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初戦

モンスターの大群に逃げ惑う人々、だがその実彼らの足は同一点を目指していた。

それは村の中央、たった一つだけの村人いこいの広場。

当然彼らを追いかける魔物達もそこに集結することになる。

そしてその度に佐竹先輩の魔法が火を吹いた。

「今です!」

「~空蝉を告げよ!!」

轟く雷鳴が魔物の群れを塵に変えた。

「これで全部です!」

「ふゆぅー、疲れたー」

「お疲れ様です」

膝から崩れ落ちる先輩に冷や水を渡す。微量だが魔力を回復できるらしい。

「素晴らしいですね、覚えて間もないとはとても思えません」

指揮をとっていたラジュさんも労いの言葉をかける。

「私…役にたてたかな?」

「はい、助かりました」

「そっか、良かった」

俺達は下に降りてヘカテリーヌ達と合流する。

「凄いよシズリ!大活躍じゃん!」

「勇者のパーティーならこれくらいはしてもらわねばな」

「それほどでも、あるかな~」

ここでも先輩は絶賛されていた。なんだか嬉しい。

「それにしても、なぜ神樹様の守るこの地に魔の物どもが入ってこれたのでしょう」

近くでラジュさん達が話す声が聞こえる。

「或いは、まだ終わってはおらぬのかもしれん」

「え?」

まだ脅威は去っていないというのか。

ふと気になって先輩達の方を見る。

そして見つけた。

瓦礫の中をゆっくり歩いてくる、異形の姿を。

「逃げろ!!」

異形はパックリ裂いた口を上下に大きく開く。そして口内が青く輝きだした。

直後光はもうスピードで巨大化する。

俺は走る。

全身全霊で大地を蹴る。

そして体を投げ出して跳躍した。

「曜君!?」

先輩を守るように抱え込む。

青い光は背中を強襲し、そこで俺の意識は途絶えた。



一時は色めきだった広場に再び戦慄が走る。

「曜君!曜君!」

大勢が沈黙を課せられる中に唯一響く女の声。

彼女の傍らに白煙を上げて倒れ伏す男。

エルフの森に迷い混んだ人族の一人であった。

先の戦いでおおいにその辣腕を奮った魔法使いを身をていして守った勇敢さは誰もが認めるところだ。

だが現在、彼らの胸中ではその興奮より新たに現れた敵への嫌悪が上回っていた。

「カーカッカ、自分を盾にするたぁ相変わらず人間ってのは学ばねぇ生きもんだなぁ」

言の葉を操る魔物。

それは異形の中でも最高位の知性を有する証。

翻ってはこれまでの敵とは格が違うという証左だった。

「猿魔将軍 ビャクエンフ……」

「ほう、俺様の事を知っているたぁさすが無駄に長生きのエルフだな」

「お前こそ魔王軍の中で一番勇者様に怯えていた癖に威勢がいいな?」

直後、魔物の口から放たれた閃光が襲う。

しかしエルフの長はそれを易々と退けた。

「そのうざってぇみのこなし…そうか思い出した…てめぇファルイオナだな?はっ、昔は森くせえエルフにしちゃあ珍しく旨そうだったのに随分しわくちゃになっちまったじゃねぇか?」

「お前の口数で弱さを隠すところは相変わらずだな」

「……さっきからごちゃごちゃと……ウルセェンダヨォ!!!」

「全体攻撃用意!!」

ビャクエンフは青い閃光を放ちながら巨体を迸らせ急速に距離を詰める。

周囲を取り囲んだ弓兵達がいっせいに矢を放つがびくともしない。

「カァァルインダヨォォーー!!」

ついに人の胴体ほどもある拳と老婆の構える杖が衝突した。

衝撃が空気を伝わり大地を裂く。

直後、ファルイオナの口から鮮血がこぼれた。

「老いには勝てねぇなぁおい、糞勇者ももういねぇ、だが俺は生き返った。どいつもこいつも犬死にだぁぁ!!」

「……弱い犬程よく吠える」

「……だーかーらー、ウルセェェェェ!!」

ザシュ。

ビャクエンフの雄叫びに合わせたように二人の剣士が飛びかかりその巨大な足を切り裂いた。

バランスを崩した猿魔は地響きをたてて倒れこんだ。

「アアァ!?」

「相変わらず頭に血が上ると足元がお留守になるね」

そしてうつ伏せでがら空きになった背中に強烈な一撃を叩き込んだ。

「アアアアアアアアアア!!」

その後ろでは残りの村人達が怪我人を運び出していた。

「曜君!曜君は大丈夫なの?!」

「今、回復魔法を施していますが…」

遠ざかっていく二人を遠くから眺めるヘカテリーヌ達。

「カタクラはともかく彼女は戦場に必要です。引き留めるべきでは?」

「……無理強いはしたくない、私達だけでやりましょう」

「仰せのままに」

こうして二人は戦場へとかけていく。

「アアッアアアッアアアッアアアアアッ!!」

そこでは巨大な猿の魔物が暴れている真っ最中だった。

「潰れろや糞虫どぉもぉぉぉぉ!」

「まったく、面倒極まりないね…」

「お婆ちゃん、手伝いにきたよ!」

のたうち回るがごとく周囲を凹ませていく豪打の雨の中、ヘカテリーヌは果敢に切り込んでいく。

「なんだぁ、てめぇは?」

「私はアウステラ・リッツ・ヘカテリーヌ。正当なる勇者の後継者よ」

その宣言と共に掲げた剣は光輝く。

「グワッハッハッハ、笑わせるな、貴様ごときがあの勇者を継ぐ者だと?」

「笑ってられるのも今の内よ、やられてから後悔しなさい!」

『天鳴斬』

いかづちを纏う剣が宙を駆ける。

だがその切っ先は魔物の皮一枚削ぎ落とせない。

「!?」

「口ほどにもないわぁ!!」

そして頭上から巨大な拳が迫る。

「勇者様!!」

その隙にハルシャークが脇腹を切り裂いた。

「ぐおぉ!?」

バランスを崩したところでヘカテリーヌは脱出する。

「ほぉ、なかなか手応えのあるやつもいるじゃねぇか」

しかし青い血を吹き出す傷口も直ぐに再生してしまった。

「だが無意味、この村は既に血と恐怖で満たされている。貴様らの負の感情が俺に力を与える。俺は無敵だぁぁ!!」

「だろうね、それは私の責任さ」

「お婆ちゃん?」

「落とし前はつけないとねぇ」

それからも怒濤の攻撃が続く。剣で切り裂くもの、槍で突くもの、矢を放つもの。

しかし尽くが致命傷にはならない。

さらに敵の攻撃に晒され次々に倒れていく。

「無駄なんだヨォォ!!」

「うぅ…」

「勇者様ぁ!」

魔物の蹴りを正面から受けてヘカテリーヌが吹き飛ばされる。

「動きが鈍いですよ、やはりカタクラの事が気になるのでは?」

「大丈夫……」

「あぁ~、どいつもこいつもうざってぇ、まとめて逝けやぁぁ!!」

ビャクエンフが両の腕を掲げると青く輝き始めた。

「いかん、全員備えよ!」

『幕魔縦横烈波』

魔物が腕を降り下ろすと覆っていた輝きが周囲に飛び散った。

それが全てを薙ぎ払っていく。

「カッカッカ、これで二人きりだなぁ糞ババァ」

自らの足で立つのは村の長と巨大猿の二人だけ。

「まだ……なんですけど」

ヘカテリーヌが剣を杖にしてなんとか立ち上がろうとする。

しかし切っ先が滑って再び地に臥してしまう。

「無理をするな、私一人で充分じゃ」

老婆は勇者を継ぐ少女に笑いかける。

「駄目、お婆ちゃん…」

「おいおい、年くって脳ミソ縮んだか?てめぇ一人で何ができる」

「お前にはわからんじゃろうな、有限であるからこそ人々はあがき進歩するのじゃよ。貴様らが死んで3000年、のうのうと日々を過ごしていたと思うのかい?」

最期の言葉を言い終えると老婆の体は白く輝きだした。

「なんだぁ、そりゃ……」

「これは世界に満ちる聖なる気、つまりは、貴様らへの天罰じゃ」

直後ファルイオナの体から光は解き放たれ、ビャクエンフまでの一直線を埋め尽くした。

「グゥアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァ!!!!」

耳をつんざくような叫声が響き、やがてそれすら途絶えると輝きは徐々に収束していった。

後には二つの肉塊が残るのみだった。

「お婆ちゃん、お婆ちゃん!!」

ヘカテリーヌが呼び掛けても返す者はいない。

「勇者様…」

するとどこからかハルシャークが現れて彼女を倒れ伏す老婆の元に抱えて向かった。

「お婆ちゃん…」

しかしその瞳は固く閉ざされ、二度と持ち上がる事はなかった。

「勇者様、しばしお待ちを」

ハルシャークが首にかけた十字のネックレスを握り何言かを呟いた。

「天界と回路を繋ぎました、死に逝く者と少しだけ話ができます」

すると風が耳をくすぐるようにどこからか声が響いてきた。

「やれやれ、死んだ後くらいゆっくりさせてほしいもんだねぇ」

「お婆ちゃんっ」

「情けない声出すんじゃないよ、まったく…」

まるでそこにいて溜め息を吐く姿が見えるようだった。

「あまり時間がない、手短に伝えるからよく聞きな」

ヘカテリーヌは涙を拭い、コクンと頷いた。

「まず勇者の盾を封印した神殿だ、場所はラジュが知ってるから案内してもらうといい、ああ、封印の鍵なんて嘘っぱちだからね、無闇に入らないようにそう言ってあるだけさ。それと他の装備が隠されている場所はわからないが、まあ人が来ないところを探せばその内出てくるだろう」

たんたんと紡がれる言葉をヘカテリーヌは何一つ聞き逃すことの無いよう噛み締める。

「それから、勇者なんて目指すんじゃないよ」

「え?」

「アウステラ様はね、特別な産まれなんかじゃ決してなかった。ただ人々を助けたいと願い続けた結果、いつの間にか勇者と呼ばれるようになっただけさね、本人がそう名のった事は一度もない。お前は自分が信じる道を歩けばいい、ひたむきにね」

「お婆ちゃん…」

「それから……ザザ……ザ…これは…ザザ…」

「お婆ちゃん、よく聞こえない!」

急にノイズが混ざるようになる。

「…ザザ……まあ…ザ…いいさ…ザザ………………………」

そして声は聞こえなくなってしまった。

するとファルイオナの遺体は徐々に砂になって流れていく。

やがて風に紛れるように消え去った。

「行きましょう」

「うん」

ヘカテリーヌは汚れた膝のまま立ち上がった。

「ウワアアアアアアアアアアァァァ!!!」

「!?」

その時巨大な雄叫びが轟いた。

そして数メートル先に倒れていた巨躯がゆっくり持ち上がった。

「ハァ…ハァ…ハァ…」

「そんな……」

魔物の体は無事な部分が無いほど焼け落ち剥がれ爛れている。

しかし確かにその足で大地をつかんでいる。

「なんという生命力……」

「必ず……殺す……殺してやるぅぅ…」

「させない……あんたはここで」

バアァァ。

魔物の口から青い閃光が漏れる。

しかしヘカテリーヌを転がしたところで淡く消え去る。

それでも彼女は立ち上がる事ができない。

魔物は顔の半分が崩れ落ちた。

「必ず…戻ってくるぞぉ…お前らを殺しにぃ…!」

そして森の奥に消えていった。


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