眠り姫
学校から帰ってきてもヘカテリーヌはまだ目を覚まさない。
もうずっとこのままなのではないかとそろそろ不安になってくる。
「きゃっ」
ん?
思考を切り上げ前方を見ると音子が四つん這いに倒れこんでいる。
服がめくれて下着が丸見えだった。
「お前…わざと見せてるのか?」
「そんなわけないだろっ、変態!死ね!」
「死ねとか簡単に言ってんじゃねぇよ!」
「っ………ゴメンナサイ」
しまった、つい感情的になってしまった。けどちゃんと謝ってくれたな。
「ほれ」
俺は助け起こそうと手を伸ばす。
しかし彼女は一人で立ち上がり部屋に戻ってしまった。
嫌われてしまったか、いや、最初からあんなんだった気もする。
きっと距離感がわからないんだろう。そこはお互い様だ。
俺は干渉しないようにするが彼女は拒絶する、別にどっちが正しいもない。
そういえば彼女の事をジジイに問い詰めるのだった。
俺は古めかしい廊下を渡り目当てのドアを開けた。
「どうした?曜」
「いや、普通だなって…」
ジジイの部屋を訪れるといつも人には見せられない事をしているのだが今日は座椅子に腰かけて茶をすすっていた。
「あの音子って奴のことなんだけど」
「あの子はわしのガールフレンドじゃよ」
「嘘つけぇ!」
その辺にあったフィギュアを叩きつけた。
「ああ!?ジュクシィちゃぁん!?!」
「じいさん、これは真面目な話なんだ。警察沙汰になったら生活が壊れるかもしれない」
「そんなことにはさせんよ、絶対にな」
壊れたフィギュアを魔法で直しながらじいさんは断言する。
「信じていいんだな?」
「ああ」
得体の知れないじいさんでキモいところもあるが、何かとお世話になった時もある。
今は任せてみよう。
「それと……ヘカテリーヌの事なんだけど……」
「それはお主らでなんとかせい」
「………」
確かに、これは俺達の冒険だ。何度も頼っていたら為にならないかもしれない。
「こいつらがどうなってもいいのか?」
「アンコちゃん!シャルルッティちゃん!」
だがそんな綺麗事など俺には関係無い。
「卑怯じゃぞ、この悪魔!魔王!」
「なんとでも言うがいい、さあ、ヘカテリーヌを目覚めさせる方法を言え」
「……あの暴力女め…面倒な試練をこさえおって……、しかし、わしにも手立てがないんじゃよ……」
「マジか……」
俺は肌色の多い人形をケースの中に戻す。
当てが外れて肩を落としながら退出した。
「ん?」
廊下に出ると音子の姿が見えた。
「何やってんだあいつ」
里美の部屋をドアの隙間から覗いているようだ。
そして素早く中に入った。
「何する気だ」
俺は隠密スキルを使って後をおう。
続いて部屋に入るがそこに姿はなかった。ヘカテリーヌが布団で寝ているだけだ。
その横には異世界への扉が開いている。
まさか扉を潜ったのか!?
俺は急いで後を追った。
いつものように衣服を蹴散らしながら向こうへ行くがやはり姿はない。
さすがにこの短時間で着替えを終えて外に出たとは考えにくい、裸のままということもないだろう。
俺は元の世界に戻って一息ついた。
足元ではヘカテリーヌが寝息をたてている。
だが実際には魂が理想郷にとらわれている。
このまま目覚めなければいずれ体は衰弱して死んでしまうだろう。
どうして彼女は目覚めないんだろう。
仮初めの幸福がそんなに心地いいんだろうか。
わからない、俺は彼女にどうしてほしいんだ。
俺は、失望しているのか?なぜ?
それは。
「勝手な話ね」
「」
言葉がでなかった。先に言われてしまったから。
「お前……」
今までどこにいたのか、目の前に音子が立っていた。
しかしすぐに立ち去ってしまった。
俺は再びヘカテリーヌを見る。
俺は知らず知らず彼女に期待していたのかもしれない。
彼女が眩しくてちゃんと見えていなかったのかもしれない。
理想を押し付けていたのかもしれない。仮初めの幸福にとらわれていたのは俺も同じだ。
常に気をつけていなければそれは絶えず誘惑してくる。
彼女はいつのまにか勇者になっていた。
俺もそれに引きずられていた。
恐ろしい話だが、それも彼女が望んだ事だ。
だからこの気持ちは知られないようにしなければ。
俺は彼女を助けたい、皆が勇者だと期待を寄せる中、そんなものは関係なく。
だって俺は彼女のパーティーなのだから。
とりあえず目覚めさせる方法を探さなければ。というわけで異世界へと向かった。
「知ってそうな奴は……」
俺は移動魔法で空をゆく。
その場所は遥か上空、果てなき空から俺達を見下ろす空中国家。魔法の国ディミストリ。
神秘を名にしながら科学に精通しているややこしい国だ。ここならおおよその知識は手にはいるだろう。
浮遊する巨大な岩盤の中央に一際高くそびえ立つ赤い塔の扉を叩く。
しかし反応はなかった。
「?」
防犯カメラにアピールしてみるがやはり扉はがんとして開かない。
いきなり来たのが不味かったのだろうか。しかしあまりおおやけにもしたくない。
「ん?」
何かないかと辺りを見回すとそこに見知った人物がいた。
「何やってんだあいつ、おー」
「おう、カタクラの坊主じゃねーか」
!
声をかけようとしたら逆に声をかけられた。
見るとボダッルフォさんだった。
「」
「…大丈夫か?」
「……はい」
おじさんを見るとどうしても武器にされていた頃とダブって見える。
だがこらえる。突然えづき出したら奇妙だし失礼だろう。
「……坊主、俺はな、またあの魔物と対峙しても同じように殴り合うつもりだぜ」
「え」
「当たり前だろ?こんな世の中だ、今生きてるだけで儲けもんよ。だから、もしまたとんかちにされちまったら、容赦なく俺ごとぶっ飛ばしてくれよな」
屈託のない笑顔で己の介錯を願い出るおじさんに俺は意識の違いを痛感させられる。
「坊主は……なんつうか、甘めぇな。まるで別の世界からきたみてぇだ」
「!」
「なぁんてな!そんな訳ねぇか、だっはっはっは!」
気持ち良さそうに笑う人だ。風情も感傷も吹き飛ばしてしまいそうな。
「けど、死んだら悲しいです」
「だから戦うんだろ?」
白い歯を見せてニカっと笑う。俺もつられてほくそ笑んだ。
「それに、俺は親兄弟もいないからな、天涯孤独ってやつさ」
ボダッルフォさんはここ、魔法の国出身だ。だが魔法使いとしての適性が低く産まれてすぐ地上に捨てられてしまった。
「でも探せば見つかるんじゃないですか?」
ディミストリが魔王軍に攻撃を受けて壊滅に追い込まれた為、今は地上と協調する姿勢を見せているらしい。怪我の巧妙というやつか。
「お互い生きてりゃそれで充分さ」
やはり自分を捨てた親と体面するのはばつが悪いのか。
「今までは文字通り雲の上の存在だった。なんせ魔法の国なんてお伽噺の中にしかなかったからな。けど今はこうして立ち寄ることもできる。俺のルーツがここにあるって感じられるんだ」
「……そうですか」
本人がそういうのだから俺が口を出すこともないだろう。
「俺の話は終わりだ、今度は坊主の番だぜ」
「俺は、この中に入りたいんですけど開かなくて」
「ならぶっ壊せばいいじゃないか?」
「それじゃ、魔物と同じですよ…」
「確かにな、そういやここに何のようなんだ?」
「天辺にいる人に用があって」
「うし、じゃあ外から行くか」
「へ?」
するとおじさんは俺を担ぎ上げる。
そのまま渾身の垂直跳びを放った。
「む、ちゃ、く、ちゃぁだああああああぁぁぁぁぁ!」
「喋ると舌噛むぜ」
科学の発展した魔法の国もあれだがこの人は逆に原始的過ぎる。適性が低いというのも納得できてしまう。
「よっと」
突き出た部分にぶら下がりそのまますいすい登っていく。
あっという間に最上階までたどり着いてしまった。
「んー、しかし入れそうなところがねぇな」
そりゃそうだ。
「ちょっと……待ってください」
『フレイラ』
俺はぐったりしながら火炎魔法を放つ。そして懐から金槌を取り出した。
それで壁を叩くと瞬く間に穴が出現した。
「はっは、結局壊しちまったな」
「早く入りましょう」
穴から侵入するとやたら広大な何やら偉そうな空間が俺達を出迎えた。
「なんじゃお主ら」
その中央にこれまた偉そうな服を着たお爺ちゃんが立っていた。
名をイルディーノ、AIに人格を移し死を超越した時代の証人であり、研究に心血を注ぐ引きこもりだ。
「じいちゃん、なんで入れてくれないんだよ」
「はて?地上とやり取りするようになって何かと忙しくてな。……そっちのは、堕落者か」
ダラクモノ、ボダッルフォさんを無感情に見つめながらそう呼称した。地上に捨てられた人のことだろう。
「おう、久方ぶりの帰郷って訳だ」
「裏のない素直な声じゃ、わしを恨んでおらんのか?」
「こんな狭いトコじゃ窮屈で死んじまうからな、むしろ落としてくれて感謝してるぜ」
「フム、わしにはない思考パターンじゃ、たまには外に出るのも悪くはないかもしれんの…」
話が落ち着いたところで用件に入る。
「じいちゃん、実はヘカテリーヌが眠ったまま起きないんだ」
「例の遺跡の試練か……残念ながらわしにはどうすることもできん」
「マジか…」
突きつけられたNOにめまいがする。
ここで駄目ならあと何を頼ればいいのか。
「わしがあそこに行くと問答無用で殺されるからなぁ、まともに研究もできん」
「?どういう事だよ」
試練は理想郷に閉じ込められるというものですぐに死んだりはしないはずだ。
「あれは知り合いが作った物でな、美しい女性じゃった。強さと優しさを兼ね備えたまさに憧れの人じゃった」
「いや、ジジイの恋バナとかいいから」
「わしは管理を任される代わりに絶対行くなと言われておったんじゃ、けどそう言われると行きたくなるじゃん?まさか死ぬとは思わないじゃん?」
じゃん?じゃねーよ。
「それがオリジナルの最期じゃった……」
ばかだろもう。行く方も殺す方も。
「真理を追求する者の理想とはすなわちそれを得ることに他ならない、じゃがその後は生きる意思すら失ってしまうのじゃ」
だから戻ってこれないというわけか。
「時に、夢とは何かお主知っておるか?」
「夢?寝るときに見るあの…?」
「いいや、覚醒時にもこことは別の世界を思い描くじゃろ、睡眠中もそれを無意識に行っているにすぎん、ようは、そんなものは自分の中にしか存在しない。他人が干渉するのはまず不可能という事じゃ」
やたら長い話を聞いて結局は無理ってことかよ。やるせない気持ちになりながら俺はその部屋を後にしようとする。
「役にたてなくて申し訳ない」
「いや、しょうがねぇよ」
「これといってはなんじゃが、エルフと協同で聖気の研究を進めておる、特訓できる施設も開発中じゃからまた寄って欲しいのじゃ」
「ああ、ヘカテが起きたらな」
こうして俺は中枢塔からでて来た時と同じようにボダッルフォさんに担がれて地面を目指す。
心なしか風が強くなった気がした。




