表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
72/163

説得

勇者が拓いた国『王都アウステラ』。

その北上に一度足を踏み入れたら最後、二度と生還できないという人を喰うと噂される森がある。

そんな森中で時の狭間に取り残された村を救った俺達は勇者の装備を目指してさらに奥へと進んでいた。

「止まれ」

視線の先に見えたものに思わず木の陰に身を隠す。

そして視覚を強化して草の間から向こう側を覗く。

「何?あれ」

「……ハリツケ」

人が十字に組んだ木柱に縫い付けられているように見える。

見慣れない光景だけに一瞬人形かと思ったがその人物に見覚えがあった為にあれが本物であると理解して、同時に嫌悪感が渦を巻いて競り上がってきた。

ハリツケにされているのは勇者教の武装集団を率いる聖騎士ハルシャークだった。

あいつは新しく勇者になったヘカテリーヌに心酔して先にこの森の調査に向かった筈だが、メシアの真似事でもしてんのか。

「助けなきゃ」

ヘカテリーヌが木陰から飛び出していく。

「おいっ!」

制止の声も届いていないようだ。

「どうするの?」

「……様子を見ましょう」

どう考えてもあれは罠だ。見せしめにして俺達を誘き出そうとしてるんじゃないか?

案の定、ヘカテリーヌが十字架に近づいた瞬間彼女を取り囲むように矢が飛来した。

そして数人の人影が現れる。

「あれは……」

その正体は人間のようでそうではない者。

耳は長く先細っている。

あれはお伽噺に出てくるエルフのようだ。

そいつらにヘカテリーヌは押さえつけられる。

「……っ………!」

ソッと俺の手を包む物があった。

「行こう」

先輩と視線を合わせる。

それで充分だった。

「沈殿する闇の傀儡、終幕は悠久を告げ終焉は彼方を漆黒に染め上げる」

先輩の詠唱が始まると同時に俺は飛び出す。

「深淵よりなお深く、見透せぬ夜は万象を許す」

突如世界は黒に覆われ視覚を強化した俺は木々の間を抜けエルフの群れに飛び込んだ。

ヘカテリーヌの腕を掴み引っ張り上げ、ハルシャークを縛り付けていた縄を切り裂いた。

だがその瞬間、俺の姿を隠してくれていた暗闇が消え去ってしまった。

時間切れ…?いや違う、誰かが振り払ったんだ。

「いやぁぁ!!」

先輩の悲鳴が轟いた。

「やめろ!!」

激昂するままに駆け出そうとした。

だがそれを止める手があった。

ハルシャークだ。

気がつくと周りにはエルフ達が隙間なく陣取っていて、全員弓をこちらに構えていた。

「私ら相手に暗がりで挑もうとは人間も耄碌したもんだねぇ」

美男美女の群れを割って出てきたのは深いシワに刻まれた婆さんだった。時の流れは残酷だ。

おそらくこの集団のリーダーといったところだろう。

「どうして森に入った人間を殺すんだ?!」

「お前らに教えると思うかい?」

「あの廃墟の人達もお前がやったのか?!」

「………そうだとも言えるし、違うとも言える」

なんだそれは。

「ねぇ、耳長族は勇者と共に戦った勇敢で優しい一族でしょ?何でこんな事をするの?」

ヘカテリーヌが声を震わせながら問いかける。

「昔の話さ、もう忘れたね…」

「時の流れは残酷だ」

「何か言ったかい?」

「いや……」

「私達、勇者の装備を探してるの、どこにあるか知らない?」

「この状況でまだそんな事を言うか、噂通りのお転婆だね」

「ヘカテリーヌの事を知っているのか?」

「ああ、聖剣を抜いたとか眉唾もいいところさ」

「眉唾じゃない!ほら!」

ヘカテリーヌは剣を抜いて掲げて見せる。

周囲を取り囲む弓兵がいっせいにツルを軋ませる。

バカ…。

「勇者様が突き立てた選定の剣だと?馬鹿馬鹿しい。勇者様は魔王と共に亡くなられたというのに」

「だっだから、自分の運命を察して最期の旅の前に用意したの!」

「はん、あの方はいつも勝利を諦める事などなかった。そんな話作り話さね」

「違うもん!私が勇者だもん!」

ヘカテリーヌがそう主張すると老いぼれ婆さんの瞳にぎらりと火花が散った。

「貴様があの方の後継だと?」

どうやら逆鱗に触れてしまったようだ。

「なあ、さっきから気になってたんだけど、あんたやけに勇者を敬ってるよな」

「当然だ、ババサマは齢3500を越え勇者と共に戦った生き証人だからな」

隣の大きい人が誇り混じりに説明してくれた。

「嘘、ほんと!?」

生粋の勇者ファンであるヘカテリーヌが婆さんに駆け寄ろうとする。

しかしその目前に矢が放たれ牽制される。

大地に刺さった矢を見て彼女は困惑した。

「どうして…?勇者は人々を守る為に戦ったんでしょ?そんな彼を知る貴方が、どうしてこんな事をするの?」

「初めに、あのお方を裏切ったのは貴様らの方じゃ」

婆さんが手を上げると俺達はいっせいにとらえられ大きな木に縛りつけられた。

「私達をどうするつもり?!」

「そのまま神樹様の養分になってもらう」

すると樹皮が延びて首に巻き付いてくる。

「あっ……あっ」

「数時間もすれば干からびているじゃろう、痛みはないから安心するといい」

そう吐き捨てて婆さんは立ち去った。

「く…そっ、先輩、魔法は……」

「駄目…力が…はいらな……」

「こうなったら…最期の手段ですね」

「ハル……シャーク?」

「私の体内には殉教用の起爆式が縫い込まれています。これを起動して周囲を吹き飛ばせば…あるいは」

「お前…そんなことしたら…」

「勇者様の為に死ねるのならこれ以上の幸福はあり得ない」

「お前の心配なんかしてねぇよ、一番近くにいる先輩はどうなるんだっていってんだよ」

「私……良いよ」

「先輩……!?」

「私…もう充分生きたから」

何を…言ってるんだ?

そんな筈はない。

あれだけ苦しんで来たくせにどうしてそんなことを言うのか。

「そんなの駄目よ」

キッパリとハッキリとヘカテリーヌは一言で切って落とす。

「全員で……いきっ残るの…!」

なんとか体を縫い止める木の枝を引きちぎろうとするがどれだけもがこうとうんともすんともいわない。

「無理に引き剥がそうとしても駄目よ」

すると木の影から一人の女性が現れた。

一度周りを確認してから足早に近づいてくる。

何かを警戒しているようだ。

「神樹様、この方々をどうか解放してください」

そして俺達を捕らえる巨大樹にそっと触れると目を閉じて念じるように語りかけた。

すると不思議なことに手足に絡み付いていた枝葉がスルスルと離れていった。

その後短剣で縄を切ってくれた。

「ありがとう、助けてくれたのね」

「あなた方は私が思った通り時魔法によって惨劇の虜にされた人々を救ってくださいました」

「もしかしてこの前助けてくれたのも…?」

女性はニコッと微笑んで頷く。

「さぁ、見つかる前に早くお逃げください」

「待って、この森に勇者の装備が隠されてたりしない?」

「……封印の鍵はババサマが持っているので…」

「じゃあ駄目よ、説得しにいかなくちゃ」

「いけません、また捕らえられてしまいます」

まあ正面からいってもしょうがないだろう。

助けてくれたこの人にも被害が及んでしまう。

「どうして……どうしてあの人はここまで人を嫌っているの?」

初めに裏切ったのは人間の方だと言っていた。

「……勇者様が魔王を御倒しになって全ての魔物は姿を消しました。しかし今の世界は…皆さんの知る通りです」

「それは魔王が力を取り戻しつつあるからじゃないの?」

「では、なぜそうなっているかご存知ですか?」

「え?」

なぜだろう、そういうものだとしか思っていなかったが…。

もし魔物が消えたのならその後は………。

「戦争か」

「その通りです」

魔物がいるから人々は結界の中でしか生きられない。

つまり外には誰のものでもない土地がごろごろしているわけだ。

そして魔族は負の感情を喰らうことでエネルギーにすることができる。

「勇者様が命を賭して救った人々は自ら魔の物を復活させてしまった。ババサマは言いました、自業自得だと」

「そんな……」

「嘆かわしい、全ての民が勇者教徒であったなら、そんな悲劇は起きなかったでしょうに」

まあ、思想の統一なんて理想論でしかないが。

平和なんて長くは続かない。その都度勝ち取っていかねばならないのだ。

「けどババサマはどうするつもりなんだ?このままだと魔王に滅ぼされちゃうんだろ?」

「なるようになる、と……」

ビートルズかよ。

ようやくわかった。つまり森の廃墟と同じだ。

自分がやったともそうでないとも言える。つまり直接手を下してはいないが見てみぬふりをしていた訳だ。

惨劇が起きてもなんの抵抗もしない訳だ。

「そんなの、絶対駄目!私やっぱり話してくる!」

ヘカテリーヌは激昂する。たぶん何を言っても聞かないんだろうな。

「すみません、こういうやつなので」

「……いえ、私も森の廃墟での惨状を目にしてから彼らを救いたいとばかり思っていましたから」

ああ、この人もあれを聞いたのか。なす術もなく殺されていく人々の断末魔の残響を。

「……わかりました、私が一緒なら話くらいはできるかも」


ドゴォーーーーーーーーンッッッ!!!


「!!!??」

突如響き渡った爆音に思わず身を構える。

どこに隠れていたのか小動物達が慌てふためき逃げ去っていく。

「何!?」

「村の方角です!」

俺達は急いで音がした方へと駆ける。

「村が……燃えている」

あちこちに煙が上がりエルフ達は叫びながら走り回っている。

ギャアアアアアオォ!

そしてモンスターの雄叫びも響いてきた。

「なぜ…?ここは神樹様に守られている筈なのに…」

「アアアアアアアアァァァ!!」

突然ヘカテリーヌが叫びながら近くを通りかかったモンスターに突進していく。

そして大上段から両断した。

そしてまた別のモンスターへと向かっていく。

その形相は危機迫るようだった。

「ヘカテリーヌちゃん…?」

この光景は見覚えがあった。

森の廃墟がモンスターに襲われた状況と同じなのだ。

あの時は何もできなかった。それと重ねているのかもしれない。

「勇者様!私もお供します!」

ハルシャークも彼女を追うように走り出した。

「!」

すると誰かが俺の手をぎゅっと握った。

「…先輩?」

「はぁ…曜…君」

先輩の顔はひどく青ざめていて汗が滝のように溢れていた。

無理もない俺だって足が震えている。

俺は先輩の手を握り返して思いの丈を伝える。

「大丈夫です、俺が絶対守ります」

先輩は唇を噛み締めながらコクンと頷いた。

「すみません」

俺は助けてくれた女エルフにはなしかける。そういえば名前を聞いていなかった。便宜上、今はエル子さんと呼ぶことする。

「ババサマはどこにいますか?」

「えぇと…、こっちです」

俺は彼女を追いかけて火の粉の中を先輩と駆けた。

そして一際大きい建物に案内されると梯子を登って中に入った。

そこではババサマが悠長にお茶を啜っていた。

「おい、今外がどうなってるかわかってるよな?」

「ラジュ、やはり裏切り者はお前じゃったか、我が娘でありながらなんと情けない…」

「情けないのはてめぇだ!なんの為に勇者が命はって戦ったと思ってる?それを無駄にする気か?!」

「無駄にしたのは貴様ら人間じゃろうが、何度繰り返そうと貴様ら自ら争いの種を産みその度に魔王は復活するのじゃ!」

「だったら何度でもぶっ倒してやりゃあいいだろうがっ!」

「何も知らぬ小僧が知った口叩くな!その度に勇敢な者が死に、怯え震えておった者だけが甘い汁を吸う、そんな事が許せるか?!」

「……それでもだっ!」

「なっ何をするっ!?」

俺は婆さんの手を引いてバルコニーへと出る。

そこからは村の惨状がよく見えた。

襲いくる火の手、絶え間なく響く悲鳴、無情に散っていく村人達。

「これを見ても、まだ何もしないって言うのかよ?」

「…………それでもじゃ」

だが元からシワシワのその顔はさらに深くシワを刻む。

心ではわかっている筈だ。いやもしかしたら……。

「あんたの言う通り俺はただのガキンチョだ、だから教えてくれよ」

「……何を?」

「あんたの失敗じゃなく、成功する方法を、勇者が死ななくても魔王を倒せる方法をさ」

「なんじゃと?」

「三千年も生きてるくせにそんなこともわからないのかよ?」

「貴様……」

「ババサマ…、ババサマが勇者様の事をどれだけ愛していたか、どれだけ彼の死に悲しんだか私にはわかりません。ですが私は次代の長として村の者に同じ苦痛を味遇わせたくはないのです」

「ラジュ……」

それっきり婆さんは黙ってしまう。

今さら簡単に割りきれないのはわかるができればさっさと決断してほしい。

するとポツリ、ポツリと婆さんがしゃがれた口で何かを語り始めた。

「遥か昔の事だ、村の飾りをアウステラ様は褒めてくださってな。それを…………守るだけじゃ」

「婆さん……」

ツンデレ乙。

「ラジュ、全兵士を招集し事にあたらせよ」

「はい、ババサマ!」

「それからそこのお前」

「え?私……?」

婆さんが指名したのはずっと側で話を聴いていた佐竹先輩だった。

「お主、精神年齢が高いな、強力な魔法が使える筈じゃ」

「せい、し……」

「確かに先輩は年をくってるがそれがどうしたんだ?」

「曜君!?」

「魔法使いは年経るごとに魔力が増えていく、体ではなく魂のな。そこでお主に頼みがある」

「?」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ