2-1 入部試験!
新しい章に入ります。
新展開というにはまだ早いですけれども、彼らの時間は進んでいきます。
「えー、入部試験はこれで終了だ。今年も基本的には全員合格だ。で、次に名前を呼ばれたものはここに残るように。では、小山龍平、紫水晶、高橋由人、花形寿也、三上裕太、八木要、それから山本健斗。以上七名はここに残ること。では解散。」
野球部監督の号令で解散となった新入部員の入部テスト。今年は二十名くらいが受験した。そして合格者はさっき監督が言ったように全員。と言うことは何のためにテストをしているのか。健斗はそう思っていた。
「なんか残されちゃったね。どう言うことなんだろ?」
晶が隣にやってきて健斗の耳元で囁く。
「さあな。何か言いたいことがあるってことじゃないのか?」
健斗はあまりにも当たり前のことを晶に言った。
「そりゃ、そうだろうけど。あ、監督の横にキャプテンも来たね。話、始まるのかも。」
晶の言った通り、キャプテンが監督の横に立った時、監督の話が始まった。
「お前たち、もっと近くに来い。」
七人は各々が適当な場所に立っていてバラけていたため、監督に呼びつけられる結果となった。七人は駆け足で監督たちの元に駆け寄っていった。
「野球部キャプテンの吉田だ。よし、じゃ、それぞれ自己紹介と希望のポジションを言うように。」
キャプテンがそういって順に話していくように促す。
「一年、八木要っす。清明中出身っす。ポジションは外野がいいっす。」
八木と言う奴は背が低くて細身の体型の男子。入部試験では足の速さと肩の強さが際立っていたように思う。外野以外にもショートなんかも良さそうだと健斗は勝手に思っていた。
「同じく一年、鷹別中出身の花形寿也です。ポジションはピッチャーやってました。」
ちっ、花形め。絶対的エースだったから、みんな知ってるっての。悔しいけどあいつは結構レベルの高いピッチャーなんだよな。打線の方が不甲斐なくて地区大会で負けたけど。
「住吉中出身の一年、小山龍平です。ポジションはどこって言うのは決まってなかったです。高校ではピッチャーでも何でも。できるポジションはやりたいと思っています。」
こいつは小山とか言う名前より、大山とでも名乗るべきだろうな。何と言っても背が高い。190センチ近くはゆうにあるんじゃないだろうか。そしてヒョロヒョロというわけではなく、筋肉の塊といった感じだ。入部試験では花形以上の球を投げ、誰よりも遠くへ打球を飛ばしていた。なんかすごい奴がいるなと思っていたんだ。そんな小山を見て花形が悔しそうにしていたのを見たのは初めてだった。
「柏木中出身の三上裕太です。ポジションは見ての通り、キャッチャーです。あとファーストの時もありました。」
三上はちょっと太めのやつ。足はあまり早くなかったが、肩は強かったし、長打力もミートもそこそこあったように思う。うん。他はよくわからん。
「紘別中出身の一年、高橋由人。ポジションはどこでもいいんすけど、左投げなんで限られてると思うっす。」
こいつは珍しい左投げ左打ちのやつだ。何というかそれ以外に目立ったところはなかったような気がするけど、どうだったかな。
「一年生の紫水晶です。鷹別中出身です。ポジションはどこでもできると思います。」
晶の自己紹介で、キャプテン以外の先輩たちが騒めく。その騒めきがどういった意味を持っていたのか、それは健斗にはわからなかった。
「えっと、鷹別中の山本健斗です。ポジションはどこでも。それから・・・」
「よし、これで七人全員だな。」
監督は健斗の話を打ち切るように話を再開した。
「え・・・ちょっと、俺がまだ・・・」
健斗の言葉を完全に無視するように監督は話し続けた。
「とりあえず、だ。花形、小山、高橋はキャプテンとともにピッチャーの練習。それから三上はあそこにいる武藤がうちの正捕手だ。あいつに指導してもらえ。それから八木。お前は守備の切り札として使えると思うから早速外野でノックを受けろ。細かい適性の判断をする。そして、紫水と山本。お前たちはここに残れ。以上。」
監督の言葉で5人はそれぞれ先輩たちのところに散っていく。そして、監督とともに残された俺と晶。これはどういうことを意味するのか。俺は不安でならなかった。
「どういうことですか?監督。私たちがここに残された理由を聞きたいんですけど。」
晶が監督にいきなりの直球をぶつけた。
「ん?そうだな。紫水。お前は野球をやりたいのか?」
監督は今更何を言っているのかということを聞いてくる。
「はい。そうですけど。どういうことですか?」
晶が不審そうな表情で監督を見る。もしかして女子ということでの入部拒否?確かに、晶以外に入部希望の女子はいない。マネージャーに試験はないみたいだからな。
「いや、その確認をしたかっただけなんだが。見ての通り、野球部には他に女子部員はいない。マネーシャーは2人いるがな。おそらく、女子ということで色々と苦労することになると思うんだ。だから、無理して野球部じゃなくてもいいんじゃないか?女子にはソフト部もあるんだしさ。だいたい、お前はソフトボールの世界で結構有名なんだろう?」
監督は暗に入部を止めるように晶に言っているのだ。女子だからめんどくさいことになったら困る。そういうことなのだろうか。
「私は野球がやりたくて野球部に入るんですけど。どうしてそんなことを言うんですか?」
その辺にしておけって、晶。面倒なことにあるかもしれないぞ?
「いや・・・いくら野球部に女子選手が加入することが認められたと言ってもな。今年から始まったことだからさ。色々とほら、設備の問題とか。」
「更衣室とかですか?」
その問題は常に付きまとうだろう。何と言っても試合をするスタジアムにはチームごとの更衣室くらいしかない。トイレだって、ベンチの近くには男子トイレしかない。そのくらい日本での野球という立場は男のスポーツという考えだった。
「まぁ、そういうのも含めて色々だ。」
「監督。そういう理由で入部をやめさせようというんですか?」
健斗は監督のいいように耐えきれなくなったのか、晶よりも先にプッツンときてしまった。
「い、いや。俺は何もそういうことを言っているんじゃないんだ。ただ、紫水の方が大変なんじゃないかなと思ってだな。それで・・・」
「それで、やめさせようということですか?紫水の実力のことは考えないんですか?」
健斗は監督の顔をじっと見ながらそう言い、監督の反論を待つ。
「・・・紫水の能力は高いと思う。けど、女子の身体能力は男子のそれには及ばない。苦しい3年間を過ごすことになるかもしれない。そう思っている。」
監督は取ってつけたような釈明をした。
「なら、もっとちゃんと紫水の力を見てください。こいつ、野球はすごく上手いですよ。」
健斗が監督を睨みつけながら言った。
「はい、そこまで。佐藤先生。その言い方はおかしいと思いますね。」
そう言って現れたのは40代半ばくらいの男の先生。確か、ソフトボール部の顧問の竹中先生だったと思うけど、一体何のつもりなんだろう。
「いや、竹中先生。これはですね、別にその、紫水がどうこうということではなくてですね?ただ、野球部に女子というのは何というか・・・」
佐藤監督は額に汗をかきながら弁明している。自分の言い分に非があるということを認めているということだ。
「そうですね。女子選手が男子選手に混ざってプレーするというのは大変でしょうね。でも、彼女は自分からそれを望んできたんですよ?そして、私も見ていましたが、彼女のレベルは結構高かったと思います。私としては彼女が望むならソフト部に入って欲しかったですけどね。」
竹中先生はそう言って笑った。
「いや、ですから・・・私は彼女を拒否したのではなくてですね・・・」
「埒があかないですね。おーい、吉田キャプテーン。ちょっとこっちにきてくれないか?」
竹中先生はそう言って野球部キャプテンの吉田先輩を呼ぶと、彼は小走りでやってきた。
「何ですか?竹中先生。」
「いや、ちょっと聞きたいことがあってさ。素直に答えてくれ。紫水は野球部の選手としてどうだ?やっていけると思うか?」
竹中先生は吉田キャプテンを見て笑みを浮かべながら聞いた。キャプテンは佐藤監督の顔を見ながら少し戸惑っているようだった。
「・・・そうですね。紫水ははっきり言って今のレギュラーよりも高いレベルにあるかもしれないと思います。もちろん女子ですから、パワーといったところは男子には劣るかもしれません。でも、身のこなしは素晴らしいですし、内野・・・もしくは抑えのピッチャーとしてならいけるかもしれないですね。」
キャプテンは紫水の動きを思い出しながら腕を組みながら言った。
「ふむふむ。ではキャプテン。もう一つ。彼女を野球部としては歓迎するのかな?」
竹中先生はなおもキャプテンに問いかけた。佐藤監督はただ黙ってそのやりとりを見ている。
「僕個人としては、紫水には期待しています。もしかすると、野球をやっていた女子が他にもいたら、彼女のおかげで入部してくれるかもしれませんし。それに何より、僕が見てみたいです。彼女がどのくらいの実力があるのか。ですから、僕は歓迎します。」
吉田キャプテンはしっかりと竹中先生の顔を見て言った。
「でも、どうしてそんなことを聞くんですか?竹中先生は野球部の顧問じゃないですか。僕の意見なんか聞かなくても、色々とよくご存知だと思うんですけど。」
これには少し驚いた。佐藤監督は顧問ではないのか。顧問は竹中先生で、佐藤先生はあくまで監督だったのか。
「いやいや、みんなの意見も聞いて見たいなと思ったのさ。で、代表して君の意見を聞かせてもらったわけ。キャプテンの意見はある意味で部員全員の意見だからね。とても大事なことなんだよ。」
そう言って竹中先生はキャプテンの左肩をポンッと軽く叩き、続けてこう言った。
「そういうわけで佐藤先生。紫水の入部には問題ありませんね。」
「はい・・・」
佐藤監督は渋々と言った状態ではあるが、竹中先生の意見を取り入れた。
「よし、じゃ、今日はキャプテンや他の新入部員と一緒にピッチャーの練習をしてくれ。正式なポジションはまたおいおい決まってくるだろうから。」
そう言って晶をキャプテンとともに練習に向かわせようとする。
「えっと、ありがとうございます。竹中先生。」
晶は頭をペコリと下げてキャプテンとともに走ってグラウンドに向かっていった。
「さて。私が話したいのは・・・山本くんだったか。君なんだよ。」
急に話を振られて健斗は驚いた。確かに晶のことで一悶着があった。そんな感じはしていたんだが案の定という感じだったし、晶のことだけが問題だったなら健斗がここに残された理由がわからない。
「・・・どういうことですか。」
健斗は竹中先生の顔を訝しがるように見た。
「そんなに警戒しないでくれよ。佐藤先生。彼の見立てを言ってくれないかな。」
竹中先生は佐藤先生に健斗の入部試験の結果を聞こうとした。
「え・・・今ですか?」
「そう。今です。ダメですか?」
佐藤先生の驚きの表情を浮かべ竹中先生を見たが、当の本人は涼しい顔をしている。
「ダメということでは・・・では、えーっと。山田健斗の能力は野球では少し厳しいと思います。足はそれなりに早いですが、遠投は40メートル。これでは外野はもちろん、内野でも少し厳しいところです。打撃に関してもなかなかに厳しいと言わざるを得ないというのが今回の結果ですが・・・」
それを聞きながら健斗の表情はどんどん曇っていく。わかってはいたことだが、高校球児のレベルには届いていないということなのだ。
「うん、そうかもしれないね。で、山本くん。君は今の言葉を聞いてどう思う?」
竹中先生は先ほどまでとうって変わって真剣な表情で健斗を見ている。
「厳しいのは・・・わかっていました。でも・・・」
「野球が好きなんだろ?」
「はい。」
「なぁ、山本君、ソフトボールをやって見ないか?」
「え?」
竹中先生は健斗の予想をしなかったことを言ってきた。
「ソフトボールのことは知ってるかな?」
「それはもちろん、ある程度は。」
健斗はそう答える。もちろんソフトボールのことはある程度知っている。中学時代は晶がやっていたし、試合も見に行ったことがあったから。けれど細かいことはあまり知らない。
「ソフトボールと野球は兄弟みたいなもんだ。私が見たところ、君には野球よりもソフトボールへの適性があるように思うんだ。どう思います?佐藤先生。」
竹中先生は一人頷きながら健斗と佐藤先生に言った。
「さぁ、私にはわかりません。でも、竹中先生がおっしゃるんでしたらそうなのかもしれませんね。」
「まぁ、決めるのは山本くんだ。私たちにはアドバイスをすることしかできないし、強制することもできないからね。」
健斗だってソフトボールの凄さ、かっこよさはよく知っている。女子ソフトボール日本代表が世界一になったことがあるのだって知っている。でも・・・
「山本。お前が決めたらいい。はっきりしているのはお前がやりたいことをやればいい。それだけだ。」
佐藤先生は急に指導者のようなことを言い出した。いや、指導者だったか。
「はぁ・・・」
健斗はショックだった。はっきりと野球に向いていないと言われたことではなく、言われたことに対してショックを受けなかった自分に対してだった。そして、その場からゆっくりと歩いて立ち去る。
「明日はソフトボール部の練習があるから、よかったら見に来ないか?」
後ろから声をかけてくる竹中先生の言葉は聞こえていたが、答える気にはならなかった。
誤解がないように言っておきますけれど、ソフトボールが野球の下位互換のように思わないでくださいね?
2つは似たようなスポーツではありますけれども、全くの別物ですから。