不沈
風を切り裂いて飛翔する竜とその翼にしがみつく二人の少女。
押し付けられる空気に顔を歪ませながら落ちないように必死に翼を抱き締めていた。
「ちょっとぉ、あんた半魔ならなんとかしなさいよ~!!」
風圧に負けじとヘカテリーヌが叫ぶ。
「なんで 来たの」
本来ならここにいるのは自分だけの筈だとキルシュアは問う。
「はぁ?全然聞こえないんですけどー!!」
「……」
「ちょっとぉ?!」
「…………………なんでここにいるのぉ?!!」
キルシュアは人生初といえる程の大きさで声を張り上げた。
「あんたを助ける為に決まってんでしょぉ!!」
さっき助けを求めてきた筈だが、とキルシュアは心の内で首をかしげたが今は飲み込んで再び腹から声を出す。
「どうしてぇ?!」
「あんたが嫌いだから!」
よくわからない。
今度こそ疑問が頭を占領した。
「呪いのせいであんたが嫌いでしょうがないから!そんなもん無視するって決めたの!!」
そんな事初めて聞いた。知らない暖かさを彼女はもて余した。
その時遥か彼方の地上では片倉 曜達がてんやわんやしていた。
「ああ勇者よ、どうかご無事でぇ!?」
「うるさい。今どうするか考えてるから」
とはいえ考えるだけで何も思いつかない。
大空に連れ去られた(一人は勝手についていった)二人をどうすれば無事に回収できるのか。
もし空中に放り出されたら身動きも取れず玩ばれてしまう。
しかし有効な攻撃手段もない。
竜の気をそらしつつ防御もできる手段なんて……。
「あったわ、勇者の盾」
攻撃を防ぎなおかつ光り物が好きな竜を引き付ける事ができる。
しかしどこを見てもルルの姿がない。
「ルル君ならヘカテちゃんのところだと思うけど……」
そういえばあいつよく服の中に忍び込んでたな。
さすがにここからは声が届かない。
「私に任せろ」
申し出たのはハルシャーク。
「どうする気だ…?」
「佐竹殿、私をあそこまで飛ばしていただけませんか?」
「やめとけ、標的にされるだけだって」
ヘカテリーヌに指示するならよけい近くにいなくてはならない。
「!」
するとハルシャークは俺の鼻先に指を突き立ていい放つ。
「私は尊き教えを耳にした時から主への祈りを欠かした事はない、故に天が私を見放す筈がない」
やたら自信満々に言い切るので唖然としてしまった。
「君は頭に頼り過ぎる。時には無茶もしてみるものだ、我が勇者のようにね」
「曜君、どうするの?」
「…………まあ、良いんじゃないですか」
先輩が呪文を唱えると大地に魔方陣が浮かび上がる。
その中央にハルシャークが立つ。
「勇敢なる我が主よ、貴方の忠実なる信徒が今馳せさああああああああぁぁぁぁぁぁ!!」
そして遥か天空へと舞い上がった。
「ユウシャノたぁてをオオオォォォ」
そのまま竜の横を掠めていく。
「何してんのよあいつぅ!」
「……盾が欲しいってぇ!」
やがて慣性と重力が拮抗し、放物線は頂点を迎える。
狙いすましたようにぎらつく牙を覗かせる竜のあぎとから猛然と火炎が放たれた。
空を焼きながら伸びていく。
そして熱と光の嵐がハルシャークを襲った。
「……なんとか間に合いましたね」
花のように散る火花の中から現れたのは盾を構えた騎士。
それを見て竜がわなないた。
直後巨体を風に乗せ突進した。
「のわっ!?」
盾をくわえこみ激しく首を振る。
「おっおっ逃げっくっだっさい!勇っ者よ!」
「できる訳ないでしょそんなの!」
ヘカテリーヌは停止した竜の肩を踏み台にして飛び上がる。
「やああぁ!」
そして竜の目前に聖剣を差し出した。
直後、眩い閃光が青空を白く染め上げる。
光の奔流が竜の網膜を焼いた。
「太陽が二つあるみたい」
隣で先輩が呟く。
やがて空に青が戻るとハルシャークは盾と一緒に投げ出されていた。
さらに上空にはヘカテリーヌもいる。
グワオオオオオオオオオォォォォ!!
「やばいっ!」
彼女に向かって竜は再び火玉を吐き出す。
空中で身動きのとれないヘカテリーヌは何もできない。
だが火玉がぶつかる寸前、影が彼女を連れ去った。
半魔の少女キルシュアだ。
抱き合った二人はそのまま空中を落ちていく。
その先にはハルシャーク。
「足場!」
「お任せを」
ハルシャークは槍をヘリコプターのように回転させると落下の速度を落とす。
勇者の盾を構えるとそこに二人が着地した。
そして再び大空へ飛び上がる。
「こっちを見ろぉ!」
聖剣をかがげ今一度黄金の輝きを解き放った。
グワオオオオオオオオオォォォォ!!
光に魅せられた竜は加速、二人に突っ込んでいく。
「同時にいくわよ」
「…ん」
竜のあぎとが口を開けた時二人は互いを押し合って別れる。
そのまま口撃をかわし、すれ違い様に剣を交わした。
「やぁああああああ!!」
「――――――――――――ハッ!」
太陽の銀、闇の紅。
二色の軌跡が一点で交わり離れ、竜の片翼を切り飛ばした。
大空の覇者はついに巨体を持ち上げることが叶わず墜落していく。
二人と一緒に重力によって大地に引きずり落とされる。
グワオオオオオオオオオォォォォ。
崩玉の断末魔にも雲は悠々と漂い続けていた。
一足先に落ちてきたヘカテリーヌとキルシュアをハルシャークと佐竹先輩が受け止めた。
ここでようやく俺の出番だ。
俺だって今までただ解説していた訳ではない。
自慢の金槌をふるい続けていたのだ。
ガツン。
「よしっ」
最後の一振りを撃ち抜いてひたいの汗を拭う。
そして足元が輝き始めた。
ここは火山地帯。
地中深くでどろどろに溶かされた鉱物達が一週間前の噴火によって今もそこら中にたれ流されている。
つまり鍛冶師の俺にとってここは素材の宝庫なんだ。
地表にできた黒い筋、冷えて固まった溶岩が鍛冶師のスキルによって隆起していく。
それはまるで天空を横切る遊歩道。
やがて降りてきた空の王を出迎える。
それは地獄の釜へと続くデスロード。
ジェットコースターのように竜はその上を滑っていく。
溶岩の道を遡った先に待つのは当然それらの生まれ故郷。
灼熱を溶かしたようなマグマが蠢く、火の山が口を開けていた。
「間に合え……」
そんな大層なオブジェが俺の手に余る筈もなく、空の道は端から脆く崩れていく。
竜が通りすぎた側から消えていく。
それはおいかけっこのように徐々に彼我の差を詰めていく。
そしてついにすべての足場が消え去り、竜は空中に放り出された。
「届け!」
慣性によって宙を翻る巨大な蜥蜴。
その先には火口が待っている。
これなら届く。
そう確信した時だった。
「!」
竜は腰から生えた長い尾を地面に突き刺して自らを踏みとどまらせたのだ。
失敗……した。
千載一遇のチャンスだった。
落胆と後悔とが重くのし掛かる。
その時だった。
「迸る水天断ち割る嘲りの花 消え逝く霞を集めて落とす雪の園」
冬の風のように澄んだ声が響く。
白い魔方陣が地を染める。
先輩が杖をふるうと氷の結晶が空を覆った。
そして煌めく軌跡を描いていっせいに竜に向かっていく。
駄目だ。あいつに魔法が効かないと言ったのは他ならぬ先輩じゃないか。
そんな不安をぶつけるように先輩を見ると彼女はフッと微笑み返した。
その表情に俺は呆気に取られてしまう。
グゴギャガゴガッッ。
視界の端で氷柱が大地を割るのが見えた。
狙ったのは竜本体ではなく足場だったのだ。
山体は崩壊し、竜は燃え盛るマグマの海に落ちていく。
空の覇者は不格好な翼で羽ばたくがもはやその体躯を飛ばす力はない。
グワオオオオオオオオオオオオオォォォォ!!!
今まででもっとも巨大な雄叫びが世界を揺らすように鳴り響いた。
それは怒りか悲しみか、ついには全てが火中に消えていった。
「やった……の?」
ヘカテリーヌがボソッと呟く。
「たぶんな」
誰に宛てた訳でもないだろうがそれが空に消えていく前に返事をした。
「ん~……………っやったぁーーー!!」
竜より遥かに小さい、わかりやすい喜びの歓声が轟いた。
大きくバンザイをしたヘカテリーヌはそのまま佐竹先輩に抱きつく。
「お疲れさん」
俺はキルシュアに労いの言葉をかける。
「私 役にたてた…?」
「ああ、お前もお疲れ、ハルシャーク」
「この程度、勇者の手足ならば当然だ」
皆で勝利の喜びを分かち合う。
その時だった。
グワオオオオオオオオオォォォォ!!
「「「「「!?」」」」」
再び響いた恐怖の戦慄。
思わず崩れた火口を仰ぎ見た。
身もすくむような獣の眼光がこちらを覗いていた。




