよな。そう思いながら、震える指でスマホの画面をスクロールしてさらに下の画像を見ると、その画像はソフトボールをしている女の子の写真に、笑顔の少女の写真。誰がどう見ても、健斗の目の前に座り込んでいる少女の姿にしか見えなかった。


「どういうこと・・・だ?」


 その時、再びスマホが鳴った。画面に表示された名前は紫水晶。健斗からの電話を待ちきれなかったのだろう。けれど、今の健斗はとても電話に出る気分にはなれなかった。

 目の前にいる子、ネットニュースに載っていた子。どう考えても同一人物にしか思えない。ならば、この少女は・・・


 ゆっくりと美優が立ち上がり、お尻についた砂を軽く払って健斗の方に振り返る。


「あはは、そういうことだったんだね。私、死んじゃったんだ。」


 美優は今まででいちばんの笑顔を見せて笑いながら言った。


 健斗は声が出なかった。何も言えなかった。



 いつの間にか晶からの着信が切れていた。そう長く放置したつもりはなかったのだけど。


 記事を見たときには震えていた指だったが今は震えてはいない。それは美優の顔があまりにも綺麗で、そして、全てを悟ったような表情だったからかもしれない。


「美優・・・これ・・・」


 そう言って美優にスマホの画面を見せる。そこには美優本人の死亡記事と画像が載っている。


「ん?なになに?」


 美優は無邪気に健斗のところに駆け寄ってきて画面を覗き込む。


「これって・・・」


 美優はスマホの画面を覗き込みながら、指でスクロールさせて記事を読んでいる。スマホには触れるのか、とちょっと感心しながら。


「あれれ。これ、私だね。うーん、やっぱりさっき思い出したのは本当のことみたいだねぇ。」


 そう言って顔をしかめて腕を組む。そのリアクションは健斗が想像していたものとは全然違うものだった。


「あのさ、美優。」

「なんでっしょい?」


 美優はどこの方言かもわからない言葉を返してきた。

 なんだか元気すぎて逆に怖い。だって、この美優は実際には死んじゃってるんだから、ここにいるのはいわゆる幽霊っていうやつなんじゃないのか?


「お前、幽霊?」

「さぁ。そこんところがよくわかんないんだよね。なんかね、自覚がないんだわ。言われてみればトラックにはねられたかなぁ?くらいは思い出したんだけど、痛かったっていう記憶もないし、その時の服装も今と違うしね。あ、でも、はねられた時のままの姿じゃなくてよかったね。もしそうだったら健斗、気持ち悪がっちゃうかも。」


 美優は笑いながら頷いている。その姿はちょっと無理しているようにも見えたし、何よりも体が少し震えているのを健斗は気がついてしまった。


「美優。」

「いやー、それにしてもトラックにはねられるとか、私もなかなかにおバカ?あはは、何やってるんだろうね。」


 健斗は美優の腕を右手で掴む。美優の体は冷たいのかと思ったけれど冷たくない。ちゃんと触れるし、柔らかい。今度は左手で頭を撫でてみる。女の子特有の柔らかさを感じた。


「んにゃ?何かな?」


 美優は急に体を触られて驚いたようだったが、特に抵抗をするわけでもなく健斗にされるがままになっている。


「あったかいし、柔らかい。」


 健斗は美優にそう言った。


「なんか、えっちい言い方だねぇ。」


 美優は少しだけ口を尖らせて、不満であることをアピールする。


「美優って、本当に幽霊なのか?」


 健斗は素朴な疑問を口にする。


「いやぁ、面目ない。多分そうなんだと思うんだけどさ。妙に生きてるっぽい感じだよねぇ。」


 美優は笑いながら右手で軽く頭を掻く。


「無理すんなよ。ショックなんだろ?ま、俺もショックだけどさ。まさか逆ナンしてきたのが幽霊でしたなんて、誰も信じてくれないよな。」


 健斗は笑顔で美優を見る。


「何、それ。慰めてくれてるの?それとも虐めてるの?」


 そう言ってみるみるうちに美優の顔が泣き顔になっていく。


「慰めたつもり、だったんだけど。実体がある幽霊って初めてだからなぁ。」


 そう言って美優の体を抱き寄せる。


「はにゃ。これって、どういうことかな。もしかして、愛の告白とかしちゃうの?」

「泣き声で言われてもな。それに告白とかじゃねーよ。これはほら、あれだ。友情のハグ的なやつだ。」


 健斗は美優をキツく抱きしめながら言った。


「私、死んじゃった・・・まだやりたいこともいっぱいあったのに。」


 美優は健斗の胸に抱かれながら小さい声で言った。


「あぁ、そうだよな・・・」

「うん、いっぱい、いっぱいあったんだ。」

「わかるよ。俺にもやりたいことがいっぱいあるから。」


 健斗は美優の温もりを感じながら美優の顔を見た。自分の胸元には可愛い泣き顔の少女が見える。


「泣き顔はブスなのにゃー。」


 そう言って顔を健斗の胸に押し付ける。


「なんだよそれ、にゃー?面白いキャラ付けだな。」


 健斗はあえて悪態をつく。湿っぽい雰囲気は苦手だった。


「・・・気が付けてよかった。死んじゃってるってことに。」

「・・・そうだね。」


 美優は健斗の胸で大きく呼吸をしてから言った。


「また・・・会えるかな。」

「うん・・・いつかまた。」


 互いにそう言って笑顔を見せ合った後、美優の姿はふわっと消えた。




 怪談話にはまだまだ早い、春の日の出来事だった。

ふむ。

さすがに似たような経験をした人はいないとは思いますけれども、もし、貴方の身に同じようなことが起こったらどうしますか?

私は、健斗のようにできる自信?余裕は絶対にないと断言できます。

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