旅立ち
体育祭の次の日、俺はヘカテリーヌとの約束の通り異世界に来ていた。
そこかしこに新しい勇者を讃える旗が揺れていて、以前きた時とは別世界のようだ。
本当にヘカテリーヌが勇者だと認められたのだと実感する。
勇者の装備を探す旅に出るらしいがいったいどんな事になるのやら。
とりあえず俺の足は習慣のように師匠の元に向かった。
ガツン。
師匠はいつも通り一度叩いただけで最高級の武器を錬成する。
俺は数十分叩き続けなければならない、ああなるにはいったいどれだけ鍛えねばならないのかと身震いする。
完成した剣をいつもの通り壁にぶっ刺してベンチに腰かける。
「また駄作ですか?」
「見りゃわかんだろ」
わかんねぇよ。
俺の最高傑作であるビキニアーマーの数段上の筈だ…。
ふと、俺はずっと気になっていることをたずねた。
「師匠は誰の為に剣をうってるんですか?」
前に師匠はいった。金槌を振るうとき、鍛冶師は使用者の事を考える。
そうすれば武器に魂が宿ると。
もし本当に師匠の作品が駄作ばかりなら、足りないのはその部分なんじゃないかと。
「ひよっこが知ったような口きくじゃねぇか」
ギラリと睨まれる。
落ち窪み年期の入ったその眼窩には剣のように研ぎ澄まされた瞳がはまっている。
それは鋼を溶かす窯のような熱を放っていた。
「俺が剣をうつのは俺のためさ」
鍛冶師は剣をふらない、ふっても剣士には敵わないと師匠は言った。
逆に剣士は剣をうてない。
だから一人では一人前になれないと。
どうも矛盾している気がする。
けれど、それ以上突っ込むのはやめた。
「勇者の装備ってそんなにすごいんですか?」
なので話題を変える。
「ああ、ありゃあすごいな」
師匠があっさり認めてしまうほどのものなのか。
「けど、使うやつを守れねぇような装備は駄作だ」
「守れなかったんですか?」
「勇者は魔王と相討ちで死んだからな」
そうだったのか、そういえばその辺の詳しい話を聞くのは初めてだった気がする。
「そんな装備を嬢ちゃんに使わせて良いのか?」
「え?」
「同じ結果になるかもしれねぇぜ」
それは嫌だ、と直ぐに心は叫んだ。
だが師匠が認める装備を越えるものなど存在するのかと、少なくとも自分には造れないと頭では理解していた。
「師匠は、グラナさんは、造れるんですか?」
「無理だ、俺は嬢ちゃんがどうなろうと知ったこっちゃねぇ」
ヘカテリーヌにとって最高の装備を造れるのは彼女の事を心から想える鍛冶師。
「造りたいとは思わねぇか?」
「今の俺には……とても…」
「そうか」
きっと勇者の装備を作った鍛冶師は彼の無事を心から願ったと思う。
それでも勇者は帰ってこなかった。
きっと誰よりも哀しかった筈だ。悔しかった筈だ。自分が許せなかった筈だ。
遥か高みにいる人物ですらそうなのだ。
それと同じ業を俺が背負えるのか。
「忘れるな、俺が今までとった弟子は二人だけ、その片割れがお前だ」
「……はい」
今はできることをやるしかない。
噴水の前で待ちぼうけていると一台の馬車がやって来た。
「カタクラ殿ですね?こちらへ」
馬車に乗り込むと街道をガタガタと走り出す。
やがて大きな門をくぐりお伽の国へ迷い混んだようなお城へと招待された。
メイドさんに導かれて豪華な通路を抜けると一際広い部屋へとたどり着く。
そこではヘカテリーヌが老騎士と木の棒をぶつけ合っていた。
「はあっ!」
繰り出される棒を老騎士はすいすいといなしていく。
そしてヘカテリーヌがバランスを崩したところにきつい一撃を入れた。
「この程度では魔王どころか幹部にすら軽く一捻りですな」
「まだまだぁ!」
「グスダフ様、そろそろ…」
「おお、もうそんな時間か」
メイドさんが声をかけると二人は動きを止め部屋を出ていく。
しばらく待つと服を着替えたヘカテリーヌが入ってきた。
「行きましょう」
更に歩くと今度はもっと広い場所に出た。
さっきの部屋とは違いきらびやかな装飾が空間を彩る圧巻の室内。
そこに三人の男が鎮座していた。
一人はよく知っている。
軍事王リッヒデンバーグ。今日はいつもの鎧ではなく布の服をまとって頭には王冠をのせている。
この国を治める三人の王の一人、ということは……。
「よく参られた、勇者ヘカテリーヌとその従者よ」
ああ、俺はそういう扱いなのね。
中央のふくよかな男が厳かに声をあげる。
そして右の神経質そうな男が続いた。
「これよりそなたらは勇者の足跡を辿り魔王討伐の準備を整えよ」
そして最後を軍事王様がしめた。
「これは全ての人類を救うための勅命である」
すると横からもう三人の男達が出てくる。
バウリーグにバーンズリー、もう一人は知らん。おそらく王様の嫡男達だろう。
「これを」
それぞれが豪奢な箱を抱えており中身を差し出してくる。
「ホリット家からは王の代行であるという証明書を、これがあればどの国でも国賓としてもてなされるはずです」
「グレム家は旅先でも困らない魔法のトイレを」
妙に現実的、さすが軍事王。
「ティロン家からはこちらを」
「ぎゃーーーーー!?!」
最後の王子が箱を開けると中から変な生き物が飛び出してきた。
悲鳴を上げるヘカテリーヌ。
「はっはっは、これくらいでびびってて大丈夫かよ!」
「レギュム!!」
神経質そうな王様が立ち上がって叫ぶ。
「貴様、まともに式典に参加したと思ったらこれか!」
「騙される方が悪いのさ!うわおっ!?」
「避けるな!」
ヘカテリーヌが剣を振り回す。
「こっこまでおいでー」
「逃げるなー、卑怯者ー!!」
そのままレギュムと呼ばれた男は部屋を出ていってしまった。
「すみません、あいつはああいう男ですから…」
「まったく、嫡男としての自覚が足りん」
お前も似たようなものだったけどな、バウリーグ。
「あー、うぉっほん、そういうわけだ勇者よ健闘を祈るぞ」
真ん中のふくよかな王様が無理やりこの場を収めた。
「まったく、なんなのかしらあいつ」
「まだ怒ってんのか」
「あったり前でしょ!せっかく勇者としての門出の時だったのに!」
なるほど、合唱コンクールで女子がちゃんと歌ってよ男子って怒るのと同じか。
ちょっと違うか。
そして俺達は町へと戻ってきた。
「で、行くあてはあるのか?」
「うん、北に行ったところに人喰いの森っていうのがあるの、入ったら二度と戻ってこれないんだって」
マジかよ……。
「魔王復活まであまり時間がないルゥ、きびきび行くルゥ」
俺達は外界に出る門を目指す。
「あっ、勇者様ー」
「勇者様頑張ってください!」
すると町行く人に声をかけられる。
それに手を振るヘカテリーヌはとても嬉しそうだ。
人々の往来を見守る巨大な門、そこでは人影が待っていた。
「麗しき勇者よ、貴方の聖なる旅路に私目をお供させていただけませんか?」
突然ひざまづいてそう懇願するのは、勇者教の戦闘部隊隊長ハルシャークだった。
その登場にヘカテリーヌはお年玉が思ったより少なかった子供のような顔をする。
「今さらなんなの?さんざん私の事をけぎらいしておいて!」
「おお、貴方様のお怒りはもっともです。あの頃の自分をどうにか八つ裂きにしたい。ですが我々勇者教は貴方を真の後継者だと認め私も心を入れ換えた次第です。どうか汚辱を晴らす機会をお与えください」
そう言って頭を垂れるハルシャーク。
「どうすんだ?」
「勇者様に馴れ馴れしく口をきくな!」
「………」
「…勇者教なんて信用ならないわ」
まあいきなり手のひらかえされても扱いに困るだろう。
しかし戦力が心もとないのも事実だ。
「わかった、なら先に人喰いの森に行ってもらえる?」
「わかりました!」
ハルシャークは一目散に門を飛び出して行ってしまった。
「さっ邪魔物は消えたし私達も行きましょう」
お前どんだけ勇者教嫌いなんだよ…。
そして俺達も巨大な門をくぐろうとする。
その時耳がちぎれるような大きな祝砲が鳴り響いた。
「何!?」
「皆の者よく聞けー!勇者様のお通りだーーー!!」
どこからか声が聞こえる。
上を見上げると門の上に誰かがいる。
「あっあいつ!?」
よく見るとティロン家王子レギュムが何かを小脇に抱えて立っていた。
「旅立ちは派手じゃねぇーとな、それっ!」
首にかけた何かを撫でるとこれまた大きな音が響く。
それを合図に横合いから様々な楽器を持った集団が現れこぎみよいメロディを奏で始めた。
それに合わせて民衆も踊り出す。
「何?どういうこと?!」
「行こうぜ、たぶんそれで良いんだ」
俺はヘカテリーヌの手を引いて門を出る。
「フィナーレだ、いこうぜ野郎共ぉ!!」
そして俺達の背中を押すようにこれまでで一番の爆音がパレードを締め括った。
そして今はスライムの群れに追いかけられていた。
「いったん町に戻ろう!」
「嫌よ!あんなに盛大に出てきたのに!!」
どうせ俺は明日には戻るんだが。
「修行の成果を見せて上げる!」
するとヘカテリーヌは立ち止まってスライム達に立ち塞がる。
そして聖剣を掲げると刃が雷をまとった。
『天鳴斬』
迸る稲妻がスライム達を切り裂いた。
「おー」
ぱちぱち。
「どんなもんよ!」
渾身のピースサイン。
初戦にしてはまずまずではなかろうか。
「まだくるルゥ!」
「何匹来ても同じよ、たたき斬ってあ…げ……」
スライム達はより集まり巨大な個体として襲ってきた。
「おい、何匹来ても同じなんだろ!?」
「あれは無理ーー!!」
巨人ともみまごう大きなスライムが俺達を飲み込もうと迫る。
「おいルル、何か手はないのか!?」
「スライムは水の魔物ルゥ、水の性質を残しているルゥ!」
水…水…。
「ちょうど良い、このまま森まで走るぞ!植物の多いところなら追ってこないかもしれん!」
そんな訳で俺達の旅は始まったのだった。




