時魔法
どうなってんだ?
昨日までここは白骨死体が住む廃墟だった筈だ!?
しかし今はたくさんの人が俺を取り囲み談笑している。
「ルル!」
「ルルじゃないルゥ。ルゥの名は」
「早くクローゼットを運ぶんだ!」
俺は飛び散った服を着ると物陰に移動する。
しばらくするとヘカテリーヌが飛び出す。
「どうゆうこと?」
「わからん」
今一度辺りを見渡すがやはりこの前とは様変わりしている。
まさか幻覚でも見ているのか?でも昨日はなんとも無かったのに。
「貴方達」
すると豊かな白髭を蓄えた老人が話しかけてきた。
「私はこの村の村長をしているものです、貴方達はいったい何者かな?」
それはこっちが聞きたい気分だが、いったいなんと答えればいいのか。
「私は勇者よ!」
と、堂々と返答するヘカテリーヌ。言いたいんだろうなぁ。
「なんと!魔王軍と戦っているというあの!?」
「こいつの事を知ってるのか?」
「勿論です、しかし女性の方とは思いませんでした。さあさあこちらへ。大したものは有りませんがもてなさせてください」
案内に従ってついていくと一番大きな建物に通される。
しばらく待っていると陽気な音楽が流れ踊り子達が舞い踊り始めた。
「いかがですか、勇者様?」
「すっごく嬉しい、ありがとう!」
「そうですかそうですか、喜んでいただけて何よりです」
その後も雑技団的な演舞や演劇など色々な催しを堪能した。
お昼時になると豪華な料理が所狭しと並べられた。
「こんなにいっぱい食べられないわよ」
「すみません、いささか気合いを入れすぎてしまったようで…」
「なら皆で食べればいいんじゃないか」
「よろしいのですか?」
「ええ、皆で食べた方が美味しいわよ」
「なんと慈悲深き御言葉、皆の衆、勇者様が食卓を囲んでも良いとおっしゃられたぞ」
ワアアアアアアアアァァ!
というわけで今度は村総出のパーティーが始まった。
「まさかここまで期待されてるなんて思わなかったわ」
「いや、どう考えてもおかしいだろ。まだ大したことしてないし」
「ご謙遜を、勇者様のご活躍はこの村にも届いておりますよ」
ご活躍…?
「例えば、どんな?」
「不死身の怪物ピャオパルポッぺプーとの死闘、敵の石化魔法を逆手にとった勝利はお見事でしたなー!」
「死神ゼクゥは真実の瞳で探しだしたとか、さすがは勇者様です!」
「卑劣な魔法使いデルリッドも皆さんの絆は引き裂けなかったんですよねー、痺れます!そういえば後の3人はどうされたんですか?」
「宵闇の騎士ドゥガとは一度破れたとはいえ皆様ならきっと倒していただけると信じています!」
そっとヘカテリーヌに耳打ちする。
「どういう事だ?」
「わかんない、でも全部おとぎ話の内容だわ」
まさか本の感想、ってな訳ないよなぁ…。
「ゆーしゃさまー、はいこれ」
すると小さな女の子が花の冠を持ってきた。
「ありがとうー」
「じゅーしゃさまも」
「…どうも」
取り合えず皆嘘は言ってなさそうだよな…。
食事を終えると俺達は村の中を歩いて回った。
「ゆーしゃさまー、あれやってー、せーこーはいっとーりょーだん!」
「こら、勇者様にわがまま言わないの!」
「ハハハ……」
取り合えず一通り回ってあることに気づいた。
「昨日の廃墟と立地が似てる」
「どういう事?」
一つ考えられるとすれば……。
「俺達は過去に来てる」
「えーーーーー!?」
「どうかされましたか?」
「あ、いえ………そんなことあり得るの?」
「わからん」
「時魔法だルゥ」
「時魔法?」
「その名の通り時を操る魔法だルゥ」
「そんなものあるのか?」
「この時代よりもっと以前に消失したと言われているルゥ、でも原理的に怪しいルゥ」
確かに時を操るならどんな未来にだって伝えられる筈だ。
「でも、どうして私達が過去に来ないといけないの?」
「それは…」
なんでだろ?
カーンカーンカーン。
すると突然鉄をうったような音が響く。
「何?!」
「敵襲だー!魔物の群れだー!」
魔物だって!?
「勇者様!」
すると村長さんが走りよってくる。
「どうか、貴方様のお力をお貸しいただけませんか?」
「当然よ!」
「おい、お前はこの時代じゃ……」
「そんなの関係ない、困ってる人達を放っておけないわ!」
まあそう言うだろうな。
「すみません、できれば一緒に戦って欲しいんですけど」
「勿論です、村を守るのは私達の務めですから」
グギャーーオギャーグギャース!
不快な雄叫びが聞こえる。もうすぐそこまで来ているようだ。
「行くわよ!」
ヘカテリーヌは聖剣を抜いて走り出す。
そして木々の間を抜けてきたモンスターに斬りかかった。
「え?」
しかし攻撃は外れた。
いや、当たった、しかしすり抜けた。
ヘカテリーヌの体ごと素通りして何事もなかったかのように村に侵入した。
「もう一回!」
彼女を無視して通り過ぎていく魔物達に何度も剣を叩きつけるがやはり触れることすらできない。
それは俺も同じだ。
けど村の人達は違った。
魔物の群れは壁を砕き柵を燃やし、肉を裂く。
村そのものが悲鳴をあげるようにそこかしこで惨劇が繰り広げられる。
「やめて!やめてよ!…どうして」
必死に剣をふるうヘカテリーヌ。だが無意味だ。
「勇者…様…助け」
グシャグシャ。
花冠をくれた女の子が目の前で肉片になっていく。
「ああああーーー!?!」
必殺剣をねだった男の子が母親を守ろうと木の棒をふるう。
だが母親ごと火に焼かれる。
「なんということだ、なんということだ……」
村長が動かない村人を抱いて悔恨の呟きをこぼす。
「勇者様…どうか…お救いくださ」
そして後ろから一飲みにされた。
俺はそれらをただ黙って見ているしかなかった。
燃える村の中を歩いて、膝をつくヘカテリーヌを見つけた。
そこいらを走り回ったのだろう、汗と泥にまみれているが返り血一つ浴びていない。
その瞳からは大粒の涙が溢れていた。
それはそっと屈むと彼女を抱き寄せた。
「助けたかった…」
「わかってるよ」
「いっぱい、いっぱい走って…」
「わかってるって」
「なのに…全然当たらなくて…」
「わかってるから」
「皆、助けてって言ってたのに…、私、勇者なのに…」
「全部、わかってるから、お前のせいじゃない」
「あああああああぁぁぁ……」
そして不思議な事が起こった。
やがて悲鳴が聞こえなくなった頃、魔物達は忽然と姿を消し。
村の周りには樹木が生い茂り、いつの間にかそこは元の廃墟に戻っていたのだ。
俺はぐずり続けるヘカテリーヌをあやしながら辺りを観察する。
俺達が過去に戻ったんじゃない。
この場所が過去を再現していたんだ。
たぶん一度だけじゃなく何度も。
この惨劇を繰り返している。
「んん……ん…」
やがて泣き止んだヘカテリーヌが立ち上がる。
「私…どうしたらいい…?」
「………やっぱり、時魔法が原因なのか?」
どうしてだろう、その言葉を聞くと妙な気分になる。
大事な何かを忘れているような…。
「ヨウ?」
「何でもない、ルル、どう思う?」
「時魔法は失われた古代魔法だルゥ、けどどこかにヒントがある筈だルゥ」
「どこかって?」
「知らないルゥ」
肝心な時に役に立たない獣だ。
「なら探しましょう」
「そんなことしてる場合じゃないルゥ」
「勇者の装備を探すんじゃなかったのか?」
「うん…でも、心配でそれどころじゃないもの」
それも勇者の素質か。
「もしかしたら何かの手がかりになるかも知れないしな」
「やれやれルゥ…」
情報を集めるなら先ずは森を出たほうがいい。
「ん?」
しかし通り道に張っていたロープが無くなっていた。時越えの影響だろうか?
「木に描いた印も無くなってるわよ」
まじか。
「しょうがない、ルル、木の上まで飛んでいって方向を確かめてくれるか?」
「仕方ないなルゥ…」
ぼやきつつ飛んでいく聖なる獣。
「ルーーーー!?」
だがそれを横切る影が打ち払った。
「ルル!」
力尽きて落ちてくる聖なる獣。
ヘカテリーヌが両手で抱き抱える。
「ん…ルゥ…」
どうやら息はあるらしい。
「何っ?!」
「わからん!」
だが何かが攻撃してきたのは確かだ。
「!?」
再び影が横を通りすぎる。
しかし正体がわからない。
その後も俺達を取り囲むように影が右往左往に動き回る。
「危ない!」
俺は片手でヘカテリーヌを抱き寄せる。
直後にそこを影が通りすぎた。
着実に俺達を狙ってきている。
このままだとじり貧になる。
「いったいなんなの?!これが人喰いの森の正体なの?!」
森事態が俺達を喰らわんと襲ってきているのか。
だがそれにはどうも違和感を感じる。
俺の直感が影の正体を一つ浮かび上がらせていた。
「…矢だ」
この感覚、トーレンスさんと戦った時と同じ、俺達は獲物で、まるで死に歩かされるように追い詰められている。
「気をつけろ!毒が塗ってあるかもしれない!」
あの人はそう言っていた。
「そんなこと言ったって、逃げ場なんかないわよ!」
影は空間を支配している。
高速で飛来する矢は檻のように隙間がない。
そして徐々に狭くなっている。
たぶん一人じゃないな。
「ええい、こうなったら…」
「やめろっ」
相手を刺激すれば死を早めるだけだ。やるなら確実な一撃じゃないと…。
「?」
ふと、視界の端で何かが動いた。
敵か?
いや、木々の間に見える影からは何も放たれる様子はない。
それどころか手を扇いで誘っているように見える。
いったい何者なのか。
ええい、どのみち他に頼りはない。
「ヘカテっ、手ぇ放すなよ!」
「え?え?」
俺は手の平に集中し強く自分の胸を撃った。
『通打』
「いやあああああああぁぁぁぁーーー!!?」
衝撃で押し出された俺の体は宙を舞う。手を握ったヘカテリーヌもいっしょにだ。
そして木々の間を抜けて盛大にヘッドスライディングをかます。
「すぐに立って走れ!」
俺は飛び起きると辺りを見る。
さっきの影が遠くで手招きしている。
俺は何も考えずにそれを目指して走った。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
そして息もかすれる頃俺達は森から飛び出した。
「助かったの…?」
「…たぶんな」
いったい、あの影は何者だったのか。
きっとこの森にはまた来ることになるだろう。その時に会えるような気はする。
「いったん王都に戻ろう」
こうして俺達の旅は新たな目的を携え振り出しにもどるのだった。




