7:脱出
「え?」
私は思わずそう返してしまった。異世界だということを強烈に認識させられた後、これ以上にインパクトがある言葉があるだろうか。
「やっぱ、日本人か。その恰好だと漂流した直後だな?
生きてて何よりだ。」
そういうとレザーに身を包んだその男は、私を担ぎ起こし座らせてくれた。
倦怠感がひどく、自分じゃ起き上がれそうになかったので、非常にありがたかった。
が・・・そんな動けない私を後目に、男は私のカバンを漁り始めた。
「な、なにをしているんですか?」
「いや、何か目ぼしい物もってねーかなーと。
というか、それより前に言うことがあんだろ?」
男はそういうと、私のカバンの中から最後の黄色い果実を取り出した。
「おっ、シンカじゃねーか。珍しいものもってんな」
というと嬉しそうに口にほおばり、カバンを漁るのをやめた。
ああ、最後の1個だったのに、と悲しかったがまあ、仕方がない。
「すみません、助けていただきありがとうございます」
「おう、”これ” は助けたお礼と “その後”の手間賃っつーことで」
“これ” とは、今しがた勝手にカバンから取って食べた黄色い果実のことだろう。
「俺はタダ働きはしねーっつーポリシーなんでな」と言っているようだが、口に物が入っているので もごもご としか聞こえない。
「それ、シンカっていうんですね」
「おう、ドリフターズフォレストでも奥の方にしか生えない、珍しい木の果実だ
めちゃくちゃうまかっただろ。これよりうまい果物は日本にもなかったからな」
男はあっという間に最後のシンカの実を食べ干してしまった。
「あー…うまかった。さて、じゃあまずは火を消そうか」
男はそういうと、ベルトから革袋をはずし、火に水をかけて消火した。
「ここらはホブゴブリンっつー厄介な小人の縄張りだ。
火なんて焚いてたら一晩中襲われるぜ」
今度は革袋がついていたベルトの逆サイドにある大きめの革袋から、親指大ほどの大きさの宝石を取り出した。
先ほどの小さな革袋が水筒で、こちらは道具入れのようだ。
取り出した宝石をぎゅっと握り込み数秒たっただろうか、その手を開くと、その宝石は青く強く光っていた。
不思議な現象なのだが、あまりにも自然にその行為が行われたため、あっけにとられてしまっていた。
「冷光って知ってんだろ?ホブたちは火の明かりじゃなく熱に誘われんだ。
サーモみたいな器官をもっているみたいでな。だから熱を出さない明かりを使うんだ」
男の手の中で光る宝石は、確かに熱さはなさそうであった。
その宝石を適当に地面に放ると、男は私の隣にドカッと座り込んだ。
「いろいろありがとうございます」
「同郷者だし、手間賃ももらったからな」
そういうと男はニカッと笑って見せた。
改めて男の顔を見ると、どうやら同じくらいの年齢のようだ。
少し小じわが目立ち、ミドルらしい顔立ちをしているが、少し影も差している。
「手間賃って、あの黄色い果実。そんなに珍しいんですか?」
「おう、俺の住んでる町なら10日分くらいの食費になる。寿司みてーなもんだ」
10日分の食費・・・元の世界になぞれば確かに “寿司” とか “焼肉” に相当するか。
そんなにするなら、もう少し食べる量をセーブするべきだったか。
「寿司って・・・そういえばさっき日本人か?って聞きましたよね。
あなたも日本人ですか?」
「おう、須藤 信二 バリバリの日本人だ・・・と言いたいが、もうこっちの住人だ」
信二は少し苦笑いをしながらそう答えた。
「どういうことです?」
「まあ、いろいろ聞きたいことはあるだろうがな。
それは後でゆっくり答えてやる。まずは森を出てからだ」
信二はそういうと、ベルトについているホルスターから銃のようなものを取り出した。
加えて、大きな革袋から冷光を出している宝石と同じものを取り出し、また握り込んだ。
しかし、その手を開くも今度は発光せず、その宝石を銃の撃鉄部分に取り付けた。
「その石と銃?はなんですか?」
「これはー・・あーまぁあとだ、あと。まずは森を出てからだって言っただろ」
そういうと信二は立ち上がった。
「動けるか?」
「すみません、身体に力が入らなくて」
未だに鎌を振った倦怠感が回復しない私は、身じろぎすらできなかった。
その様子を信二はあきれたように見ていた。
「なんだ、腰でも抜けたのか?」
「いえ、なぜか急に体に力が入らなくなってしまって・・・」
そういいながら私は鎌に視線をやった。
「ん?アイアンマンティスの鎌か?しかも未加工じゃねーか」
「それを振り回したら、やけに疲れてしまって・・・」
信二は私の言葉を聞くと鎌を拾い上げ、革袋から包帯のような布を取り出し巻き始めた。
そして巻はじめとおわりの先端を少したるませ、背負えるようにすると、自分の身体に括りつけた。
「シンカを持っていたんだ、アイアンマンティスと遭遇してもおかしくはねーが・・・
お前、ほんと良く生きてたな」
「運が良かったって、今なら思えますよ」
本当に、ただ運がよかったのだろう。
最初に遭遇した「かまきり」もといアイアンマンティスも、先ほど遭遇した「小さい人」もといホブゴブリンも、正直死んでておかしくなかった。
実際、ホブゴブリンの攻撃を1発腹に・・・あ。
「これを腹に括りつけているのも、疲れの原因ですかね?」
アイアンマンティスの外殻をずっと腹に仕込んでいたことを忘れていた。
「あの音はこれが原因か」
「音ですか?」
「お前、そこホブゴブリンに殴られただろ。すげー音が響いてたぞ」
あれだけの衝撃を受けたのに、アイアンマンティスの外殻にはへこみ一つなかった。
これを仕込んでいなければ、間違いなく死んでいただろう。
「むしろ、そいつがホブゴブリンの攻撃を吸収したのが疲れの原因だな。外してみろよ」
「ええ・・・」
アイアンマンティスの外殻を腹から外すと、倦怠感は若干残るものの身体が軽くなり、立ち上がることができた。
「消耗したり、ダメージを負った装備をつけてるとな、それだけで体力を吸われるんだ。
まぁ、森から出たら詳しく教えてやる。歩けるか?」
「ええ、ゆっくりなら」
私がそう答えると、信二は革袋から別の布包帯を取り出し、アイアンマンティスの外殻を背負えるように括ってくれた。
「よし、じゃあはぐれないようについてきな」
そういうと信二は、先ほど地面に放っていた青く輝く石を拾い、手に持ちながら先導してくれたが、その歩く速度は決してゆっくりではなかった。