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帰郷

「勇者様、もうお帰りですか?」

「何かお忘れものですか勇者様?」

行き交う町の人達の視線がいたい。

盛大に送り出してもらった手前、一日程で帰ってくるのはどうも居心地が悪かった。

家出したが泊まるところがなかった非行少年みたいだ。

「だから人の少ない夜にしようっていったじゃない、もしくはもっと一戦交えてきましたって感じを装うとか」

「無駄な見栄はってんじゃねぇよ、俺達は目的があって戻ってきたんだから」

そう、人喰いの森でであった惨劇を繰り返す村を救う為に時魔法について調べるのだ。

「それでまずは何するの?」

「王様にきく」

俺達は町のどこからでも見える立派なお城を目指す。

大きな城門まで行くと門番が声をかけてくる。

話をつけると中に案内してくれた。

城の中では狭いようなでも広いような部屋に待つこと数分。

一つあるドアが開き人影が現れた。

「すみません、父上達は今出払っていまして。自分でよければ話を聞きますよ」

入ってきたのは外交王の家系、ホリット家長男バーンズリーさんだ。

年齢はたぶん同じくらいでいつでもにこやかに笑っている人だ。

「時魔法について調べてほしいの」

ヘカテリーヌがそうきりだした。

「時魔法?確か失われた古代の魔法ですね。事情を聞いてもいいですか?」

俺達は森で起こった出来事をかいつまんで話した。

「人喰いの森から帰ってこられたんですか、流石は勇者様といったところですね、矢が放たれたということは文明が存在するんでしょうか、興味深いです」

「たぶん向こうの人が助けてくれたんじゃないかな?」

「どこも一枚岩ではないということですね……嘆かわしいことです」

バーンズリーの顔には国を背負う者の苦悩が刻まれていた。

「時魔法についてはできるだけ早く調べておきます」

「そうですか、用件はそれだけです」

以外にもあっさりと話が纏まり俺達は30分程で城を後にする。

やはり外交官の血筋なのか、バウリーグやあのレギュムとかいう王子ではこうはいかなかっただろう。

「今日はこの辺にしとくか」

次期に日も沈む。

「ならちょっと付き合ってよ」

「?」

ヘカテリーヌを追いかけて人波みを歩く。

すれ違う度に声をかけられながら進んでいくと狭い路地に入る。

右に左に、曲がりくねった道を進むと壁にポツンっと小さな扉があった。

それを開けて中に入る。

「あら、お帰り」

すると茶色い髪を肩口で切り揃えた女性が出迎えてくれる。

「ただいま」

ヘカテリーヌがそう返事をした、ということは。

「あら、その人ってもしかして」

「片倉 曜といいます。一緒に旅をさせてもらってます」

「やっぱり!ヘカテリーヌの母です~」

お母さんだったのか、あんまり似てないな。どちらかというと里美に似ている気がする。

「お父さんは?」

「寝てるわ、最近やたら張り切ってたから風邪を拗らせちゃって」

「わかった、そっとしとく」

「マ~マ~、御代わり~」

野太い声が奥から響いてきてヘカテリーヌの母そっちへ消えていった。

「こっち来て」

俺達は逆方向の階段を上る。

「うち酒場なの」

そうぼそっと呟いた。

さっきの扉は裏口だったのか。

階段を上がると二つの部屋が待ち構えていた。

ヘカテリーヌは一つ飛び越えて奥の取っ手を掴む。

その途中ドアの隙間から一つ目の部屋の中が見えた。

金髪の男性が横になっている。おそらくあの人が父親なんだろう。

痩せこけてずっと老齢に見えた。

「ここが私の部屋」

そう言ってヘカテリーヌが扉を開ける。

中を覗くと女性が着替えているところだった。

美しい金色の髪に黒の下着のコントラストが目を奪う。メリハリのある体は芸術的なカーブを描きそれは神の存在を証明するかのようなバランスだった。

「見るなー!」

後ろから羽交い締めにされる。

息が……でき……な…い。

窒息寸前で着替えが済んだらしくなんとか解放される。

「はあ……はあ……」

「まったく、貴方って誰に対してもそうなの?!」

いや、今のは俺のせいじゃないだろ。

落ち着いたら部屋に入る。

先ほどここにいた女性は部屋の隅に縮こまっていた。

そして長い髪の間からこっちを睨んでいた。

めちゃくちゃ気まずい。

「…………んとって」

「え?」

「……責任とって、……養って」

ええ…。

「体見られた…お嫁いけない、養って…」

飛躍しすぎている気がする。

どうすればいいんだこれは。

「お姉ちゃん、こいつ大してお金もってないから」

「ちっ」

なんか舌打ちされた。

「最悪……文無し野郎に裸見られるとか…死にたい」

「なんなんだこの人」

「言ったでしょ、私のお姉ちゃんよ」

「どうせ妹と違って根暗でカビ臭くて、社会のごみだと思ってるんでしょ…」

まじで正反対の姉妹だな。

「どうせ皆私のこと嫌いなんだ…」

「そんなことないよ、大好きだよ」

ヘカテリーヌは膝を抱えているお姉さんを抱き締める。

「優しさが辛い…」

重症だなこれは。

「こっちはヨウ、前に話したでしょ?私のパーティーの一員よ」

今度は俺のことを紹介する。改めて言われるとちょっと照れる。

するとお姉さんは俺を睨み付けてきた。

「この子は私を養ってくれるかもしれない人よ、怪我させたら呪う」

「お姉ちゃんは呪いに詳しいの」

「へ、へぇ~…」

反応に困るわ。

「ヘカテリーヌ、戻っているのか…?」

すると部屋の外から声が聞こえた。

風に紛れるようなか細い声だ。

「ちょっと出てくる」

そう言ってヘカテリーヌは部屋を出る。

後には俺とお姉さんだけが残された。

「………」

なにも言わないがちらちらとこっちを見てくる。

「あの」

声をかけるとビクッとした。

「さっきは、着替えを覗いてすみませんでした」

頭を下げたあと再び顔を覗くが表情は変わらない。感情を読み取るのは難しそうだ。

「妹より貧相だと思ってる……」

そんなことないと思うが。

まあネガティブなのはわかりやすい。

「あの子はスタイルが良くて優しくて努力家でおまけに勇者になってしまった。お姉ちゃんなのに私は何一つ敵わない…」

………。

「身勝手な奴は落ち込んだり怖がったりしませんよ」

傷つくのはいつも優しい奴だ。

俺はきっとここまで自分を追い詰めたりしない。

できないのは仕方ないのだと諦めて、傷つくことから逃げている。

「!」

気がつくといつの間にかお姉さんはそばに来て、その手は俺の頭の上に置かれていた。

そして優しくこする。

「なんですか?」

「あっごめんなさい、悲しそうだったから…」

そう言ってまた直ぐにうずくまってしまった。

感触を確かめるように頭に手をやるとほんのり暖かい気がした。

案外似た者姉妹なのかもしれない。

「何もできないって言いますけど、でも呪いに詳しいんでしょう?」

「誰も喜ばないし…暗いし…」

じゃあなんで詳しくなったんだろう。

「ききたいんですけど、呪いって解けるもんですか?」

「興味あるのっ?」

「えと、知り合いにそれで困ってる人がいて…」

「どういうやつ?」

はって近づいてきた。

「魔物の姿に見られる呪いらしい」

「知らない……ごめんなさい…」

また隅っこに戻ってしまった。

忙しいな。

「もしかしたら…型のない単純な願いかも…」

するとぼそっと呟いた。

「どういうことですか?」

「呪いは願いという夢幻世界のエネルギーが現実世界に影響をもたらすもの、代償行為や儀式によって願いを表明し証明しなおかつ限定することでそれを発現させるんだけど、強い意志はそれを必要としない。例えば口にするだけであらゆる厄災を引き起こせる」

「解呪する方法はないんですか?」

「呪いを解くっていうのは術者に返すってこと…、道順がわからないとやりづらい…」

「できないことはない…?」

「……………」

しかしなかなか返事がない。

やはり難しいのだろうか。

「……喋り疲れた」

「………」

「お待たせー」

ヘカテリーヌが帰ってきた。

続きはまた今度にしよう。

後ろからお母さんも顔を出す。

「今日はお夕飯を食べていってね」

「大丈夫なの?」

「勿論よ、最近はお店も繁盛してるし」

「そんなことをしている場合じゃないだろう」

そして突然割り込んできたのはお父さんだった。

「ヘカテリーヌお前は勇者なんだ。お前にはやるべきことがたくさんあるだろう、こんなところで油をうっている場合か?」

頬はこけ、手足は細く、風が吹けば倒れてしまいそうな身体。

しかし確かな意思をのせた瞳がヘカテリーヌに向けられていた。

彼女はそれを受け止めることができず、視線は宙をさ迷うばかりだ。

ふとそれが俺を通りすぎた。

「あなたお客さんの前ですよ」

父の目が一瞬俺をいぬく、だが直ぐに外された。どうやら俺に関心はないらしい。

「お前は勇者になるべくして産まれてきたんだ、お前もそれを望んでいた筈だろう。ようやくそれが証明されたんだ、それをこれからも知らしめていくんだ」

「わかったから、もう行くから」

ヘカテリーヌは部屋を出ていこうとする。

俺はそれを止めようとして、直後。

「このアホンダラァァーーー!!」

「ぐひゃっ」

お母さんがお父さんをひっぱたいた。

「実の娘にかける言葉がそれかぁ?!これから冒険にでて会える時間も短くなんだろうが!家にいるときくらいゆっくりさせとけやぁっ!!」

こえぇ…、心臓がヒュンってなったわ。

「あの…気絶してますけど」

「あら、やり過ぎちゃった♪」

お父さんは廊下でのびて動かなくなってしまった。

それを部屋に運んで俺達は食卓を囲む。

ちゃぶ台の上にはシチューのようなもの、これをパンのようなものにつけて食べるらしい。

口に運ぶと想像通りの味がした。

「ん~」

するとお父さんが唸りながら頭を上げる。

目が覚めたらしい。室内に仄かな緊張がはしる。

「あなたの分もありますよ」

「あ、ああ…」

長年連れ添った功か、お母さんはそつなく器にシチュー擬きをよそうと手渡した。

それを咀嚼しながらお父さんはボソボソと呟く。

「すまんな…、私はどうかしていたらしい……」

「ううん、大丈夫だから…」

そっけないやり取りだが案外そんなものなのかもしれない。

ヘカテリーヌも心なしか晴れやかに見えた。

「そういえば、カタクラさんとはお付き合いしているのかい?」

ブブッ。

「ゲホッゲッホ…」

「ちょっと、大丈夫?」

ヘカテリーヌが背中をさすってくれる。

「いきなり失礼ですよ」

「ああすまん、つい気になってしまってな…」

「まあ私もだけどっ、ヘカテちゃん全然そういう話ないから心配なのよね~」

「違うから!こんな奴私の好みじゃないし!」

顔を真っ赤にして反論するヘカテリーヌ。

「ちょっと、なんであんたが落ち込んでんのよ!?」

「そこまで強く否定されると…」

なんかショック…。

「う~~、…そりゃあ、少しは…頼りにしてるけど…」

「これは脈ありなんじゃないか?母さん」

「そうねあなた」

「ちっがーーーうっ!!!」

そんなわけで食事は終了した。

俺達は一度ヘカテリーヌの部屋へと戻ってくる。

改めて見ると色味のない空間だと思う。

壁も床も板がむき出しで古いものなのか所々染みのように木目が潰れている。

女の子の部屋にお呼ばれした感じはあまりなかった。

歩くと軋んで泥棒が入りづらそう。

「あんまり見るな」

恥ずかしいのかヘカテリーヌは俺の腕を小突く。

そんな素人のお弁当箱みたいな部屋の中に一つだけ目を引くものがあった。

机の上に置かれた水色の帯、いつだか俺が買い贈ったリボンだった。

あまり使っているのを見ないが、確か体育祭の後、家でパーティーをした時はつけていた気がする。

それを証明するようにリボンはシワも無く綺麗なままの姿を保っていた。

「気に入らないなら捨ててもいいぞ、それ。いや売ったほうが良いかな…」

「なんでそういうこと言うの…?」

そう呟くとヘカテリーヌは部屋を出ていってしまった。

何かまずかっただろうか…?

「それ大事にしてる…」

すると部屋の隅にいたお姉さんが口を開いた。

「汚れるから外ではあんまり使わない、使ったら、毎回アイロンかける…」

だから綺麗なままだったのか。

俺は扉を開けて外に出る。

ヘカテリーヌはすぐそこの壁に寄りかかっていた。

さてなんと謝るべきか。

「別に、全然大事にしてないし、高値で売れる場所探してるだけだし」

なんか拗ねてる。

「悪かったよ、言い過ぎた」

「意味わかんないし」

今日は強情な気分のようだ。

まあ大事にしてくれてるならそれで良いか。

「それじゃあ俺は帰るわ」

「むぅ…」

すると今度は睨んでくる。

どうしてほしいんだこいつは。

「…大事にしてくれてありがとな」

「……してない」

そのまま俺は一階に降りる。

「カタクラさん」

帰り際お父さんに声をかけられた。

「先ほどはお恥ずかしいところを見せてもうしわけありませんでした」

お母さんにひっぱたかれた時の話だろうか。

「頬は大丈夫ですか?」

「ははは、なかなか勝ち気な奴でして。しかし妻には感謝してもしきれません、私は町一番の嫌われ者でしたから」

詐欺師の娘、ヘカテリーヌはそう呼ばれていた。

きっと自分は勇者の末裔だと主張し続けてきたんだろう。

「ようやく我らの悲願が達成された。その事は嬉しい、喜ばしい事だ。だがそれをあの子に押し付けてしまった。父親失格だ」

諦めず行動し続けて、自分は駄目だったけれど娘がそれを達成した。その気持ちは俺にはわからない。

だけど俺はもう彼女の近くにいる。彼女が嫌なら無理強いはしたくない。

「娘は私に似て頑固で融通の効かない部分もありますが、どうかよろしくお願いします」

「はい」

その願いなら心から受け入れられた。

「ゲッ」

元の世界に戻るとテーブルには夕飯が並べられていた。

そういえば里美に食べてくると伝えていなかった。

しかもメニューはまさかのシチュー。

「どうしたの?曜ちゃん」

「あ、いや…なんでもない…」

その後、めちゃくちゃ食った。



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