帰宅
元の世界に戻ってくると畳に叩きつけられた。
いつものように服が散らばっているが今はラキスケしているばあいではない。
ハルシャークは適当に置いておいて、今はヘカテリーヌの治療を優先する。
見ると肩の辺りがぱっくりと割れていた。
致命傷は避けたみたいだが、これだと通常の治療では完全には塞がらないだろう。
ただ俺のレベルだと論外だし、先輩もなぜか回復魔法は苦手らしい。
「じいさん、じいさん!」
急いで住人のじいさんを呼ぶ。
すると里美も一緒に入ってきた。
「酷い……」
「こりゃぁまた随分と無茶をしたのぉ」
「治せるか?」
じいさんは数秒の沈黙の後答えた。
「里美ちゃん、ちと手伝ってくれんか?」
「私…ですか?」
「なぁに、その柔らかいお手々でわしに触ってくれれば元気100倍じゃわい」
このジジイ…。しかし今は一刻を争う事態だ。今回ばかりは許してやろう。
里美がジジイの肩に触れるとその手が輝きだした。
そして輝きはジジイの伸ばした手からヘカテリーヌへと移っていく。
まるで何かの力が伝わっていくように。
するとみるみるうちに傷が塞がれていった。
「治ったのか?!」
「表面を取り繕っただけで中はスカスカじゃよ。3時間おきに回復魔法をかけてやれ、それで元に戻るじゃろう」
「…ありがとな、じいさん」
「老体にはちと厳しいわい、あと5年は同じことを頼まんでくれ」
横になると言ってじいさんは部屋を出ていった。
「ふぅー……」
緊張が解けて崩れるように座り込んだ。
ヘカテリーヌを見るとなんとなく顔色がよくなったように見えた。
す……。
すると隣にいた里美が手を握ってきた。
「曜ちゃん、危ないことしてるの…?」
まあ、この状況ではそう思うのも無理はない、事実今回はたまたま助かっただけだ。
「大丈夫、里美を一人にはしない、絶対にだ」
「…できることがあったら言ってね?……心配だよ」
里美はまだ納得できていないようだった。
「ルゥ……」
すると異次元の扉からふらふらと毛玉が飛び出して来た。
毛玉は頼りなく宙を泳ぐと里美の突出した胸部に着地した。
「ルゥ…」
「…かわいい」
里美はそれを手で抱くといたわるように優しく撫でた。
「どうした毛玉」
「ルゥー、貴様らが消えた後扉をしまって火砕流を飛んでかわしたら、竜に襲われて逃げてきたんだルゥ……」
そう言い残してルルは眠ってしまった。
ということはクローゼットが出しっぱなしということか。
竜が何かするとも思えないが、何もしないという保証もない。
もし裸であいつの前に放り出されたら今度こそさようならだ。
「曜君、私いったん家に帰るね」
「あ、はい」
佐竹先輩を見送って戻ってくるとハルシャークが目覚めていた。
「勇者様ぁー、勇者様はいずこへぇーー!?」
「落ち着けよ…」
「カタクラっ、我が勇者は無事なのかっ?」
「お前のじゃねぇけど、大丈夫だってさ」
「うぅ……、私が不甲斐ないばかりに……」
これは寝てるあいつに近づけない方がいいな。
「お前も怪我してんだから夕食まで大人しくしてろ」
「む……そういえばここはどこだ?見慣れない場所だが…」
今さら気づいたのかよ。
しかし本当の事を言うべきか。
「俺の家だよ、貸し屋?みたいな事をしてる」
「それにしては住人が少ないようだが?」
うるせぇ、ほっとけ。
「ここはお前らのいた所とは別の世界だよ」
今すぐ向こうに送り返す訳にもいかない。どうせそのうちばれるのだから隠す必要もないだろう。
「カタクラよ、その年でまだそんな妄想に囚われているのか?」
信者のお前に言われたくない。
「まぁ、信じないならいいさ」
「む、なめるなよ。信じることこそ人の道だ」
騙されなきゃいいけどな。
「ではこの世界を探索するとしよう」
「やめとけ、ここにはやばい怪物がいてな、気づけば身ぐるみ剥がされて性奴隷にされるんだ」
「なんと、我が貞操は勇者に捧げると決めている。やめておこう」
適当に空き部屋に放り込んでおいた。
その後は夕飯の買い物に行ったりして時間を潰した。
「おお…、なんたる美味。ダテ殿の腕前は確かな物ですね」
「お口にあって良かったです…」
鶏肉の唐揚げを頬張りながら賛辞を送るハルシャーク。勇者教は食肉禁止では無いようだ。
「曜ちゃん、そろそろ」
「ああ」
俺は席を立って里美の部屋へ向かう。
室内はベッドや机などがある普段使いの空間と異世界への扉がある畳敷きの空間の二つに別れている。
ヘカテリーヌは畳の上に布団を敷いて寝かされていた。
眠ったままの彼女に手をかざす。
『ヒラル』
癒しの波動が輝き、小さな瞬きが彼女に触れては消えていった。
特に変化はない。本当に元通りになるのかと焦燥が沸々と込み上げてくる。
だが今はじいさんの言葉を信じるしかない。
晩飯を食べ終えると風呂に入る。
「ふー……」
お湯に包まれると一日の疲れが溶けていくようだった。
ガラララララ。
すると浴室の扉があいてハルシャークが現れた。
「おお、これがオンセン、なんだか暖かいな」
やたら驚いた後湯船に入ろうとする。
「まずは体を洗え」
「ん?そういうものか」
鏡の前に座るとぎこちない様子でシャンプーに手をだす。泡が出てくるとビクッと体を震えさせた。
改めて見るとよく鍛え上げられていると思う。
隆々とした輪郭は俺とは比べ物にならない程逞しく見えた。
やがて全身の泡を流すとようやくといった様子で湯船に入ってきた。
「向こうにこういうのは無いのか?」
「無くはないが、自宅で楽しめる物ではないな」
確かにシャワーは自分で暖めろって感じだったな。
魔法で大抵の事はできてしまう反面、モンスターに囲まれて資源が少ないという環境がそういう文化を形成したのかもしれない。
「これはどういう仕組みなのだ?絶えず火を焚いているのか?燃料はどうする?」
「……俺も詳しいことは知らん」
昔ながらの温浴施設だとそんな感じだろうが、うちはガスで、他所はオール電化のとこもあるしなぁ。
「ふむ、それがこの世界の魔法か…」
まあよく知らん科学技術は魔法と大差ないのかもしれない。って教科書に書いてあった気がする。
「しかしダテ殿は素敵な女性だな、こう甲斐甲斐しく世話をされると故郷の母を思い出すよ」
故郷?
「お前、アウステラ出身じゃなかったのか?」
「ああ、王都は勇者様の聖地だからな」
ハルシャークは遠いどこかを懐かしむような表情を見せた。
「この世界にも我が教えの素晴らしさを伝えねば」
「やめろ」
風呂から上がると里美の部屋へ向かった。
10時になるとヘカテリーヌに回復魔法をかける。
三時間おきにこれをしないといけないので布団を敷いて隣で寝ることにした。
そして時刻は夜中の一時。
まあちょっと夜更かししたくらいの時間ではある。
寝ぼけ眼をこすってあくびを一つ。
『ヒラル』
回復魔法をかけて再び横になる。
目覚ましを4時にセットする。
睡眠時間を除けば健康的なんだが。
「曜ちゃん?」
すると障子の向こうから声がして、ついで里美が顔を覗かせた。
「悪い、起こしちゃったか?」
「ううん…」
里美は声を潜ませて返事をすると部屋に上がってきた。
「私も魔法…覚えられないかな?」
…………。
異世界の事情に関わってほしくない。始めにそう思った。
返事を渋る俺に里美は続けて口を開く。
「あんまり無理してると、心配だよ…」
無理をしているとは思わない。
満足に戦えない俺は他の事で役にたたなければ。
しかしあまり突き放すと逆効果かもしれない。別の方法で諦めさせよう。
「魔法を覚えるのはけっこう大変なんだ」
スキルを覚えるには特定の基準を満たすか、既に覚えた人から伝授してもらう方法がある。
基準とはアイテムを用意したり特定の行動を行う事で、伝授するには肌をなるべくたくさん接触しなければならない。
「今はアイテムを集められないし、伝授するのは……恥ずかしいだろ?」
それを聞いた里美は少し黙った後、突然服を脱ぎ始めた。
「!?」
「まだ足りない?」
上を脱いで床に落とすとパンツの裾を掴む。
「ま、待った、それで充分だからっ!」
普段ほわほわしてる癖にこういう時は頑固だから困る。
「どうすればいい?」
「向こう向いてくれ」
俺も上を脱いで半裸になると里美を後ろから抱き締めた。ぼんやりと暖かかった。
まったく、そんなだから異世界に行かせたくないのだ。
頭の中で呪文を唱える。
俺の中から何かが溢れだして里美に注がれていくような感覚がした。
ゆっくりと離れる。
初めてだったがうまくできただろうか。
「頭の中に、言葉が浮かんできたの」
「それが呪文だよ、成功だ」
「そっか…」
里美は噛みしめるようにぎゅっと手を胸に置く。
「そろそろ、服を着ないか?」
「あ……うん……」
お互いに慌てて服を着直す。
たぶんどちらの顔も赤くなっているだろう。
「曜ちゃんは自分の部屋に戻って」
「え……いや、でも……」
「曜ちゃん、寝相がえっちだから…」
ああ、そういえばそんなこともあったな。
でもさすがに病人にはしない、とは言い切れないんだよなぁ。
今日の所は素直にしたがっておく事にして、俺は自分の部屋に戻った。




