土中の行方
暗い細穴を手探りで進む。怖いことは考えない。今は只ひたすらに進むだけだ。
「大丈夫かー二人とも」
「うん」
「なんとか…」
一番前の俺が躊躇すると後がつかえてしまう。手を突き刺してきそうな石を横にどけながらせっせと進む。
「はあ、はあ…」
どのくらい進んだだろう。手袋が真っ黒になる頃ようやく目前に光点が現れた。
「灯りが見えたぞ、もうすぐだ!」
「うー」
ヘカテリーヌの声がしなかった。
「ヘカテリーヌ!大丈夫か?!」
やはり返事がない。まさか…。
「大丈夫、ついてきてるよ」
里美が代わりに返事をした。
だいぶ疲弊しているようだ。
「あと少しだ、頑張れ!」
「お~」
ようやく声が帰ってきた。俺は再び正面に向き直って、歩みを進める。
徐々に光点は大きくなり俺の足も速くなる。
そして穴とほぼ同じ大きさになったとき俺は思わず手をのばした。
「うわぁ!」
そのまま一段下に叩きつけられた。
「いてぇ…」
穴が中段に空いているのを忘れていた。
したたかに打ち付けた頬を優しくさする。
「きゃっ!」
「…あ」
暫くすると上から悲鳴が降ってくる。
ついてきた女子二人も続けて覆い被さってきた。
柔らかいものが手のひらに当たる。
「いってぇ…」
「もう抵抗する力もない…」
俺は二つの女体に押し潰されながら辺りを見渡す。
「これは…」
辿り着いた場所は外、ではなかった。
今までよりも一際大きい空間。
岩肌に囲まれた行き止まり。
俺達の賭けは失敗に終わったのだ。
「マジかよ…」
俺は立ち上がって、この四方を囲まれた空間に一つだけ空いた大きな大きな穴。
届くはずのない大空に浮かぶ雲を見上げながら無力感に拳を握りしめた。
その時だった。
青い大空の一部が黒く、くすんだ。
「なんだ?」
黒点は徐々に大きくなってその正体を露にした。
違う、あれはくすみなんかじゃ…。
「伏せろ!」
突如降ってきたその怪物は大きな地響きをたたて降り立つと俺達に話しかけてきた。
「よく来たな人間ども」
内臓を震わせるような低い声が耳をうつ。
「お前は…」
「俺様は次代の魔王になる物、ドンラモーグ様だ!」
「っ…」
叫声が空気を震わせ突風となって襲いかかってくる。
「そんな…しゃべるモンスターなんて…」
後ろでヘカテリーヌがそんな事を呟いた。
「珍しいだろう、見たことないだろう?それこそ俺様が魔王である何よりの証だ!」
しゃべるモンスターなんていくらでも見てきたがこの世界ではそういうことらしい。
「フッフッフ、貴様らの絶望が手に取るようにわかるぞ。それらを糧として俺様はもーと強くなるのだ!」
「絶望を…?」
「我々にとって絶望は何よりのエネルギー、それを喰らい我ら魔族は成長する」
「だから人間を捕らえて監禁してやがったのか」
「その通りだ、おっと、わざわざここまで穴を繋げてやったのも俺様だぞ。どうだ、絶望しただろう?」
回りくどいことを…。
「俺達をどうするつもりだ」
「決まってんだろ!さんざんに痛めつけた後、血管の一本まで食い尽くしてやる!」
でかい土竜のようにでっぷりと太ったモンスターは口から黄色い液体を吐き出した。
「よけろ!」
地面を蹴ってなんとか回避を図る。しかし疲労のたまった足はいうことをきかない。
「グアアアア!!!?」
液体が体にかかり燃えるような痛みに襲われる。
「曜ちゃん!」
「だい…じょうグッ」
なんだ?体に力が入らない。立ち上がることができず床に叩きつけられてしまう。
「俺様が痛め付ける前に既に限界だったようだな、ガワッハッハッハ!」
「あんたはそこで寝てなさい」
霞む視界の中で金色の髪が揺れている。
「はあああああ!」
「フンッ」
突然地面が揺れ始めた。
「何!?」
「次期魔王たる俺様にはこんなこともできるのだ!」
この揺れでは動くのもままならないだろう。それでもヘカテリーヌはなんとか抗っているようでその後も金属音が響いてくる。
しかし程なくして絞り出すような悲鳴が響いた。
「アアアアアァァ!!」
「ヘカテ…」
彼女がここにいるのは俺の為だ。
本来なんの関係もないのに里美を探す為についてきてくれた。
「く~、こんな奴万全なら~」
「もう、いい…。逃げろ」
「はあ!?」
なら、こんなところにいつまでもとどまらせるのはおかしいだろう。
「曜ちゃん!」
ふらつく足に拳骨をおろしなんとか立ち上がる。
「里美を連れて、逃げてくれ」
「今さら何言ってんのよ!」
「俺が時間を稼ぐ…」
「曜ちゃん…」
「ガワッハッハッハ、貴様が俺様の相手をするだと?笑わせるな!」
「やってみなきゃわかんねぇだろ」
俺は腰の剣を抜く。
「ちょっと、私はまだ良いなんて…」
「頼む」
「っ」
横にきたヘカテリーヌと目が合う。
その瞳は透き通る様でまっすぐな彼女の心の内を映し出してくれる。
今は逡巡するように揺れていた。
「ヘカテ…!」
「っ~、わかったわよ!」
ヘカテリーヌは重い足を引きずるように引き返してくれる。
「曜ちゃん…」
「大丈夫だ、だから今は…」
安心させようと手を伸ばす。思えばその温もりを探してここまでやって来た。
ようやく見つけて抱き締めてそれで充分だと思った。
彼女が生きて笑えるならそれで良い。
その顔は泥で汚れて今にも泣きそうに歪んでいるけれど俺にとっては何よりも輝く太陽のようだ。
「行ってくれ、必ず生きて追いつく」
俺達には親がいない。だからここで俺が死ねば里美はひとりぼっちになってしまう。もう心から笑うことはなくなってしまう。うだつのあがらない俺だけどこれだけの状況なら自惚れても良いんじゃないか。
ほんの少しの間お別れだ。
指先が彼女の頬に触れる、その間際のこと。
辺り一帯に影がおちた。
「いつまで…」
「里美!?!」
「俺を無視する気だアアアアアーーー!!」
鋭く光る爪が降り下ろされる。
力いっぱい里美をおす。その体のあった場所をモンスターの太い腕が通りすぎた。
俺の体からは下半身の感覚が消失した。