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転戦

「早く行こーよーー!」

今日は金曜日、一週間分の疲れを後一日だと言い聞かせてただただ無感情に学業に勤しむ日だ。

だというのにだいぶ動かせるようになった右腕をブンブン振り回して登校を催促してくるヘカテリーヌ改めヘカテ。

あいつの頭はソーラーパネルでもついとんのか。

「先に行ってても良いぞ…」

「じゃあまた後でねー」

見ているだけで疲れてくる勢いだ。

物珍しさではしゃいでるだけかと思ったがどうもガチで学校生活をエンジョイしているらしい。

何がそんなに楽しいのやら。

「元気そうで良かったね」

「まあなぁ」

週末にはまた身をふるいにかけて戦わねばならないんだ。

こんな事で息抜きになるなら好きにさせてやろう。

学校につくと席について図書室で適当に借りた本を読み耽る。

すると周りの生徒達の声が聞こえてきた。

別に俺が盗み聞きしているんじゃない。あいつらの声がやたらでかいせいなんだ。

「ねーヘカちんってさー、片倉と付き合ってるんでしょー?」

いきなりとんでもねぇ話題が来た。

そういえば体育祭の後の打ち上げでそんな嘘を吹聴したような気がする。

「あー…、うん、そうだねー」

「あんなののどこがいいのー?顔じゃないよねー?」

別にいいけどね。全然気にしてないし。

あれ?視界がぼやけて文字が見えない。

「けど体育祭の時さー、なんか犯人捕まえたらしいじゃん」

ふっ、照れるぜ。

「えー、私はあいつが犯人だったって聞いたよー」

この情報弱者が。恥を知れ恥を。

「んーよくわかんないけど、ヨウは悪いことしないと思う」

…………。

「のろけてますなー」

「もうキスくらいしたー?」

「エッチな事してたりしてー」

何をきいてんだこのビッチどもは。そんな事するわけねーだろ。脳みそゴム人間か。

「着替え中に入ってきて、いろんなとこ触られた事なら……」

「うっそマジ!?」

「片倉ってそういう奴だったんだぁ……」

いや事実だけどさぁ…。

「はーい皆さーん、席についてくださーい」

既に帰りたい気分だった。

「朝のHRは文化祭の実行委員を決めたいとおもいます」

うちの学校は10月中頃に文化祭がある。

まだ4ヶ月程間があるが夏休みの一月ちょいを挟むのでこの時期なんだろう。

「立候補したい人はいますか?」

「はーい」

手をあげたのはクラス一のお調子者、名前は忘れた。

「ヘカテリーヌさんが良いと思います!」

佐藤(仮)の提案にクラスが沸く。

「…さすがに難しいですね、彼女は臨時の生徒ですし」

えー、横暴だー、気合いっすよ、などという不満の声が浴びせられる。

そのどれにも冗談の色が感じられる。ここまでは却下される前提のプロレスのようなやり取りだ。

「私今日でいなくなるしね」

するとよくわかっていないヘカテがマジレスする。

えー、まじー、などという今度こそ本気の嘆きの声がそこいらから聞こえてきた。

「静かにしてください。他に誰かいませんか?」

「はい!」

手をあげたのはヘカテ。

「あの…貴女はさっき無理だと」

「私じゃなくて推薦したい人がいるんです」

「誰でしょう?」

「ヨウです!」

は?

何をいってんだあいつは。

絶対やだぞ俺は。拒否反応で鳥肌が立っている。

クラスのやつらも文化祭というザ・青春イベントを俺なんかに頼るのは嫌だろう。

「ヨウってだれだ?」

「ショウの間違いじゃね?」

「リョウかもしれないぞ」

存在を認知されていなかった。

「片倉君、どうですか?」

先生にはちゃんと覚えられていたみたいで了承の可否を問うてくる。

俺はNOと言えないイエスマンではないのでさっさと断ってしまおう。

ふとヘカテの方を見ると期待の眼差しをガンガンに向けてきていた。

やめろ、そんな目で俺を見るな。

「…なんで俺なのか聞きたいんですけど」

とりあえずNOでもYESでもない事を言ってみた。

「ヘカテリーヌさん、片倉君を推薦する理由はなんですか?」

「ヨウの良いところを皆にも知って欲しいからです」

ぴゅーぴゅー。いいぞー。爆発しろー。結婚しろー。

無責任なオーディエンスの歓声がとぶ。これは墓穴を掘ったかもしれない。

「先生、私も立候補していいですか?」

「!」

そこで突然割り込んでくる者がいた。

里美だった。

「いいですよ、女子は伊達さんに決まりですね。後は男子ですが……」

再び注目が俺に戻ってくる。

なぜ里美は自分から手をあげたんだろう。

少くとも今までそういうものになった事はない筈だ。

だがここに至った以上、俺に選択肢は無かった。

「……わかりました」

再び歓声が沸き上がった。

「イタイイタイイタイイターイ!」

ヘカテの側頭部に固くにぎりしめた拳を押し付ける。さらに回転のおまけ付きで貫通力をあげる。

「むー、暴力反対!」

「魔物は殺す癖に」

「あいつらは話が通じないもんっ」

まあちょっと意地の悪い事をいったかもしれない。

だがそれ以上に悪いのはこいつなのだ。

「なんであんなこと言ったんだ……」

「だから、ヨウの良いところを知ってもらいたいの」

「余計なお世話だ」

だいいち実行委員くらいで何がわかるというのか。

去年のメンバーなんて誰一人覚えていない。

「ぶー」

ヘカテはぶー垂れて頬を膨らませている。子供か。でも可愛い。

ヒョイパクっ。

「あー私の卵焼き!」

「迷惑料だ」

里美が作った甘味のあるそれを口いっぱいで頬張る。

「好きなのにぃ……」

悪いな、俺もだ。

「いいもん、後でなでなでしてもらうから」

「おい、ずるいぞ」

「いーでしょー、一緒にお風呂も入るんだから」

イッショニオフロだと……っっ!!?

なんだその素敵な文章は、ノーベル平和賞だろ。

「ヨウは入っちゃ駄目だからね」

「当たり前だわ……」

たまたま風呂場の前で転んでしまうだけでわざとではないんだ。

自分の卵焼きを口にいれる前にもう一度ため息をつく。

さすがに体育祭の時のようにはならないと思いたい。

でも里美と一緒というのはなんだかんだ嬉しいものだ。

卵焼きを咀嚼しながらさっきの事を思い出す。

里美に立候補の理由を問いただすと、体育祭の時にあまり手伝えなかったかららしい。

それなら先に手をあげることないと思うが。まあ決まったものは仕方がない。

「そういえば放課後皆で遊びに行こうって言われたんだけど」

「行けると思ってるのか?」

学校でバレないように回復魔法を使うのも面倒だというのに。

「だからヨウも行こう?」

「いや…駄目だろ。誘われてないし」

「でもクラス全員誘うって言ってたよ、私の送別会にしてくれるんだって」

なんなのこいつの影響力。クラス全員とかどんな優しい世界だよ。政治家とか向いてるんじゃないか?

「なら里美を連れてけ、俺は用事がある」

「えー、それじゃあ、ヨウが仲間外れになっちゃうよ」

「たかが放課後活動で大袈裟だな…」

どちらにせよ用事があるので俺は行けないんだ。

弁当箱を片付けて教室に戻った。

午後の授業を終えて家に帰ると異世界に向かう。

目的地は小国アセス、今日が竜騎士クルスディーネさんと交わした約束の日だ。

俺達は勇者の装備を探して各地を回っている。

それが竜の巣と呼ばれる火山地帯にあると睨んだ俺達はノコノコと足を踏み入れて返り討ちにされた。

それで竜殺しのスキルを持った騎士に助力を乞おうとしたのだが、彼女は一人で竜を倒したわけではなく、またそのせいで兄の人生を狂わせてしまった事を悔やんでいた。

協力はして欲しいが無理強いはできない。

その答えを聞きに来た。

移動魔法を使って入口付近まで移動する。

門を潜って家を訪ねた。

「あの子なら出かけてるよ」

出迎えてくれたのは竜騎士のお母さんだった。

「そうですか」

約束は今日の筈なんだが、まあ時刻を決めておかなかった俺も悪い。

「その辺にいるだろうから探してきておくれ」

どうやら散歩でもしているらしい。

俺は門を出て村のような国の周りをプラプラと散策する。

グルルルルルルル………。

「………汗」

出会ったのは竜騎士ではなく巨大な猪のようなモンスターだった。

グルルルルル!

「うわああああああぁぁぁ!!?」

急ターンして全力で逃げる。

やべぇ、俺はまともに戦闘スキルを使えない。完全に油断してた。

『フレイラ』

ただひとつの攻撃魔法、炎の旋風を放つが大猪は怯みすらせず突き破ってくる。

「だったら…」

『フレイラ』

再びの火炎魔法、しかし標的はモンスターではなく取り出した金棒だ。

赤熱するそれを金槌で数度叩く。

そして猪に向き直った。

「どえりゃぁっ!」

最後の一撃を加え大きく振りかぶった。

すると金棒は形を変えて長く、長く延び始めた。

やがて大地につきたってもその変調は止むことはなく、持ち主である俺を逆に持ち上げ始めた。

そこに大猪のモンスターが突っ込んでくる。

棒高跳びの要領でそれを飛び越えた俺はそのままモンスターの背中に飛び乗った。

『フレイラ』

そして再びの加熱&打突。今度は金棒をモンスターの肉にえぐり混ませた。

グルワアアアアアアァァァ!!

モンスターにも痛覚があるのか、途端に暴れだす大猪。

なんとかしがみつきながら次の手に備える。

急拵えの剣はその形を保つことができずやがて霧散した。

その場にぽっかりと穴が残る。

そこに手を突っ込んだ。

グルワアアアアアアァァァ!

「そう騒ぐな、特大をくれてやるからよ」

『フレイラ』

焔が肉を血を神経を焼いて迸る。

巨大な火柱が穴から吹き出した。

「ふぅ…」

俺はモンスターの背から降りてその末路を確かめる。

「嘘……だろ…」

グルワアアアアアアアアアァァァァァァ!!!

だが巨大な猪は立ち上がる噴煙を背負ってなおその眼で俺を睨む。

魔物の目に心はなく、他の生物を喰らわんとする本能だけがランランと揺れている。

その純粋な害意に思わず足がすくんだ。

グルルル……。

一歩、また一歩と近づいてくる。

「はぁ…はぁ…」

腹のそこから絶叫して今すぐこの場から逃げ出したかった。

だがそんなことは無意味だとすぐに理性が引き留める。

また逃げ出したいと思い。

また蓋をした。

また逃げ出したいと思い。

またやめた。

ふと、ぐちゃぐちゃになった頭の真ん中に大切な幼馴染みの顔が映った。

それで肩の力がストンと抜けた。

「悪いな……簡単に殺られてはやれねぇんだわ」

腰の剣を抜く。

最近では一番上手くできたと思う。

その出来損ないを構えて大猪に向き直る。

猪は後ろ足で地面を砂を巻き上げると、一声嘶いて猛然と向かってきた。

グラワウワアアアアアアア!!!

「うわああっーー!!!」

直後、巨大な閃光が猪を消し飛ばした。

「え?」

思わず立ち止まってさっきまでそいつがいた虚空を見つめる。

耳をつんざくような雄叫びがとどろいていたのが嘘のように静寂が管をまく。

するとその静けさに紛れて声が聞こえてきた。

「大丈夫ですか?」

はしりよってきたのは今日の目的である竜騎士その人だった。

「怪我はありませんか?」

「え……あ…大丈夫、です」

ようやく助けて貰ったんだと理解した。

その瞬間、安心したのか腰が抜けてしまった。

「おっと…」

竜騎士さんに腕を掴まれて持ち上げて貰う。

「まったく、無茶にも程があります。あのままぶつかっていたら死んでましたよ?」

「はは…面目ない」

まったく言葉もない。今回の事は完全に俺の失態だった。

「すみません、私が外出していたばかりに……」

しかし竜騎士は自らのせいだと謝罪する。

きっとこうやって抱え込んでしまうタイプなんだろう。

人のせいにしてしまえば楽なのに、だからこそ拒んでいるのか。

面倒なくらい真面目な人なんだろうなぁ。

「とりあえず家に戻りましょうか」

「そうですね」

俺はお姫様のようにだっこされてお持ち帰りされた。ものすごい安心感だった。

「それで返事を聞きたいんですけど」

「………」

俺達に協力してくれるのか否か。

たずねると騎士は少し沈黙したあと心中を明かした。

「……私でよければ」

「本当ですか?!」

思わず席をたつ。てっきり断られると思っていた。どこまでも罪を背負ってしまう人だと思ったから。

そんな俺の様子を見て騎士は微笑む。

「実はつい先程までは断るつもりでいました」

さっきまで?いったい何が考えを変えさせたんだろう。

「貴方方と別れたあと私は竜騎士のスキルを試そうとしたんです。ですができませんでした。兄を追い詰めた私があの力を使う姿など想像できなかった…」

「………」

「ですが先程のカタクラ様を見て考えを変えました」

「俺を?」

「貴方は恐怖を抱きながらもそれに挫ける事なく巨大な敵に立ち向かっていった。その姿はまるでかつての兄のようで」

クルスディーネさんはまぶたの裏に昔を映すように目を閉じる。

やがて今に戻ってくると確かな口調で告げた。

「貴方のような人の助けになれるなら、兄に許しを乞うことができます」

許してくれるとは言わない辺りが謙虚だと思う。

「ありがとうございます。それじゃあ、明日の朝に迎えにきますね」

「ええ、楽しみにしています」

こうして俺は部屋を後にした。

「あっおかえりー」

「なんじゃ…これ…」

元の世界に戻ってくるとアパートの食堂がパーティー会場と化していた。

ヘカテに事の次第を問いただす。

「ヨウが用事あって来れないって言ったら、じゃあここでやればその内帰ってくるんじゃないかって事になって」

「おっ片倉が来たぞー、これで2ーF全員集合だな!」

マジで全員来たのかよ、いったいどうなってんだ。

「ねえ、あれ見て」

ヘカテが指差したのは里美と、あれは里美をいじめていた連中じゃないか。

それが今は楽しそうに談笑していた。

「さっきこの前の事をあやまってたわ」

それでか、まあ里美が良いならいいが。

「お兄さんってー、付き合ってる人いますかー?」

「私は勇者様一筋ですから」

「なにそれーおもしろーい」

ハルシャークすらも集団に混じっていた、何やってんだあいつ。

これ全てヘカテリーヌの影響なのか。改めてこいつの凄さを実感した。薄ら寒くすらある。

こいつならほんとに世界を平和にできるんじゃないか、そんな事をしみじみ感じてしまった。

だが俺は乗せられないぞ。

俺は孤独を愛し孤独に愛された男。

天才とは常にうんたらかんたら!

「ヨウも行こ、これが今日の晩御飯だって」

マジかよ、早くしないとなくなっちまうじゃねーか。

俺は生徒がたむろしてるテーブルへと向かった。




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