打ち上げ
普段、慎ましくも穏やかな時間の流れるうちの食堂に今日は珍しく喧騒がやって来ていた。
打ち上げと称して物珍しさに我が家を物色しに来たFクラスのメンバーが占拠しているのだ。
「すごーい、どうなってんのー?」
「ホッホッホ、どうなってるでしょー」
ここぞとばかりに女子高生相手にハッスルするジジイ。
魔法を見せびらかしてんじゃねぇ。
「伊達さんの料理来ましたー」
「おおー!」
「片倉は毎日こんなの食ってんのかよ」
「ちょっとー、私達も手伝ったんですけどー」
「どうせ皿洗いとかだろっ」
「なにおー」
他の面々は歌を歌ったり王様ゲームをしたり思い思いに騒いでいる。
家主であるところの俺はそんな様子を隅っこの方で眺めていた。
「楽しんでるか?」
「そう見えるか?」
駆流がトイレのついでに話しかけてくる。
「そんなに伊達さんが気になるか?」
「……そう見えるか?」
「見える、ずーと目で追ってるだろ」
「それを把握してるお前は何者だよ」
「ふっ、俺の右目は千里を見通すのさ」
「お前の画いてた漫画、新田さんに見せてやろうか」
「なぜそれをお前が持ってる!?」
確かに気にしてないといえば嘘になる。
今も不貞の輩が里美にちょっかいを出す声が聞こえている。
「伊達さんってさー、片倉と付き合ってんの?」
「……ううん」
「じゃあ、俺と付き合っちゃう?」
「あんた彼女いるでしょー」
「冗談だって~」
「おい、顔が怖いぞ、曜」
「今なら神でも殺せそうだ……」
だが、あくまで里美は楽しそうだ。
「珍しいよな、あんな伊達さん初めて見たかも」
「昔はあんな感じだったよ」
「そうなのか?」
子供の頃はけっこうやんちゃでよく笑うやつだった。
今のようになったのは両親が亡くなってから。
もしかしたら記憶が消えたせいであの頃を思い出したのかもしれない。
俺が戻ってほしかったあの頃に。
なのに今はどうも落ち着かない。
「何騒いでんの?」
「見りゃわかるだろ、打ち上げだよ」
「パーティー?なのにあんまり楽しそうじゃないわね」
「お前には関係ないだろ」
そうだこれは俺達の問題でこいつには何の関係もない。
「なあ曜、さっきから話してるその子、誰?」
「誰って、ヘカテリーヌだけど…」
ん?ヘカテリーヌ…?
「お前、なんでここに?!」
「ゲートを抜けて来たのよ、てゆうかなんで裸になるわけ?!」
それは俺も知らん、てかなんで勝手にきてんだよ。
「おい誰だよその子」
「めっちゃきれー」
すると騒ぎを聞き付けた奴等が寄ってきた。
「何この人達、あんたの友達?」
「はいそうです!」
まじかよ、周一で挨拶くらいしかしてないのに?
「お名前は何て言うんですか?」
「ヘカテリーヌだけど」
「どこの国から来たんですか?」
「アウステラよ」
「へー聞いたことない」
たちまち質問攻めにされるヘカテリーヌ。あっという間に話題の中心になってしまった。
「彼氏はいるんですか?」
「恋人のこと?今は…いないけど」
「はいはーい、じゃあ俺が立候補していいですか?」
「節操ないねあんた」
「貴方、私のことが…好きなの…?」
恥ずかしいのか指をしきりに添わせるヘカテリーヌ。おいおい、本気にしてんじゃないだろうな。
「はい、一目惚れしました!」
「えと……、それじゃあ」
「ストップ、ストップ!」
慌てて止めに入った。
「なんだよ片倉」
「こいつ日本に来たばっかで冗談とかわかんねーから!」
そう言ってそのまま二階に連れ出す。
「あほか、あんなん嘘に決まってんだろ」
「でも、好きって言ってくれたもん…」
「ヘカテリーヌ、俺はお前が好きだ」
「…ほんとに?」
「だから嘘だって」
「馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿ぁ!!」
ボカボカと殴られる。めっちゃいたい。
「第一、会ったばっかで好きとかそっちの方が馬鹿だ」
「むぅ…」
まったく油断も隙もあったもんじゃない。
「しかし人を信じるのも勇者の素質だルゥ」
するとヘカテリーヌの胸の間から変な毛むくじゃらの生き物が飛び出した。
「なんだ、こいつ…」
「こいつとは失礼な。ルゥは勇者をリードしサポートしコンサルタントする聖なる獸。ルークトライト・エボッシクルフ・ジャンジェラス・アセフィーユム・バッポナイトス・ルークトライデン、だルゥ!」
よく一息で言えたな。
「長いから『ルル』でいいか?」
「よくないルゥ!」
だって長いし…。
「なんだ、こいつ?」
「だから勇者をリードしサポート」
「聖剣に封印されてたんだって」
封印って…悪い奴なんじゃないのか?
「ルゥは勇者を導くために使わされた守護獣だルゥ」
「導くって、具体的に何するんだ?」
「勇者アウステラの装備を集め、もうじき復活する魔王を倒すんだルゥ!」
魔王が…復活…?
「大変じゃんか」
「だからそう言ってるルゥ」
「それで勇者の装備はどこにあるんだ?」
「知らないルゥ」
使えねぇ。
「だから探しにいこうと思うの」
そうか、ようやく冒険者らしく旅に出るんだな。じゃあしばらく会えなくなるというわけか。
「それで…もしよかったら、一緒に行かないかなって…」
ヘカテリーヌは言いづらそうに呟く。
もしかして今勇者のパーティーに誘われてる?
「俺でいいのか?役にたたんだろ」
「そうだルゥ、下にいたサトミとかいう女の方が余程戦力になるルゥ」
「………」
「ううん、嫌ならいいのそれだけ…」
そう言ってヘカテリーヌは背を向ける。異世界に帰るつもりなんだろう。
「待てよ」
「?」
「しばらく会えないんだろ?ならもう少し寄ってけよ」
俺は彼女を連れて一階に戻る。
「お、戻ってきた、何話してたんだよ」
「やっぱ付き合ってんだろぉ?」
「実はそうなんだ」
「「「!?!」」」
一瞬時が止まったように静寂が下りてくる。
これなら変なちょっかい出すやつもいないだろう。
「ほら、行ってこい」
「よ、よろしくお願い…します」
「まじかよー、片倉にこんな素敵な彼女がいたなんて!?」
「ねぇねぇ、なんで付き合おうと思ったの?」
「えと…優しい…から?」
「キスとかした?」
これで里美に絡むやつも減るだろう。まさに一石二鳥。
「おい曜、さっきの話ほんとか?」
「嘘に決まってるだろ、他のやつには内緒な」
「内緒って…伊達さんは?」
あいつならこれくらい見抜くだろう。
ちらっと確認したが、向こうは別を向いてて表情はわからなかった。
「そのリボンかわいいねー」
「うん、ヨウが買ってくれたの」
そういえば今日は普段つけていなかったリボンをつけている。何か心境の変化だろうか。
俺達の関係を補完できたから結果オーライだけど。
「ヨウー、王様ゲームだってー、一緒にやろー」
するとヘカテリーヌが俺を手招きする。
仕方ないな…。
「私も入れて」
すると里美も入ってきた。
なぜか隣の駆流は震えていた。
「「王様だーれだ」」
「俺だ、じゃあ三番が好きな人を発表する」
「私ね」
指命されたのはヘカテリーヌだ。みんなは当然誰かさんの名前があがるのを待っている。
「好きな人はもちろん、勇者…」
ガツン。
机の下でヘカテリーヌの足を蹴飛ばす。
「ゆ、ゆう、じゃなくて、やっぱりヨウかしら!」
「そりゃそうでしょ」
「ヒューヒュー」
「見せつけてくれるなー」
あぶねぇ。
「「王様だーれだ」」
「お、俺だ」
選ばれたの駆流だ。
「じゃあ五番が一番の良いところを三つ言う」
五番って俺じゃん。
「私一番」
「またカップルかよー」
「いい加減にしてくれ」
知るか、王様に言え。
ていうか良いところか…、恥ずかしいな。
「諦めの悪いところ、素直なところ、…頭の悪いところ、いい意味で」
「ちょっと!最後の悪口でしょ」
「いや、いい意味だから」
「いい意味って何」
「はいはい痴話喧嘩は他所でやってくださーい」
「いい加減砂糖吐くわ」
別に普通のやり取りだと思うが、カップルだという前提でそう見えるのか?
メキィ。
「ごめんなさい、折れちゃった」
するとなぜか里美の持っていた棒が折れてしまった。
「怪我してないか?」
「うん」
新しいものと取り替える。
なぜかその間駆流は謝り倒していた。
その後も告白したり。
「駆流、愛してるぜ」
「俺もだ曜!」
葛西さんがいなくてほんとよかった。
赤ちゃん言葉でしゃべったり。
「伊達 里美でしゅ、しゅきなもよはりょーりバブ……」
何かいけないものを見ている気がする。
体をくすぐったり。
「あっ、そこはダメだよサトミ…」
「………」
女の子どうしも、いいよね。
そんなわけでゲームは次々に俺たちを羞恥の谷に突き落としていった。
これ、楽しいか?
「そろそろお開きにしよーぜー」
そして妙な疲れが体を襲う頃ようやく打ち上げというなの騒ぎは無事終了したのだった。
「楽しかったー」
「それはよかった…」
ごみは各自持ち帰ったので今はちょっとした後片付けをしているところだ。
「同年代の子とこんなに遊んだの初めてだよ、ありがとう、曜」
ヘカテリーヌは本当に嬉しそうだ。それなら無理をしたかいもあるというものだ。
「これで、心置きなく旅立てる」
「………」
彼女がいくと言うのなら止めても無駄なのだろう。元からそのつもりもないが。
「どこかいくの?」
すると里美が聞き付けてきた。
「なんでもない…」
俺はヘカテリーヌを二階に連れて行く。
「やっぱり、サトミには黙ってるの?」
「ああ、あいつを危険な目に合わせたくない」
「…私なら、いいの?」
「え?」
ふいに思考が止まる。そんなことをきいてくるとは思わなかった。
「お前は勇者だろ、けど里美は…」
「あなたも見たでしょ、あの子のすごい力を…」
「でも限界まで頑張って、頑張りすぎて、結果記憶が消えた。頼むよ、俺にできる事ならなんでもやるから…」
「…なら、旅についてきてくれる?」
「…土日だけなら」
「わかった、それでいいわ」
なぜここまで俺を誘うんだろう。もしかしたら彼女も心細いのかもしれない。
その後異世界へと戻っていった。
俺は放心したまま一階へと戻る。
「大変じゃー、JKを酔わせようと思って酩酊の魔法をかけた水を里美ちゃんが飲んでしまったー!?」
「何をやってんだおめーはぁーーー!!」




