祭りと後
「まさかあんたが犯人だったとはな、新田さん」
俺は驚きを隠せない彼女を睨みつけながら教室に入る。
「なっ、なんのこと!?私は、たまたま通りかかっただけで…」
「言い訳はやめてくれ、これ以上幻滅したくない」
「そっちこそ言いがかりは止めてよ、そもそもなんの犯人だっていうの?」
「……」
俺は教室に置いてあった借り物競争のお題カードの一つを手にとり封を開けた。
すると中からある筈のないものが出てくる。
「剃刀か、また古典的な」
「そ、そんなもの、私は知らない……」
「いい加減にしろっ!!!」
「ひっ…」
俺の恫喝に新田さんは腰が抜けたのか尻餅をつく。
「駆流は、あんな恥ずかしい思いをしてあんたを助けたんだぞ!それをこんなものを仕掛けて、恥ずかしくないのかっ!!」
借り物競争の際、カードは上から順に置いていく。だからおおむね誰がどのカードになるか把握できるのだ。
そして剃刀の出てきた封筒は駆流が開ける筈だったものだ。
そしたら指を切り裂かれていただろう。
今会場で最も注目されている男がそんなことになったら、当然大問題に発展するだろう。
「うるさい…」
「?」
「うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい!!!」
すると突然新田さんも絶叫しだす。
「何が助けたよ、元はといえばあいつが勝手に盛り上がってただけじゃない。何が恥ずかしいよ、いつも下らないことで騒いでるじゃない!そうやって助けてやったって善人ぶりたいだけでしょ!あんただって茂庭の引き立て役の癖に調子にのらないでよ!!」
捲し立てる新田さん。
俺と駆流ってそんな風に見えてたの!?ちょっとショック…。
「それで…体育祭を潰そうとしたのか?」
「違う…」
この期に及んでまだ認めないつもりか。
「私は…敵を…とりたかったの…」
「敵…誰の…?」
いつの間にか新田さんの瞳には涙が浮かんでいた。
そして、ぽつりぽつりと真相を語りだした。
「去年の体育祭で…お兄ちゃんは…告白されて…、でも、それは嘘だった…」
例のジンクスを逆手にとったいたずらだ。
「お兄ちゃんはOKして…それで…からかわれて、今も部屋から出てこない…」
「だから体育祭をめちゃくちゃにしたかったと…?」
「そうよ!!こんな下らないイベントなんて無くても誰も困らないじゃない!!」
「あんたのお兄さんと、体育祭と駆流は関係ない」
「!」
悪いのは人の気持ちを、誠意を、ふざけて弄んだ奴だ。
「もういいわよ…、警察でもなんでもつれてけば…」
いい加減ぶちギレそうだ。自分が何をしたのかこいつの脳みそに刻み込んでやりたい。
「その辺にしとけよ」
「!」
すると教室の外から声がした。
振り替えると入口に駆流が立っていた。
「俺の為に怒ってくれたんだろ?ありがとな」
そういうと新田さんの所へ歩いていく。
「茂庭…君…」
そしてしゃがみこんでこう続けた。
「俺は、貴女が好きです」
「え…」
手をとられた新田さんは呆気に取られる。
「駆流、そいつは…」
「曜、伊達さんが何か悪いことをしたらどうする?」
「しない」
「まあ、そうだろうけどさ、例えばだよ例えば」
里美が悪さをしたら、それでもきっと俺はあいつの側にいるだろう。罪を償って一緒に背負って。
「そういうことだ」
「そういうことって…」
全然違うと思うが…。
「止めてっ…」
しかし新田は駆流の手を振り払う。
「どうせ私をからかってるんでしょ!あんたみたいな人気のある人が私なんか好きになる訳ない!」
「中学の頃は全然ちがかったよ」
駆流はぽっけからスマホを取り出して何事か弄ると画面を新田に見せた。
「これ…片倉…」
なんで俺の写真見せてんだよ。
「そのとなりにいるのが俺」
「嘘…」
「嘘じゃないって、俺高校デビューなんだよね」
「嘘…」
「だから、君を好きになってもいいでしょ」
「嘘…、嘘…」
新田さんの両の目から大粒の涙が溢れる、ようやく自分のしたことを理解したらしい。
「ごめんなさい……」
「いいって、理由があったんだろ…?」
「違うの…告白の返事…ごめんなさい…」
「…え」
まさかの逆転満塁被本塁打。
「こんな私じゃ…釣り合わない…」
なんだ、そういうことか。
「なら俺が合わせるからさ…、髪染めんのもやめるし、無駄にでかい声も出さない」
「でも……私…悪いことして…」
「一緒に謝る」
「でも…体育祭でこんなの…お兄ちゃんは…嫌な思いしたのに…」
もうこれ遠回しに拒絶されてるんじゃないのか?
しかしそれでも駆流は自棄に引かない。
「ならまた今度伝えるから」
やがて新田さんは何も言わなくなった。
しつこい男は嫌われると聞いたことがある。
だがそれ以上に乙女心は複雑怪奇らしい。
俺は手に持つカメラを操作してさっき撮った画像を消去した。
「俺と付き合ってください」
人の心は見えない、わからない。
それでも伝えたいのならやっぱり言い続けるしかないのかもしれない。
俺は教室を後にする。
「……はい」
もう写真は必要ない、その代わり心のメモリーに記録した。
『さぁー始まりました、午後の部最初の競技は借り物競争!選手達は一生懸命探すので会場におこしの皆様はどうかご協力お願いします!!』
「頑張れー駆流ー!」
「今回は真面目にやれよー!」
うちのクラスからは駆流と里美が出場している。
『それでは第一レース、よーい………どんっ!!』
わああー、わああー!!
ランナーが一斉にお題の書かれたカードに群がる。
そしてそれぞれ散らばっていく。
だが一人立ち尽くしていた。
「プロティンなんて誰が持っとるんじゃー!!」
「また試合放棄かー?」
ハハハハハハハハ……。
まあ相馬辺りが持ってるだろう。
そして対照的にまっすぐこっちに向かってくる影が一つ。
「曜ちゃんっ」
里美は手を伸ばしてくる。
「お題はなんだったんだ?」
「………内緒、一緒に来て」
俺の手をとると引っ張って走り出した。
まあ、中身は知ってるんだけどさ、用意したの俺だし。
他意はない。
『一着はFクラス伊達選手ー!ちょっとインタビューしてみましょう!』
『男子生徒をつれてきましたがお題はなんだったんですか?』
『え…』
答えを渋る里美にインタビュアーは無理矢理お題が書かれたカードを引ったくる。
『優しい人ですかー、優しいんですか?』
『は、はい……』
俺も恥ずかしい………。
そしてその後も一日が慌ただしく過ぎていく。
「やっぱ逆転はむずかしそうか…」
「お前が時間切れになったせいだろ、せっかく里美が一位だったのに」
「しょうがねえだろ、あのお題はー、この人全然優しくなーい」
俺の優しさは里美限定だから。
「ていうかもう優勝はいらないだろ」
既に目的は達成できた筈だ。
「それはそうだけど…彼女できて優勝もできたら…、素敵じゃん?」
うわっうぜぇ。
これはムカデ競走で転ぶしかないな。
しかし実際に転んだのは現在全体一位のEクラスだった。
俺達は2位でまずまず。
この時点でAクラスを抜いて全体二位に浮上する。
残る種目は男女それぞれの選抜リレーだけ。
「点数どうなってる?」
「どっちもEクラスに勝てればいけるかも」
「頑張れー!」
『それでは位置について、よーい………どん!』
わああああああああああああ!!!
まずは女子の選抜リレー、一年生からバトンを受け取った陸上部大崎が一人かわして次に繋ぐ。
「はいっ!」
「うんっ」
そしてFクラス二人目の代表、里美がさらに順位を上げて一位に躍り出た。
三年生もリードを守りきってそのままゴールイン。
この時点でEクラスに並んだ。
「いけるかもしれん」
「頑張れ男子ー!」
活気づくFクラス、そしていよいよ最後の競技が始まった。
『優勝は……………Eクラスーーー!!!』
わあああああああああああああぁぁぁ!!
こうして今年の体育祭は幕を閉じた。
俺は実行委員としての最後の仕事をこなすべく、後片付けにせいを出す。
「いやー、悪いな美味しいとこ貰っちまって」
話しかけてきたのは優勝したEクラスの実行委員、相馬。
「おめでとう」
「おう、やっぱ盛り上げるにはライバルがいないとな!けど最後に勝つのが主人公だ!」
やたらハイテンションなのは最後のリレーで活躍したからだろう。
「ごめんねーうちのが煩くて」
隣にいるのはもう一人のEクラス、葛西さん。
「もう慣れたよ」
とりあえず面倒なのは無視して軽いのをちまちま運びだす。
「今日はこの辺りにして続きは後日にしましょう」
手を叩いて指示を出すのは大浦委員長代理。
「皆のお陰で最後の体育祭を素敵な物にできました」
すると自然と拍手が生まれる。
「あと少しで実行委員は解散ですが、最後まで責任をもってやりきりましょう」
「はい」
俺は水道で水分を補給してから更衣室に向かう。
「お疲れ様」
すると大浦先輩が声をかけてきた。
「先輩もお疲れ様です」
「ふふ、優勝できればもっとよかったんだけどね」
先輩は俺達と同じFクラスだ。
「本当に…いろんなことがあったわ」
先輩は遠くを眺めるように目を細める。実際はそんなに昔ではないが確かに遠い出来事のように思える。
いつかは今日も過去になる。
「戸沢君ね、転校するらしいの」
先輩は唐突にそう口にした。
「貴方には伝えておこうと思って」
戸沢元委員長は体育祭を中止にしようとして俺や武藤体育教師をはめようとした。
ずっと聞きたかったが聞けなかったことだ。
大浦先輩は彼の事が好きだったから。
「罪が重かったんですか?」
「ううん、自主的なものらしいわ」
実際どうかはわからないがこれだけ悪名が広まってしまえばそうなるのも無理ないか。
ふと、新田さんはどうなるのだろうと考えた。
まあ駆流ならうまくやると思いたい。
「そういえば、例のジンクスを使ったいじめを知ってますか?」
「なにかしら、それ?」
先輩は険しい顔つきになる。せっかくの達成感に水をさすのはあれだが、今しか聞けないと思った。
しかし先輩も知らないようだ。
「うちのクラスの新田さんのお兄さんが被害にあったらしいんですけど…」
「…新田君、確か戸沢君と仲がよかったわ」
そうなのか…。
だが彼らが何を思っていたのか、俺には知るよしもない。
「だけど、体育祭のせいでいじめになるなんて…」
「関係ないですよ、悪い奴がいるだけです」
ジンクスがあろうとなかろうと、やる奴はやる、それだけだ。
今ごろEクラスや思いを募らせた人が告白祭りだろう。
結ばれる人も傷つく人もいるだろう。
たぶん、それは運だ。
誰にでも訪れうるし誰でもなりうる。
だから俺達は目の前の幸せを大切に育てていくしかない。
「本当に優しいのね、君は」
例のインタビューを聞いたのか…死にたい…。
「おつかれさん」
鞄をとりに教室を訪れると駆流が出迎えてくれた。
もう下校時間だというのに名残を惜しむ連中がたむろしている。
「新田さん、どうだって?」
「まあ反省してるし実害もないしで、反省文かいて済むってさ」
「ふーん…」
ま、駆流本人が良いなら良いんだろう。
「いやー、それにしても悪いな、先に彼女持ちになっちまってさ」
「いやー、前科持ちの彼女とかないわー」
「おい、そういう言い方はないだろ」
「だってのろけがうざいんだもん」
「はー?お前だっていつも伊達さんといちゃついてんだろ、曜ちゃんは優しいんです~」
「そのネタはもういい」
「駆流ー打ち上げどうする?」
「んー?」
駆流は友達に呼ばれてそっちの集まりへ加わる。
それじゃあ引き立て役の俺はさっさと帰宅しますか。
しかし里美を探すと何やらあっちも囲まれている。
体育祭での活躍が話題になっているんだろう。
仕方ない。独り身は寂しく去るのみか。
「片倉帰んのー?またねー」
「おっおう…」
声をかけてきたのは同じ実行委員だった大崎だ。
「そいやさー、里美ちゃんって片倉君と暮らしてるらしいじゃん」
「嘘マジ?幼馴染みとは聞いてたけど」
すると話題がおかしな方向に動き出す。これは面倒なやつだ。こうなるから校内ではあまり絡まないようにしてたのに。
「違うって、アパートが一緒なんだよ」
駆流がフォローしてくれる。
「一階に食堂があってさ、毎日伊達さんの料理が食べられんのよ」
「いいなぁ、引っ越してー」
「里ちゃん料理できんの?私と結婚してー」
おい、調子に乗ってしゃべりすぎだ。
「じゃあそこで打ち上げすれば安く済むんじゃない?」
「いいねぇ、じゃあ俺食いもん買ってくわ」
「私もー」
おいおい…、冗談じゃないぞ。
「いいよな、片倉?」
しかし俺はNOといえる日本人。
雰囲気に流されるほど柔ではないのだ。
「いいんじゃないかな、曜ちゃん」
「え?」
すると里美がパーティー派に同調する。
「本気か?」
「うん、皆したがってるし…」
「OK出たよー!」
「うし、じゃあいったん帰って伊達さんの家集合な」
「場所どこー?」
というわけであっという間に決まってしまった。
「めずらしいな、伊達さんがこういうのに参加するの」
「いや…」
そういえば、両親が事故に遭うまではよく友達を呼んでパーティーをしていた気がする。
俺は呆気に取られながらそんな事を思い出していた。




