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不戦敗

「あまり豪勢にとはいきませんが……」

村で一番だというレストランに連れてこられた俺達の目の前に彩り鮮やかな品々が並べられていく。

それを見て腹の虫が暴れ始めたのでひとまずはフォークと口を動かすのに専念することにした。

徐々に空のお皿が増えてきた頃、国長さんが声をかけてきた。

「此度の訪国はもしや、竜騎士様をお誘いにこられたのでしょうか?」

「はい、そうです」

「そうですか……」

「何かまずいんですか?」

「いえ、あの方に守られているお陰で我が国は竜の脅威に怯えずに済んでいるので、長い間離れられると……」

(もしかして、そのせいで断られたのかな?)

佐竹先輩が小声で耳打ちしてくる。

竜の巣はここからそう遠くないしクルスディーネさんは聖剣祭の時に王都まで足を運んでいた。それが直接的な理由とは思えない。

「ご馳走さまでした、美味しかったです」

「いえいえ、勇者様の一助となれるなら骨身を惜しまぬ所存でございます」

店から出ると外には村中から集まってるんじゃないかというくらいの人混みができていた。

「あれが勇者様か、なんてお美しいんだ」

「凛々しいお顔、惚れ惚れしちゃう」

「お仲間の皆さんもお強そうだぁー」

勇者というだけでここまで歓迎されるものなのか。こりゃタンスから物とっても怒られなさそうなレベルだな。

話したこともない人に誉めそやされるというのはなんとも居心地の悪いものだ。

ヘカテリーヌは嬉しそうに手を振っていた。

それを見た観衆はいっそう歓声をあげた。

「皆の物、あまり勇者様を煩わせるでない」

国長さんが彼らを散らしてようやく騒ぎは多少収まった。

「何かありましたらいつでも役所の方に来てください」

そういってにこやかな笑顔を崩さぬまま立ち去っていった。

俺達は村の中をぶらぶらしながら今後の事を考える。

「いつまた魔王軍が襲ってくるかわかりません、あまり悠長にはしていられませんよ」

「うん」

とはいえ俺達にできることはそう多くない。

「少し様子をみにいってみましょう、竜の巣に」

クルスディーネさんが動かないなら俺達だけで行くしかない。

互いに頷きあった後、村を出て南へ向かった。

「ふぅ……ふぅ……」

「暑い…」

この世界に緯度があるのかわからないが歩く程に気温が上がっていくのを感じる。

それも当然で竜の巣は赤熱するマグマの脈動する火山地帯にある。

元々少なかった植物はついに見なくなり、景色は土臭いオレンジ色に染まっていた。

「少し休憩するか」

そこいらに転がっている巨岩に腰かけて一息つく。

その間も警戒は怠らない。

既にここは竜の縄張りの中、いつ奴らが襲ってきてもおかしくない。

俺達の目的は勇者の装備(アウステラ・シリーズ)を集める事で竜と一戦交えることじゃない。

できれば会わずに済むといいんだが。

「そろそろ行きましょ、あんまりじっとしてると日が暮れちゃう」

ヘカテリーヌが立ち上がって号令をかける。

なんか最近やけに張り切っている気がする。

盾を見つけて調子づいているのかもしれない。

危うい所もあるが前向きさと行動力が彼女の魅力でもあるのでできるかぎりサポートしよう。

ふと周囲に影が落ちる。

雲が陽射しを隠したのか。汗ばむほどの陽気なので少しの間でもありがたい。今日は雲が多くて助かった。

感謝するように上を見上げて全ての感情が消え去った。

そして、ただありのままで叫んだ。

「逃ゲロッッ!!!」

雲間から急降下してくる巨大な影。

陽光を反射してギラギラと輝く紅い鱗。

死を予感させる大きなあぎと。

まさしく偶像世界の王、ドラゴンの姿だった。

黒光りする爪の切っ先を向けて突っ込んでくる。

狙いは俺か!

「ルルゥーーー!!」

「ルゥーーーーー!」

ルルが竜に負けないほどの大口を開け、どこからか銀色の盾が出現した。

それを構えて衝撃に備える。

「ぐゥっ……っ……」

しかしあまりの膂力に吹き飛ばされてしまう。

「曜君っ!?」

「!?」

そして固い爪に力強く腹を抱き込まれる。

気づけば俺は遥か上空へと持ち上げられていた。

見慣れた大地が遠く離れていく。それと一緒に意識まで離れていくようだった。

「くっそ、放しっやがれっ!!」

短剣で竜の足をガンガン叩くがかすり傷一つつかない。

こいつの体は特級素材の見本市のようなものだ。

並みの金属では刃が立つ筈もない。

だが俺にはとっておきの秘策があった。

袖の中から一本の金棒を取り出す。

「フレイラ!」

炎の魔法で熱を加えて愛用の金槌で何度か叩く。

やがて金棒はまばゆく輝き始め俺はそれを竜の足首につき当てた。

武器を鋳造する際、金属塊はそれにみあった形に姿を変える。

ではその時、障害物があったらどうなるか。

鋭く変化した金棒が竜の鱗を突き破った。


グギャギャアアアアアアアアァァ!!


「うをぉ!?」

竜は急速にその巨体を振り回し、俺は空中に投げ出された。

みるみる速度を上げながら地面が近づいてくる。

やっべぇ、秘策を試せるのに夢中で後の事を考えてなかった!?

と、どこからか現れた影が俺を抱き止めた。

「まったく、勇者のパーティならあれぐらいかわしてみせろ」

その正体はハルシャークだった。

「…悪かったな、ありがとよ」

引き締まった腕から降りて大地との再会を踏みしめる。

天空をみると紅竜が不規則に乱舞していた。

足に刺さった棘は突貫工事なので直ぐに塵と消える。

そして体勢を立て直すと空中ごうごうと火を吹いた。

離れていてもわかる。めちゃくちゃ怒ってるわ。

「シズリは詠唱を始めて、ヨウは待機」

ヘイヘイ。

俺は転がっていた地母神の掌(マザーズ・クリスト)をなんとか持ち上げると先輩の前に陣取る。

ヘカテリーヌとハルシャークが時間を稼ぎ佐竹先輩の魔法でとどめをさす。これが必勝のパターンだ。俺は弾除け。

やがて竜は再び戦慄くと一直線に飛来する。

「お任せを!」

『ストームジャベリン』

ハルシャーク手に持つ槍を大きく振りかぶって前方に射出した。

しかし空を裂いて向かってくる竜に容易く弾かれてしまう。

直後、火の玉を吐き出した。

「ならば!」

『ウィザードブルーム』

吹き飛ばされた槍を捕まえ再び槍を振るうと巨大な竜巻が出現した。

それが炎を巻き取り赤熱する。

だが竜の巨体が竜巻ごと蹴散らしていく。

「はあぁぁ!!」

赤い突風がヘカテリーヌの姿を隠しているうちに竜の下に潜り込む。

『弧月閃』

聖剣が閃くと血飛沫がまった。

「やった!」

どうやら鱗の無い腹側で聖剣ならば刃を通せるらしい。

「危ないっ!!」

竜の武器は火炎に牙に爪に巨大な体躯、だけではない。

直後、鋭くしなる尻尾がヘカテリーヌを強襲した。

道端の石ころを蹴ったように転がっていく人影。

その後には鮮やかな血の道ができた。

「ヘカテっ…」

込み上げる激情を押さえ込んで、冷静に次の手を模索する。

しかし何も思い付かない。俺には何も及ばない。それを理解して愕然とする。

「グアアァッ……!」

続いて届く悲鳴、ハルシャークが燃え立つ業火に焼かれている。

まずい、まずい、まずい。

このままだと戦線が完全に崩壊してしまう。

そうなれば全滅は必至だ。

「先輩っ!!」

すがる思いで後ろを仰いだ。

詠唱を終えた佐竹先輩が杖を構えている。

周囲を水色の魔方陣に囲まれた姿は熟練の技を彷彿とさせた。

焦りに顔を歪ませながら杖を振るうと無数の氷柱が出現する。

それらは尖端を竜に向けるといっせいに飛びかかった。

「…………」

「……そんな」

氷柱は竜に群がり白煙をあげた。

あるものは固い鱗に阻まれ、あるものは熱で溶け、あるものは薙ぎ払われ。

全てが霧となって霧散した。

駄目だ。

まったく歯が立たない。

早すぎたんだ、何もかも。

もはや恐怖すら無い。

虚無となった瞳で正対する竜を眺めた。

「?」

しかし生物の王はきびすを返すとどこか遥か上空へと飛びさってしまった。

「どうして……?」

先輩の声が聞こえる。

これほど共感した事は無いかもしれない。

だがその理由は直ぐにわかった。

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ。

「!?」

揺れる大地。

足をとられるがなんとか踏ん張った。

「地震?」

「……いや」

やがて地鳴りは収まり、それはすぐ後にやって来た。

ドグワァアアァァァーーーーー!!!

青空を埋め尽くす灰の煙。舞う溶岩。目の前の火山が噴火したのだ。

「先輩、移動魔法っ!」

「え?はっはいっ!!」

俺は慌てて向こうで転がってるハルシャークを運びに向かう。

「私より……勇者様を……」

「アホか」

なんとか抱えあげて歩き出す。

ヘカテリーヌは……酷い怪我だがまだ息はある、そう願う。

なけなしの回復魔法をかけてみるがやはり焼け石に水か。

「ああ………あああああ……」

なんとか二人を抱えて先輩のもとに返ってくる。

戦闘ではお荷物なんだ。

これくらいできなきゃマジでいらねぇ。

辺りを白い光が包んだ。これでいったん町に戻ればひとまず安心だ。

「危ないルゥ!」

「!?」

その時だった。

火口から噴出した火山岩が俺達を襲った。

先輩はなんとかかわしたもののそこで詠唱が途切れてしまった。

「はぁ……もぅ一度……」

ゴゴゴゴゴゴ。

憎たらしい地響きが耳を揺らす。

今度はなんだ。

いらだたしさに後ろを睨み付けて、それを見て唖然とした。

ものすごい勢いで山を下る煙。

地を這う竜のようなその鳴動の正体は火山ガスや大小の溶岩が産み出す自然の怪物。

火砕流だ。

最高速は100キロを越えることもあり、走って逃げるのはまず困難だ。

「……走れ」

それでも諦める事はしたくなかった。

しかし二人を抱えながらでは満足に走る事もできない。

「くそっ…くそっ!」

こんなとこまで……異世界まできて、火山灰に呑まれて終わるのかよっ……!

こうなったら一か八か勇者の盾で防ぐしかないのか。

「ルル……盾を」

やるしかない。他に方法は思いつかなかった。

「ルゥ……」

ルルが大きく口を開けると中からクローゼットが出てきた。

「は…?」

それは王都アウステラで俺達が借りている宿屋のもの。

中には元の世界へと通じる扉が開いている。

「そうか…」

向こうに戻ればこの窮地を脱する事ができる。

既に火砕流はすぐそこまで迫っている。悩む暇はない。

「先輩」

「うん」

先輩は頷くとクローゼットの中に消えていった。

「ハルシャーク、目ぇつむってろよ、勇者様にどやされるぞ」

返事がない。気絶しているようだ。

俺は勢いをつけると異次元の扉に飛び込んだ。



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