呼び出し
グワオオオオオオオオオォォォォ!!
雷轟のような叫びが大地と心を揺らす。
それは熱いビートなどではなく、死の予感、生物的な恐怖の強制。
食物連鎖の頂きに座す王者の眼差しが嘗めるようにこちらをとらえていた。
マグマの海に叩き落としたというのにまだ続けるというのか。
「!」
すると武器を構えて前に歩みでる者がいた。ハルシャークだ。
「私が時間を稼ぎます、逃走の準備を」
「あんたバカなの?!そんなことさせる訳ないでしょ!」
捨て身の進言にヘカテリーヌが食って掛かる。
「貴女はお優しい。命を捧げるには充分です」
とんでもねぇ矛盾だった。
「っ…だからあんたらは嫌いよ!」
「ヘカテリーヌ、こいつの覚悟を無駄にするな、別に死ぬと決まった訳じゃない」
今はそれしか方法がない。
グワオオオオオオオオオォォォォ!!
「「「!?」」」
再び轟声。
だが今度はすぐ近くから響いてきた。
キルシュアが放ったものだった。
激しく吐息を漏らす彼女のひたいから黒々とした角が生えてくる。
片側だけの瞳は血のように紅く染まっていた。
魔族にのみ許された最終兵器。『鬼化』だ。
理性をとばす代わりに強靭な肉体を得る。
「駄目だっ……」
人間でありながら魔族の特徴を有する彼女だからこそそれを使えるが、同時に人の部分を蝕んでいく。
グウウウゥゥ…。
歯を軋ませて唸る彼女の唇が鮮血で濡れる。
グワアアアアアアァァァァ!!
そして爆発するように飛び出した。
走りながら紅い砲口を放つ。
竜の燃えさかる息吹と衝突して爆音をならした。
しかし彼女は我関せず。
そのまま竜に飛びかかった。
深紅の剣を乱暴にふるう。鋼の鱗が飛び散った。
その後も嵐のような攻撃が続いた。
斬る蹴る殴る噛み付く。
どちらのものともわからぬ血飛沫が舞った。
「おかしい…」
さっきから竜はされるがままになっている。
いっこうにキルシュアに反撃しようとしない。
しっぽをたたんでうずくまる姿は怯えているようにすら見えた。
先程までの悠々とした姿は微塵もなく、今は拾ってきた子犬のようだ。
いや、もしや実際にそうなのでは…?
あいつは怯えているんだ、キルシュアに。
もっといえば彼女の魔性に。
さっきと今とで違うことといえばキルシュアが鬼化したことだ、そうとしか思えない。
思い出してみれば、ここ竜の巣にモンスターは殆ど出なかった。
あいつらは生き物の負の感情を糧に増殖する。
生き物の少ないこの火山地帯ではめったに現れないんだ。
空を飛ぶのは地上が怖いから。
頑丈な皮膚は傷付きたくないから。
侵入者を阻むのはモンスターを怖れているからだ。
進化は絶滅から逃れる為の脱出装置。
遺伝子に刻まれた天敵への恐怖が今もあいつを縛っているんだ。
「かわいそう…」
身をすくませて一方的に蹂躙される怪獣を見てヘカテリーヌが呟く。
あいつも命ある生き物なんだ。
だからといって手を取り合える訳でもない。
俺は少しずつ竜にちかづいていくヘカテリーヌの手をとって引き留めた。
驚いて振り向いた彼女と目が合う。
あいつに瀕死の重症を負わされた癖になんとも寂しげな表情だった。
やがて竜は一度は這い上がってきた火口へと追い詰められる。
そして顔面を蹴飛ばされると真っ赤な穴へとおちていく。
ギュアオ、ギャオォ。
悲しげな鳴き声がマグマに飲み込まれていく、キルシュアは無慈悲に追撃の砲口を放った。
それから二度と浮き上がる事はなかった。
やり遂げて満足したのかキルシュアの鬼化が解ける。
「」
フラリと。
力無く倒れていくキルシュア。
その先には竜の沈んだ火口がある。
慌てて手を延ばす。しかし彼我の距離は余りにも遠い。
間に合わない。
ただそれだけが全てを置き去りにした。
そんな現実すら拒絶した時、理想との矛盾にバグが生まれ脳内に火花が散った。
気づけば俺はキルシュアの手を握りしめていた。
「……?」
マグマの熱で顔が焼けそうだ。
慌てて彼女を引っ張りあげる。
「はぁ…大丈夫か?」
「ヨ……ウ…こほっこほ」
咳と一緒に血が飛び出す。
一応回復魔法をかけてみる。
「鬼化は、もう使うな」
「それじゃあ…倒せなかった」
「なら倒せるようになる」
こんな事を続けていたら、いつかこいつは駄目になってしまう。
「大丈夫?」
するとヘカテリーヌ達も駆けつけてきた。
「大…丈夫」
キルシュアは俺の手を離れて立ち上がった。
どうやら本当に問題ないらしい。
「べ、別にあんたのことなんて心配してないんだからね」
なんでツンデレヒロインみたいになってんの、こいつ?
「そうなの…?」シュン
「何落ち込んでんのよ!そんな訳…無くも、無く無く無いんだからね!」
「とりあえず行くぞ」
竜がいなくなって邪魔物は消えた。これで心おきなく勇者の装備を探すことができる。
「でも結構探したけど見あたらないよね」
「実はこころあたりがあるんです」
俺は先頭をきって皆を連れて行く。
やって来たのは黄金が文字通り山と積み上がっているこの世の楽園。
それらは竜の習性によって集められた金銀財宝達。
おそらくは竜が住みかにしている場所だ。
「なっ何よこれ~~!?」
初めて来たヘカテリーヌは大きくたじろいだ。
それをいったん無視して奥へと入っていく。
キュイーキュウー。
するとかわいい声が俺達を出迎えた、
竜の赤ちゃんだ。
「この子、一人ボッチなのかな?」
先輩が切なげに声を漏らす。
さっきの竜がこの子の親だったのだろう。それを奪ったのは紛れもなく俺達だ。
「殺したのは わたし」
キルシュアがそう呟く。
「全員だよ」
少なくとも殺意を向けたのは。
「ここで殺しておきましょうか」
ハルシャークが槍を構えた。
「ダメ!」
ヘカテリーヌがぶん殴って止めた。
「さっきの竜は、たぶん…ああしなきゃいけなかったと……思う」
たどたどしい言い様はうまく飲み込めていない証左だろう。だが一度口にしたものは戻せない、
「きっと戦うしか無かったから…でもこの子は違う」
竜に抉られた右肩をふるわせながら今度こそ断言した。
「大きくなったら人を襲うかもしれないぞ」
「だったら、私が躾る。私がこの子のお母さんになる」
マジかよ…。
そう言うとヘカテリーヌは子竜に近づいていく。そしてゆっくりと手を延ばした。
がぶっ。
「いったぁーー!?」
そして思いっきり噛みつかれた。駄目だこりゃ。
「諦めない……ほら、怖くないよ~」
不気味な笑顔で迫ってくるヘカテリーヌに驚いたのか子竜は小さな羽をパタパタ震わせる。
その後俺の足に頭を擦り付けた。
撫でてやるとかわいい声を漏らした。
「なんで~?」
「そういえば生まれて初めて目にしたのはカタクラでしたからね。親だと勘違いしているのかもしれません」
「じゃあヨウがお父さんで私がお母さんね!」
「自棄になってないか…?」
「ずるい、私もお母さんになる」
複雑な家庭になってしまった。
チョイチョイ。
?
袖を引っ張られる、見るとキルシュアが俺を見上げていた。
「私も お母さん?」
「無理に張り合わなくていいの」
とにかくこの件はいったん置いといて話を進めるとしよう。
「ハルシャーク、この辺を掘ってみてくれ」
「お前の命令はきかん、私は勇者の」
「お願い」
「お任せください」
ハルシャークはせっせこ金塊の山をどかしていく。
「これは……」
小麦色の地表が見える頃、そいつは姿を表した。
勇者の装備を奉った神殿の入り口だ。
「凄い、なんでわかったの?」
「竜は魔物を恐れていたからな、ここなら神殿の結界があるおかげで安心して子育てできると思ったんだ」
それじゃあ早速調査を始めるとしよう。
「……どうした?」
ふと立ち止まったキルシュアに気づいた。
「私は 入れない。結界があるから」
「町には普通に入ってなかったか?」
「ここのは比べ物にならない」
そうなのか。
「私は待ってる」
そう言うと彼女は俺達から背中を向けた。
俺はそれを追いかける。
「悪い、俺も残るわ」
「わかった、行ってくるね」
ヘカテリーヌはあっさり承諾して地下に降りる階段へ向かう。
ハルシャークもそれに続く。
「私も残ろうかな…狭いとこだと魔法撃てないし」
「先輩の知識が役にたつかもしれませんし、俺は気にせずいってください」
「むぅ、曜君のバカ」
そう言って先輩もヘカテ達を追いかけていった。
申し訳ないがどうしても俺はキルシュアと二人きりになりたかったんだ。
ピュイピューイ。
「はいはい、お前もいたな」
子竜の頭を撫でてから、俺は意を決して彼女に問いかける。
「お前の主人と連絡はとれるか?」
人間の味方になりたいと言った漆黒の鎧を纏った魔物。
「呼んだかい?」
「おわっ!?」
突然の声に慌てて尻餅を着いた。
「おやおや、大丈夫かい?」
現れた魔物は俺を起こそうと手を延ばしてくる。
俺は一人で立ち上がった。
「まだ俺は信用されていないようだ。そういえば君はそれの呪いが効かないらしいねとても興味深い」
それとはキルシュアのことか、物みたいに言いやがって。
「それで、俺になんの用だい?」
「お前に魔王軍の事をききたい」
「なるほどねぇ、確かに、よく知っているとも」
得心したように頷くと魔物はぺらぺらと喋り始めた。
「魔王軍幹部は私を含めて八人、いや君達が既に倒しているから今は七人か、誰からにしようかな~」
「一番強いのは誰だ」
「俺だ」
魔物はにべもなく答えた。
「宵闇騎士のドゥガ、以後お見知り置きを」
ドゥガと名乗るそいつは恭しくお辞儀をした。
「その次がゼクゥ君かなぁ?暗殺人鬼っていうくらい隠れるのがうまいんだ、気づいた時には死んじゃうんだよねー。お次はマオ君、無量邪鬼っていうか子供、あと物作りが好きでねー、この鎧も彼が作ってくれたんだよ」
魔王軍にも鍛冶師がいるのか。俺より腕は良さそうだ…。
「次はピャオパルポッペプー君、長いからピャオ君って呼んでるよー。彼は暗黒異物で強いっていうか不死身なんだよね、でも今は封印されてるね。その次はガルティナ君、彼女、まあ魔族に性別はないんだけどさ、エロいんだよね、本人はいやがってるけど、さすが魔性秘書だね。6人目はデルリッド、こいつは卑怯だね」
「お前そいつのこと嫌いだろ、ちゃんと説明しろ」
「えー、…まあいいか、こいつは魔法が得意でねあと卑怯だ。魔老幻帥とか呼ばれてて、とても卑怯なんだ」
向こうからは脳筋とか呼ばれてそうだな。
「最後の一人については……よく知らん」
「どういう事だ」
「3000年前にはいなかった奴だ。わかるのは名がルシフェルトという事くらいだよ。どうだい?役に立てたかな」
「お前の言ってることが事実ならな」
「やれやれ、疑うものを殺していった方が早いかな」
「そしたらお前が敵になるだけだ」
「冗談だよ、ちょっとしたユーモアさ」
命を冗談に使うな。
「用事はそれだけかい?」
「ああ」
「そうか、いつでも頼ってくれたまえよ」
そう言うとドゥガは横を通りすぎると勇者の神殿に向かっていく。
「おい、何を…」
する気なんだ。
だが神殿には強力な結界が張られている。何もできない筈。
そして魔物は手を翳す。
「ギャアアアアアアアアアアアア!!!」
結界に焼かれて悲鳴をあげる。
なんとか手を戻して事なきをえた。
「これは凄いねぇ、けど一方的にやられるのは面白くない」
ボロボロになりながら顎に手をあて批評する。
「そうだ、他の幹部が魔法の国に向かうみたいだよ」
その後どこかに消え去った。
「なんなんだあいつは…」
やはり一緒にいると心臓に悪い。
ピュイピューイ。
ずっと怯えていた子竜の頭を撫でてやる。
その後は遊びながら三人の帰りを待った。




