衝突
『天鳴斬』
「はぁ!!」
稲妻を纏いし聖剣を巨大な鶏の姿をした魔物に叩きつける。
羽毛から肉を切り裂き反対側へ、上体を真っ二つにされると甲高い悲鳴とともに塵へと消えていった。
「お見事です我が勇者!」
「嬢ちゃん、聖剣祭ん時よりだいぶ強くなったんじゃねぇか?」
「当たり前よ、私だって鍛えてるんだから!」
ぐわわああぁぁ!!
そこへ飛びかかってくる二体目の敵、しかしボダッルフォがデコピン一発で吹き飛ばした。
「あんた……嫌味…?」
「はっはっはっ、鍛えてんのは嬢ちゃんだけじゃねぇって事さ!」
その後も向かってくるモンスターをバッサバサと倒していく。
「しかし思ったより人がいませんね」
その最中に崩れた瓦礫などを撤去しているが特に成果はなかった。
「どこかに避難してるのかも」
「今は敵を排除するのが先決ですね」
ドゴガァーーンン………。
「「「「!!」」」」
突然の轟音に固まる四人。
「向こうか」
「行くわよ!」
そしてすぐに現場へと急行する。
「!?」
そこにいたのは山のように巨大な何か。
薄茶の表面がうねうねと波打っている。
「「うをぉおおぉーーーーん」」
そしてそれは唐突に鳴いた。
ヘカテリーヌにはそれがどこか悲しそうに見えた。
「こいつ……魔物なのか?」
「まあ、普通の生き物には見えませんからね…」
「危ないっ!!」
ハルシャークの声に全員が神経を研ぎ澄ませる。
直後、突風が吹き抜けた。
「ボダッルフォ!」
狙われたのは筋骨の魔法使い、瓦礫をぶち抜いて周囲に土煙が上がる。
その隙間から組み合う二人の男が見えた。
「俺をご指名とは……お目がたけぇなぁ、おい!」
魔法使いが狂喜に笑うと体に刻まれた魔文が紅く輝き出す。
それを見て相手の男も真っ白な歯を剥き出しにして笑い返した。
二人が放つパワーに地面が耐えきれず陥没を始める。
するといきなり飛びかかってきた男が今度は大きく飛び上がって身を引いた。
ハルシャークの槍が背後から迫っていたからだ。
「むー、良いところだったのに、お兄さん空気読めない感じ?」
「私が読むのは聖書だけなので」
「意味わかんない……」
ヘカテリーヌも同感だったが今はそれよりも重要な事があった。
それはいきなり現れた男が喋っているという事だ。
「魔王軍……幹部」
「うん、無量邪鬼のマオ、よろしくね」
立派な肉体とは裏腹にあどけない態度を見せる魔物。その違和感がいっそう忌避感を焚き付ける。
「お姉さんは…噂の勇者様?なんか思ったより弱そうだなぁ」
「ふざけないで!私は聖剣に選ばれた正当な勇者の後継なんだから!」
ヘカテリーヌが剣をかざすと陽光を反射して綺羅と輝く。
「ふーんだ、たいした剣じゃないよ、僕が作ったのの方が強そうだ」
すると魔物は指笛をならした。
「「うをぉおおぉーーーーん!」」
それに反応するように瓦礫に挟まれていた巨大な何かが動き出した。
「僕の作った玩具、お姉さんはそれで遊んでなよ」
「なんなのよいったい!」
瓦礫を吹き飛ばして腕のような部位で薙ぎはらってくる。それをなんとか跳んでかわした。
「で、俺の相手はおめぇさんがしてくれるのかい?」
「うん、すぐ壊れたら嫌だからねぇ!」
「加勢します」
直後、三人の姿が消える。
ただただ破壊力のぶつかる音だけが鳴り続けた。
「こいつ、以外と素早い…」
ヘカテリーヌは巨人が振り回す腕を紙一重でかわし続けていた。
「勇者よお任せあれ!」
背後にたったハルシャークが槍を構える。
『ストームジャベリン』
「はああああぁぁ!!」
嵐を纏う槍の切っ先が巨人を捉える。
ギィーン……。
しかし少し表面を削ったところで甲高い音と共に弾かれてしまった。
「思ったより硬いな」
粘土のように波打つ表面からは想像できない手応えを感じていた。
「「うをぉおおぉーーーーんん!」」
攻撃を受けて大きくいななく巨人。その時腕の鞭が止んでいた。
「今度は私の番よ!」
弾けるように駆け出すとその勢いのまま一回、二回と回転する。
剣に迸る稲妻が花火のように輪を描く。
「くらえ新技ぁぁーーー!!」
唸る気合いの号砲と共に地を駆ける雷土が巨人を捉える、その寸前。
瓦礫に足を引っ掻けてすっ転んだ。
ズザザザザザザァァ。
そのまま体を擦らせて滑っていくヘカテリーヌ。
「ゆ……勇者様?」
「プッ…あっははははははは、面白い!面白いよ、お姉さん!!」
「笑うなぁーー!!」
羞恥心を怒りに変えてヘカテリーヌは立ち上がる。
「こうなったらあんたを倒す、そうすればこいつも止まるでしょ!」
「止まらないよ、それを作ったのは僕だけど、動かしてるのはデルリンだから」
「デルリン?じゃあそいつの場所を教えなさいよ」
もう半分やけくそだった。
「え……言えるわけないじゃん…」
「言わなきゃ一生遊んであげないわよ」
「ええ!?それはやだなぁ…お姉さん面白いし……ん~、じゃあヒント、僕達はここにあるものを探しに来たよ」
「そう、ありがとう」
「あ、行っちゃった……」
「なあ、そろそろ再開していいか?」
「あ、うん!」
ヘカテリーヌは追いかけてくる巨人の攻撃をかわしながら、とある場所を目指す。
「我が勇者よ、敵がどこにいるのかわかるのですか?」
「わかんない、でも大事な物ならきっと大事な場所に置いてあるでしょ」
彼女の視線は一ヶ所に向けられていた。
魔法空中国家ディミストリ、その中央にそびえ立つ巨大な塔に。
しかし背後から巨人の攻撃が降ってくる。
「あーもう、うざったい!」
悪態をつきながらもヒラリとかわしてみせる。
「お上手です我が勇者!」
「グスダフさんにさんざんしごかれたからね、まずは負けないことが大事だって。目を閉じると聞こえてくるわ、あの鬼みたいな声が……」
「ハアアアアアア!!」
「ほら、こんな感じで……」
ドゴーン。
老騎士の巨大な槍が巨人を吹き飛ばした。
「え、え、グスダフさん!?本物?!」
「これはこれは勇者殿、鬼と聞こえた気がしたのですが、陰口の類いですかな?」
「うぅ、ごめんなさい……」
「はっはっ、老兵にとっては誉め言葉ですじゃ、帰ったらまたみっちり鍛えて差し上げますぞ」
「うげげ…」
「グスダフ殿、なぜここに?」
「カタクラ殿に呼ばれてな、ここは任せて、先を急ぎなさい」
後から複数のアウステラ兵士が鎧の音をならして向かってきている。
「わかった、お願いします」
「「うをぉおおぉーーーーん!」」
ヘカテリーヌは巨人の叫びを背に聞きながら駆け出した。
やがて目的地に到達する。
国の中央でこれ見よがしに屹立している真っ赤な塔。もはや城郭じみたそれは近くで見ると所々傷跡が残っていた。
ここに敵がいるという実感が沸々と込み上げる。
意を決して突入すると中はもっと酷い有り様だった。
穴を飛び越え瓦礫をどかして最上階を目指す。
「……ここ、上に続く階段がないわ」
いくらか登ったところで行き止まりに突き当たった。
「崩れてしまったのでしょうか?」
「……ふんっ」
ヘカテリーヌは開かない扉を無理矢理こじ開けた。
「何これ……」
その先には床がなく、危うく落ちかけてしまう。なんとか踏ん張ったあとそれを見上げた。
そこにあったのは巨大な縦穴。
薄暗く先は見通せない。
その中央にポツンと、一本のロープが垂らされていた。
「もしかして……これを登れってこと?」
「随分と前時代的なシステムですね、これだから魔法使いはカビ臭いと言われるのです」
「それでも行くしかないわ」
ヘカテリーヌたちはロープにしがみつくと上へ上へとよじ登っていった。
やがて天辺にたどり着くと横の穴に飛び移る。
「うぅ…」
「大丈夫!」
そこで倒れている男を見つけた。
「大御師様を……助け…」
そう呟いた後、糸の切れたマリオネットのように動かなくなった。
ハルシャークは彼の首に手を当てると静かに首を横に振った。
「そんな……」
もっと早く来ていればと後悔が押し寄せる。
「勇者よ、ここは戦場です。そこに立ち入るなら貴女はこれからも数多の死を目にするでしょう。一つずつ数えていたらその歩みはとても重く、先で助けを待つ命に届かないかもしれない」
「わかってるわよ!」
ヘカテリーヌは立ち上がる。
「でも嫌よ、溢れた命を見ないふりして助けた数だけ数えるなんて、全部飲みほして先に進む」
「ええ、その為に私がいるのです」
ハルシャークはにっこり笑うと目を閉じ、去り逝く命に祈りを捧げた。
「これで彼は天に祝福されるでしょう」
「うん、ありがとう、行こ」
再び彼女らは走り出した。




