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滅びの終わり

「こんにちは」

「…待ってました」

今日は六月の第一土曜日。

約束の10分前に我が家へとやって来た先輩を部屋にあげる。

今日もやたら気合いの入った服を着ている気がする。

見た目になどまったく興味のない俺なのでお洒落な先輩ならこのくらいは朝飯前なのかもわからないが。

もう一度好きにさせてあげるから、先輩は俺にそう言った。

ここまでストレートに好意を向けられたことのない俺はどう接したら良いのか、距離感を図りかねていた。

二人連れだって異世界へと飛び立つ。

「また新しい人?」

いつもの広場に行くとヘカテリーヌがいつものように待っていた。

「始めまして、佐竹 紫摺といいます」

「私はアウステラ・リッツ・ヘカテリーヌ。よろしく」

「彼女を同じパーティに加えたいんだ」

「へー、何で?凄い人なの?」

「いやそんなことはない」

「えー」

「お前もスライム一匹倒せなかっただろうが」

「うっさい、忘れろ」

誰だって最初は初心者なのだ。

まずは冒険に出るための装備を整える為に魔法使いの専門店に向かった。

「なんか……ダサイ」

「しょうがないじゃないですか」

魔法使いのローブは古くさいのか、お洒落な先輩の御目がねにかなう物がないようだ。

「曜君は作れないの?」

「ん~…」

俺のジョブは鍛冶師であり布製品には明るくない。

師匠レベルなら金属を薄い布状に加工できるかもしれないが俺にはまず無理だ。

「あんた、なかなか見る眼あんじゃん」

と、突然の声。

振り替えると星形のサングラスをかけたやたら派手な女の子が立っていた。

「時代は常に変化するもの、古くさいファッションじゃテンサゲまっしぐら、キュートでホットなバトルもできやしないって訳よ」

見た目だけでなく口調もこの店の雰囲気とはまるで違うようだ。

「ちょっとスレザンゴ、お客様に絡んでないで店番変わっとくれ」

「うっせークソババア、その名前で呼ぶなっつってんだろ!こっち来て」

腕を引かれて先輩が連れ去られる。

俺達も慌てて後を追った。

店の奥に入って階段を上がると物が散乱した部屋にたどり着いた。

「えーと、これじゃない、これ、でもない。……これだ!」

そして山積みにされた服の中から一着を引っ張り出して先輩に投げ渡した。

魔法使いのローブのようだが店先に並んでいたものとは毛色が違うようだ。

「どう?いい感じっしょ?」

「うん、素敵だよ」

どうやら気に入った物が見つかったらしい。

「まあ、誰かさんが作った面積の少ない鎧よりましかもね」

うるせぇ。

「これ、おいくら?」

「金なんていいよ、出会えたことが宝物さ。あんたが活躍してくれればウチの評判も上がるしね」

俺は下に降りて着替えをまつ。

適当に棚を漁っているとしばらくして先輩達が降りてきた。

「どう……かな?」

ファッションの事など微塵もわからないが心から見とれてしまう程、その姿は美しかった。

別れの挨拶を済ませ店を後にする。

「後は杖かしら……」

「それなんだが…」

俺は懐から一つの包みをとり出す。

それを開けて中身を先輩に手渡した。

「これ…」

銀色の支柱に金色の網目を施した長さ30センチ程の魔法の杖。握りやすいように片方の先端が丸く膨らんでいる。

昨日のうちに俺が作ったものだった。

「嬉しい…ありがとう」

先輩は杖を胸に抱いて涙ぐむ。

喜んでもらえたのならよかった。

「…そういえば、私まだ何もつくってもらってないんですけど」

「お前は俺渾身のビキニアーマーを投げ飛ばしただろうが」

「なんか腑に落ちない…」

その後はスキルを覚える条件を満たして試しに発動してみる事にする。

「それじゃあ、呪文を唱えてください」

だだっ広い平原地帯、ここなら何かを壊す心配もないだろう。

しかし先輩はいっこうに魔法を発動しようとしない。

「先輩?」

「……っ~~~、~~~~」

なんか口をもごもごさせている。ハムスターみたいで可愛いがあれでは魔法は起動しない。

「もっと大きな声で!」

「~~~!」

先輩は意を決したように大きく息を吸い込むとそれで勢いよく声帯を震わせた。

「しゃ、灼熱を統べる蛇の王、混沌に這い寄る、堕落の…女王!今ここに…頭をたれ、我が手足となりてバンブツルテンノイシズエトナレ……」

最後の方はまた声が小さくなったがなんとか勢い任せで唱えきった。

そして空中に幾何学的な魔方陣が幾つも重なり生まれ、周囲を豪火で焼き付くした。

緑豊かな平原が一瞬で阿鼻叫喚の地獄とかす。

周囲に集まってきたスライム達が何もできずに蒸発していった。

「す…すげぇ…、凄いですよ先輩!」

思わず駆けよって賞賛を贈る。

「…………………恥ずかしい」

「え?」

「何なのこの呪文は?蛇の王って?堕落の女王って誰なの?いったい何が言いたいの?」

「いやぁ……それは…」

「えーかっこいいじゃん」

「かっこよくないよ、恥ずかしいよ!」

だから唱える前にあれだけ渋ってたのか。

「でも唱えないと使えないですし」

「そうよ、初めてであれだけ凄いの撃てたんだから、きっと才能あるのよ」

確かに、覚えたのは火炎系の初級魔法の筈だが俺のとは全然レベルが違っていた。

これが適性による差なのだろうか?

「……頑張る」

とりあえずこれで先輩の準備も整った。

改めて俺達の旅路がここから始まるのだ。

「そういえば聞いてなかったけど私達ってどこを目指しての?」

「魔王を倒すために勇者の装備(アウステラシリーズ)を集めてるの」

それで一度入ったら誰も出られないという人喰いの森を探索していたところで時魔法に縛られた村を発見して横道にそれてしまったのだ。

なので俺達は再びそこを目指す。

鬱蒼と生い茂る樹草を掻き分けながら奥へ奥へと入っていく。

「またあいつら出てこないかしら」

あいつらとはこの前森に入った時に襲ってきた正体不明の敵の事だ。

おそらく未帰還の原因はこいつらだ。

ただその際助けてくれたのも連中の一員らしく一枚岩ではないと思われる。

それに直ぐ襲ってくるわけでもないようだし、いったい何が目的なんだろう。

似たような景色が続く中をコンパスを便りに歩き続ける。

やがて例の廃墟に辿り着いた。

以前と変わらず黒ずんだ住居の名残がポツポツと残るだけの薄ら寒い空間だった。

「これ…」

「ああ、上手くいったんだな」

「…よかった」

ヘカテリーヌは眼にうっすらと涙を浮かべる。

時の呪縛に囚われたこの場所は、本来ならこの時間は過去の繁栄を取り戻している筈なのだ。

既に滅んでしまった事実は変えられないが、あの惨劇はもう二度と繰り返すことはない。

それは佐竹先輩の呪いも解けたと確定したということだ。

これでようやく肩の荷をおろせた気がする。

「!?」

その時、突然目の前にゆらゆらと揺れる何かが出現した。

慌てて腰の剣に手を添えて臨戦態勢をとる。

冷たい汗が頬を伝って落ちた。

出現した影はまるで背景がバグったように立体感がなく白く濁っている。

学校で見た物とまったく同じだった。

「何……あれ?」

「わからん」

あの時は危害を加えられた訳ではないが、だからといって油断はできない。

影はゆらゆらとこっちに近づいてくる。

「先輩下がって、魔法の用意を」

「うん……」

先輩を腕で下がらせる。

「!」

すると一体だけだった影が一つ、また一つと増殖し始めた。

くっそ…。どうする?やられる前にやるべきか?だが反撃オンリーの敵だったら…?

「……村長さん?」

隣でヘカテリーヌがボソッと呟いた。

村長、だと?

もう一度白い影をようく観察する。

確かに以前あったこの村の村長に見えなくもない。

後ろに続く影達も村の住人に思えてきた。

だが、そんなことがありうるのか?

一体どうして、彼らがこんな姿で現代によみがえったというのか。

「!……、おい!」

ヘカテリーヌがゆっくりと影達に近づいていく。

しばらく呆気に取られていたが慌てて俺も後をおう。

手を伸ばせば触れそうな距離。だが触れれば苦痛と不可思議なイメージに襲われる事になる。

「…………あ……」

白い影が何かを言ったような。

「ありが……とう」

「………」

直後影が歪む。

俺にはそれが人間の笑顔の様に見えた。

そして白い影達はほどけるようにいっせいに天へとかえっていった。

「よかったね…」

「ああ、よかった」

彼女の声は澄み渡る水面のように揺れていた。






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