また会う日
「はあ、はあ」
頬を滑る汗を腕でぬぐう。
目の前には膝を抱える少女。
栗色の瞳が俺を見ていた。
そっと檻ににじりよる。
彼女を閉じ込める鉄格子をぎゅっと掴んだ。
「里美…」
思わずそう呟く。瞳からは涙がこぼれそうだった。
しかし俺が名前を呼んだとたん、目の前の少女の顔は怪訝に歪んだ。
「誰…ですか…?」
「え?」
何を、言ったんだ?俺が誰かって?
「俺だよ、曜だよ!」
しかし里美は困惑の表情をいっそう深めるだけだ。
「曜ちゃんは、もっと冴えない顔です…」
なんだよそれ…。
ここで俺はようやく思い出した。
一度死んで生まれ変わった事で俺の姿は以前とは違ってしまっているのだ。
「20△〇年■月〇日産まれ、好きな物は親子丼と木の臭い、嫌いな物は生魚」
「曜ちゃん!?」
どうやら無事理解してくれたようだ。
「でもどうして…?」
「色々あってな…」
詳しく言うと心配させるかもしれない。ここはぼかしておこう。
「何やってるのよ…」
息をきらしてヘカテリーヌがおいついてきた。
「ありがとう、見つかったよ」
「そう、よかった」
汗を拭いながら彼女は朗らかに笑う。その愛らしさに吸い込まれそうだ。
「…その人は?」
「ヘカテリーヌ、お前を探すのを手伝ってくれたんだ」
「そうですか、ありがっげほっ、げほっ」
「だいじょぶか!?」
慌てて背中をさすろうとするが鉄格子が邪魔をする。牢屋の内と外。いまだに俺達の間には隔たりが残っていた。
「大丈夫…」
里美の服は所々破れていて顔は少し痩せたように見える。
「たはは、ちょっとへましちゃった」
「ちょっとじゃないだろ…」
「早く助ける方法を探しましょう」
言われて周りを見渡す。檻には扉があって錠前で堅く閉ざされていた。
「鍵を見つけないといけないのかしら」
「いや」
錠前を手に取ってみると一部が酷く錆び付いているのが判る。
「これなら…」
俺は上部のわっかに剣の先を突っ込むとテコの要領で力を加えた。
パキッ
すると錠前は簡単に割ることができた。
制限を失った鉄の扉がだらしなく口を開ける。そのまま中に入って里美を抱き締めた。
「曜ちゃん…」
「生きててくれてよかった…」
彼女の存在を感じられる事でどれだけ俺が救われるか。それをしみじみと痛感した。
「ちょっとー、そういうのはここを出てからにしてくれる?」
そうだった、いつまた敵が現れるかわからないんだ。
「里美、いったい何があったんだ?」
「人がさらわれてたから助けようとしたら捕まっちゃった」
「捕まっちゃった、じゃないだろ…」
「さらわれてたって、誰に?」
「モンスターです」
やはり腑に落ちないのかヘカテリーヌはそれ以降黙り込んでしまう。
「とりあえず、まずはここを脱出しよう」
そう意気込んで檻から出ようとしたときだった。
「きゃああ!!」
「地震!?」
大きく足元が揺れ始めた。
揺れはどんどん大きくなり次第にたっているのも難しくなる。
「曜ちゃん…」
「近くのものに捕まれ!頭を守れ!」
ズシーン ズシーン グガシャシャアア
ものすごい地響きが耳をたたく。近くで壁が崩れたのかもしれない。
ここは岩に囲まれた空間だ。下手をすれば生き埋めになりかねない。
しかし何ができるわけでもなく、俺達はただ災厄が過ぎるのを祈るばかりだった。
暫くして徐々に揺れが収まってくる。
「二人ともだいじょぶか?」
幸いにも大きな崩落は怒らなかったようだ。
「そうね、でもちょっと困った事になったわ」
「?」
手招きされて出ていって見ると。
俺達が来た道が大きな岩で塞がれていた。
「…」
似たような光景はアニメやドラマで何度か眼にしたが、実際に体験してみると何も言えなくなった。
「曜ちゃん」
そのまま立ち尽くしていると里美が後ろから呼び掛けてくる。それが俺を現実に引き戻した。
「どうした?」
「これ」
里美が指差したのは壁に空いた小さな穴だった。さっきの地震で崩れたのだろう。
「これがどうかしたのか?」
「奥に続いてるみたいなの…」
「!」
指を突っ込むとどうも空間があるようだ。
拳で叩いてみる。するとまわりの壁も崩れ始め、やがて人、一人が通れるくらいの穴が出現した。
「これって…」
「脱獄穴だ」
「何かあったの?」
ヘカテリーヌが様子を見に来る。
「たぶん、前に捕まってた奴が脱出しようと掘ったのかもしれない、外に繋がってるかも」
「ほんとに?」
確証はない。もしかしたら途中で諦めたか失敗したかもしれない。
それに地震の後だ、穴が埋まってる可能性もある。
「…どうする?」
あと使えそうなのは奥へと続く道だけだ。救助が来る可能性は限りなく低いだろう。
「行ってみよう」
始めに言い出したのは里美だった。
「じっとしててもしょうがないよ」
「…そうだな」
「わかった」
それに続くように俺とヘカテリーヌも同意した。