反撃、そして
連なる木々に寄り添うように建てられた建造物達。
どこか民族的な偉容は文明から離れた異文化の風を漂わせる。
そんなエルフの村を破壊しながら暴れる巨大な影、狂暴を具現化したような魔獣は思うがままにその肢体を振り回し周囲を地獄に変える。
肉は抉れ、鮮血が飛び散り、悲鳴がこだまする。
そんな中果敢に飛び込んでいく者達がいた。
ヘカテリーヌとその一行だ。
黄金の髪を靡かせながら聖剣を奮わんとす。
だが所詮は無力な人の子だ。
魔獣の鋭い爪にいとも容易く貫かれ、動かなくなった。
佐竹先輩はその身を炎に焼かれ甲高い悲鳴を上げた。
「やめろ……やめてくれ…」
必死にもがこうとするがなぜか俺の身体はいうことをきかない。
そして里美が魔獣の牙に食い付かれ――――――。
「やめろぉぉっ!!」
叫びと共に目が覚めた。
悪夢が後をひくぼやけた頭でおもむろに周囲を確認する。
「ようやく目覚めたかルゥ」
目の前には毛むくじゃらの獣がいた。
「ルル…?…ここは……」
「エルフの村だルゥ、魔物は撃退したがまた来るようなので他の奴等は作戦待機中だルゥ」
簡潔で明快な状況説明だった。
寝起きのぼやけた頭にはちょっときついが助かった。
「いつぅ……」
立ち上がろうとしたが背中に燃えるような痛みがはしり中断。
段々と何があったか思い出してきた。
「ずっと見ててくれたのか?ありがとな」
「勇者の命令で仕方なくだルゥ」
そっぽを向くので毛むくじゃらのほっぺを突っつく。
「やめルゥっ」
すると傍らにおいてあったものに目を奪われた。
「これは……」
「勇者の盾だルゥ、重すぎて使えないから置いてあるルゥ」
そうなのか。
確かに軽々しく扱わせないという気高さを感じる気がする。
それはきっとこれが勇者アウステラの為だけに作られたものだから。
腕を伸ばしてそっと触れる。
なぜか涙が溢れてきた。
ただ立て掛けられただけの盾が巨大な城壁を思わせる。
師匠が駄作だと吐き捨てる物ですら俺は及ばないというのに、この盾はそれらを軽く凌駕している。
どれだけ途方もない思いがこの金属塊に籠められているのだろう。
しかしその思いはついに成就することはなかったのだ。
勇者は魔王との戦いで死んでしまったから。
主を守るという役割をこの盾は果たせなかったのだ。
思いは行き場を無くしてさまよっている。
けれどもうこいつを使うべき主はどこにもいないのだ。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴォォォ………。
「なんだっ!?」
「来たみたいだルゥ」
突然、建物が大きく揺れた。
「オラアアアアア!出てこい糞虫どもぉ!一匹ずつひねり潰してやるからよぉぉ!!」
口から閃光を吐き散らかし手当たり次第に周囲の建物を破壊していく。
「アア…?」
しかし肝心の人影は一つも現れない。
「そこかぁぁ!!」
煙の中に動くものを見つけ捕まえる。
他の奴等の居場所はいたぶって吐かせればいい、そう思っていた。しかし。
「あ?」
掴みはしたが手応えがない。潰しはしたが骨のひしゃげる音もしない。
それは半身になってもピョコピョコ動き続ける藁人形だった。
気づけば足元にはそれらがピョンピョン跳ね回っていた。
「ふぅざけやがてぇぇぇぇええええぇぇぇ!!!!!」
もはや怒りしかないビャクエンフは闇雲にそれらを蹴散らしていった。
「作戦は順調です」
「了解、そのまま待機してください」
エルフ達はその様子を森の中から伺っていた。
ビャクエンフはいつのまにか村から離れた崖の上に誘い出されていた。
「グワアアアアァァァ!!」
そして藁人形を蹴散らして崖の近くまで飛び出した。
「今です!!」
ラジュの合図でいっせいに矢が放たれる。それらは豪雨となって魔獣に降り注いだ。
「舐めるなぁぁ!」
しかし殆どが薙ぎ払われてしまった。
「逃げ場を無くせば勝てると思ったか?ばぁかが!てめぇらの攻撃なんざ羽虫一匹殺せねぇよ!」
「それはどうかしら?」
続いて現れたのはヘカテリーヌ率いる剣士部隊。
「うぜぇんだよ!」
ビャクエンフにたどり着く前に青い閃光によって多くが離散してしまう。
しかしヘカテリーヌはそれをぶったぎって突進する。
「えいやああぁぁぁぁ!!」
そしてビャクエンフの腕を切り裂いた。
「やった!」
「舐めるなぁぁぁ!!」
喜んだのも束の間ビャクエンフの攻撃がヘカテリーヌを襲う。
鋼鉄の爪が彼女をとらえる寸前、間一髪ハルシャークが抱えて離脱した。
「ご無事ですか?勇者よ」
「ごめん!ありがと!」
そして巨大な火の玉が向けて放たれた。紫摺の魔法である。
「グウオオオオオオオオオォォォォ………!!」
ビャクエンフに着弾すると目も眩む火柱が立ち上がった。
しかし内側から青く輝くと爆音と共に周囲に霧散した。
「どうだ!誰も俺様を殺すことはできねぇ!」
「それはどうかしら?」
「!?」
絶え間ない連続攻撃によって徐々に後退したビャクエンフは崖の寸前まで押し込まれていた。
そして亀裂の入れられていた岸壁がついに魔獣の荷重に耐えきれなくなり崩壊を始める。
地を滑りながら落ちていく瓦礫と魔獣。
その下には勇者の盾を封印していた神殿、すなわち、魔を寄せ付けない結界が待ち構えていた。
「糞がああああああぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!」
ようやくエルフ達の狙いに気付いたビャクエンフは剣のような爪を引っ掻けてなんとか宙に留まろうとする。
しかし悲しいかな鋭い爪が大地を切り裂いて落下は止まらない。
「アアアアアアァァァァァァァガッガガッァァァァァァガガッァッガッガッガガァァ!!」
ついには岩肌にかぶりついた。
そして結界に触れる寸前でその巨体は崖に張り付いて停止した。
「嘘……でしょ?」
「ハア……ハア……焦らせやがってぇぇ…、てめぇら、ぜってぇ許さねぇからなあアアァァァァァァァァァァァァ!!!!!」
身も震えるような絶叫がほどばしる。
いや狂気に満ちた雄叫びは実際に人々の心を縛り体の自由を奪った。
しかし誰もが恐怖に怯える中ただ一人敵を突き落とさんと崩れた崖から飛び降りる者がいた。
聖剣に選ばれし勇者、ヘカテリーヌだった。
「いけないっ!」
それを見てハルシャークが叫ぶ。
空中では身動きが取れない、かっこうの的だ。
「ハアアアアアァァ……」
大きく開いたビャクエンフの口から青い閃光が放たれる。
『雷降天鳴斬』
剣に纏う稲妻は落下する程威力が増す。
黄金の軌跡が青い閃光を切り裂いていく。
「くらええええぇぇぇ!!」
そしてついに魔獣の額をとらえる。
その寸前。
切っ先を鋭い牙で停められた。
「うっそ……!?」
「ビャァハハ…」
そして歯の隙間から青い輝きが漏れ始める。
「シズリ!早く次の魔法を…!」
「て…手が震、えて……」
先程の雄叫びで腰が抜けてしまい立ち上がることができずにいた。
落とした杖に手を伸ばすがなかなか拾うことができない。
「早く……早くしないと…ヘカテ……」
こうしている間にも魔獣の口から漏れる輝きは光度を増していく。
「えーい、しゃあない!」
ヘカテリーヌは聖剣を放して脱出を試みる。
「きゃっ!?」
しかし魔獣の尻尾に噛みつかれてしまった。
「終わりだ」
そして青い閃光が放たれた。
「ああぁぁぁ!!」
「まだまだこんなもんじゃねぇぞ」
いたぶるように尻尾を揺らしてヘカテリーヌを壁に叩きつける。
その度に痛ましい悲鳴が響いた。
「いや…いや…」
それを聞くほど紫摺の身は縮こまってしまう。
呼吸は乱れ心臓が早鐘をうつ。
自分がなんとかしなければ。
この場で最も強力な魔法が使えるのは自分なのだから。
他の誰も代わってはくれないのだから。
そんな思いとは裏腹に体は固まっていくばかりだ。
「曜……君」
目の前にありながら手の届かない杖、その送り主の顔が思い浮かんだ。
「ルル!盾を吐き出せ!!」
そして彼の声が胸を揺らした。
痛みを堪えて走る。
状況はよくわからない。
わかるのはあのでかい猿みたいな魔獣を落とせば良いってことと、そいつに捕まってヘカテリーヌがヤバイってことだけだ。
それだけ判れば充分だった。
「ルル、盾を吐き出せ!!」
一緒についてきた自称聖獣に指示を出す。
「ルゥゥゥーーーーーー!」
小さな毛玉の口が開いて何倍もの大きさの盾が出現した。
それは勇者がかつて使っていたアウステラ・シリーズの一つ。地母神の掌。
ルルの腹はどこぞの青狸の如く何でも入る。
それを持って、いや引きずって、いや引きずられて崖から飛び降りた。
「久々の相手が俺なんかで悪いなぁ!でもよろしく頼むぜ!!」
「何だてめぇはぁぁーーー!?!」
ビャクエンフの口から複数の閃光が放たれる。
しかし銀色の盾はその全てを悠々と打ち消す。
そして加速したまま魔獣の真上に落下した。
「アアアアアアアアアアアアァァァ………!!」
重さと衝撃に耐えかねたビャクエンフもそれに伴って崖から剥がれ落ちた。
そして下で待っているのは、古より魔を排除してきた聖なる結界。
「糞ぉ…糞ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
「うるっさっ」
鼓膜が裏返る程の断末魔に思わず顔をしかめる。
「大丈夫か?」
近くに転がっていたヘカテリーヌに手をさしのべる。
「うん、ありがとう」
それを掴んだ彼女を助け起こした。
今一度、魔獣の方を見る。
巨大だった体躯は半分ほどしか残っておらず、それも端から塵に変わっていく。
黒焦げの上半身はピクリとも動かない。
「やったの…?」
「たぶんな……」
「勇者様ーーーー!」
崖の上から呼ぶ声が聞こえた。
空を背景に覗きこんでくる多勢のエルフ達。皆笑顔だ。
俺達はそれに手を振って応えた。
そして歓声が沸き上がった。
それにしても大きな崖だ。だいぶ回り込まないと上に行けそうにない。
俺は草の上に寝かせていた勇者の盾に近づいて手を伸ばす。しかしどんなに力を入れてもうんともすんともいわない。
「大丈夫?」
二人がかりでなんとか持ち上げた。
これはルルに頼んだ方が良さそうだ。
「っ後ろーーー!!!!」
その時、佐竹先輩の絶叫が響いた。
思わず振り替えると世界は青く染まっていた。
 




