解決
『さあ、先頭は第三コーナーを回ってEクラス!その後ろ追いかけてくるのはAクラス!最下位Dクラスも正念場だぁぁーーー!!』
わああああああああああああぁぁぁ!!!
現在行われているのは2年男子による1500メートル競争。俺は息を切らしながらもなんとか先頭集団に食らいついていた。
体力だけはそこそこ自信があったがやはり運動部には敵わない。
「根性だー、片倉ー!!」
「がんばれー!」
普段話しもしないクラスの奴が声援を送ってくる。せいしゅんっていいなー。
現在体育祭の半分ほどが終わり、我がFクラスは堂々の3位につけている。
だが隣のEクラスは運動部も多くなかなか差を詰められずにいた。
と、かしましい声援の中に鈴のような音が混ざった。
「曜ちゃん、無理しないでー!」
そんなこと言われたら天の邪鬼な俺は無理をするしかなくなるではないか。
まあ、たまにはいいとこ見せるのも悪くないかもしれない。
『ああーーっとぉ!?ここでFクラスラストスパートをかけたぁ!ぐんぐん差をつめていくぅーーー!!』
『前評判ではあまり人気の無かったFクラス、番狂わせですね』
『ここで先頭集団がゴールインっ!!一位 Eクラス、二位 Fクラス、三位 Aクラスぅーー!』
わああああああああああああぁぁぁ!!!
『終始Eクラスがトップを守りきりましたね、いやー、最後の直線は白熱しましたよ』
「いい走りだったぜ、片倉!」
一位になった相馬が手を差し伸べてくる。
「おめでとう……」
息を切らしながらその手をとった。
「相片!いただきましたー!」
葛西さんは委員会の仕事に専念しろ。
記録係の彼女はパシャパシャと写真を撮っていた。
「惜しかったね、曜ちゃん」
生徒の観覧席に戻ると里美がタオルと飲み物を渡してくれた。
「お前の応援のおかげだよ」
「惜しかったな、曜」
「まあ、こんなもんだろ」
「反応が違う!」
すると駆流も駆けつけてきた。
「しかしまたEクラスに差をつけられちまったな」
「悪いな…」
「いや、あれはしょうがねぇけどよ」
ジンクスに頼れるのは優勝したクラスだけだ。
「ま、本気ならそんなもんに頼るなって事だろ」
「くっそー、こうなったら少しでも活躍しねーと、まだか俺の出番」
「借り物競争は午後からだよ」
「いや、その前にクラス対抗リレーがある」
ゆうてたった50メートルで何ができるのか。
「そういえばそろそろ新田さんの出番だよ、応援してきたら?」
「いや、恥ずかしいし…」
「へたれか、ちまちま好感度稼がねぇとバッドエンドだぞ」
「くそー、人の恋路をギャルゲーみたいに言うんじゃねー」
そういいつつ駆流はグラウンドの近くに移動していった。
「うまくいくかな?」
「…難しいんじゃないか」
ぶっちゃけあいつと新田さんが話してるのなんて殆ど見ないし。
「わからないよー、女心は複雑だからね」
そう言われても男にゃわかるはずもない。ただ今は信じるしかないな。
「がんばれー、新田さーん!」
そんな声がどこからか聞こえてきた。
俺は待ち時間を使って校内を散策する。
気になるのは例の手紙。
『事件はまだ終わっていない』
それは本当なのか、はたまたただのいたずらなのか。
まだ俺にはどちらにも結論をつけられなかった。
もう体育祭も半分が過ぎようとしている。
犯人がいるとして、今さら何ができるというのか。
何も起きないならそれでいい。俺にできるのはこうして見張っているだけだ。
やがて競技は終わり、また始まり。
そして午前の部最後にして目玉競技、2年生によるクラス対抗リレーがやって来た。
各クラスの第一走者がバトンを持って所定の位置につく。
その中でも一番の注目を集めているのは、唯一の女性ランナーである伊達 里美だった。
リレーはコースがオープンなので抜く時に大回りになって抜きづらい。
だから最初の順位もわりと重要なのだ。
「頑張ってー、伊達さーん」
「Fクラスはネタか?つかなんでジャージきてんだよ、おっぱい見えねぇーじゃん」
俺が着せた。
『各クラス準備は良いですね?それでは位置について、よーい………どん!』
バァン!
わああああああああああああぁぁぁ!!
『全クラス一斉にスタートをきったー、いや、一人だけ抜きん出た!Fクラスだー、Fクラスの伊達 里美だーー!?』
「伊達さーん、かっこいいー!」
「嘘だろ!?」
ざわつく場内。
ふっ、この程度で慌てるとは愚かな。
我がFクラスが予定通り一位でバトンを渡す。
だが所詮は50メートル、個人の差はそこまで影響しない。
逆にバトンタッチは全部で33回もある。
俺達Fクラスはこれを極めた。
他クラスがもたつくなかスムーズにバトンを繋いでいく。
『Fクラス、スタートから一位を独走しています!』
「これ、いけるんじゃね?」
「作戦通りじゃん!」
クラス内も俄に活気づく。
このクラス対抗リレーは全体競技なだけあってポイントの配分が多い。
結果しだいではEクラスに並ぶことになる。
「はいっ」
大崎からバトンを受け取り走る。
前には誰もいない。そういう時はゴールを見る。
派手な活躍はいらない、歯車のように次の走者に繋いだ。
「お疲れ」
「おう」
声をかけてきた駆流の眼は血走っていた。
「あんま気を張るなよ、バトン落っことすぞ」
「大丈夫だって、ちゃんと飯食ったから」
あまり大丈夫じゃなさそうだ。
今内のクラスはやたら盛り上がっている。ここでミスがあればその空気を裏切ったと思われるかもしれない。
できれば友達が戦犯になるのは見たくない。
わあああああああああぁぁぁ……………。
「!」
なんだ?周囲から謎のざわめき。
何かハプニングが起きたのか?
辺りを見渡して問題を発見した。
バトンが落ちたのだ。
地面を転がる色は紫、内のクラスだ。
俺の周りでもどよめきが広がる。
「チャンスだー!」
「あれ誰?」
「……新田さんじゃない?」
新田さんは必死にバトンを拾いにいくが今まで稼いだ差がどんどん詰められていく。
「駆流…」
「大丈夫だ、まだなんとかなる」
再び走り出した時には先頭集団に埋もれてしまっていた。
だが巻き返せないことはない。
一位をとれれば失敗も帳消しになる。
しかし悪夢はまだ続いていた。
バトンを渡す際にもまた落としてしまったのだ。
しかも今度は運悪く後ろから来たランナーにバトンが蹴飛ばされてしまった。
「あり得なくない?二回も落とすとかさー」
「せっかくいい感じだったのにさー」
やがてバトンを拾い戻ってくると順位は最下位になっていた。
その瞳からは涙が溢れていた。
そして既走者の列に並ぶ。
「ごめん……なさい…」
か細い声でそう呟く。しかし誰も彼女に声をかけるものはいない。
一人を除いて。
「しょうがないって、一生懸命やったんだし」
駆流は朗らかに語りかける。
「皆もそう思うだろ?」
「でもあんなに練習したのにさ…、お前だってめちゃくちゃやる気だったじゃん」
「けど、わざとじゃないんだしさ…」
「新田さんって、あんまり真面目に練習してなかったよね」
確かに新田さんは物静かなタイプで積極的とはいえないかもしれない。
だが練習は普通にこなしていた筈だ。
「ごめん…なさい…」
「謝られても困るっていうか…」
「なんか雰囲気最悪じゃない?」
どうすればいいんだろう。
確かに今から逆転するのは難しい。
だがそれがなんだというのか。
取り返しのつかないことではあるが、まったく致命的ではない。
強いて言えば、期待を裏切ったということか。
これが共に切磋琢磨してきた戦友とかならまだいいんだろうが。
俺達はたんに一年間一緒に勉強しましょうねというだけの烏合の集だ。
体育祭へのやる気もたんにそういう空気だっただけ。
今はそれが新田さんを責めるという空気に変わってしまっている。
そして皆のやる気を煽ったのは他でもない、駆流本人だ。
だからこそ、駆流にしかできないことがある筈だ。
「Fクラスー、次の人誰?」
「茂庭じゃない?」
しかしここで駆流の番が来てしまった。
コースに出てランナーを待つ。
一人残された新田さんはまるで針の筵にくるまれたようだった。
皆、口には出さないが刺すような視線が注がれている。
それがいつ爆発するかわからない。
感情は意味もなく人を助け、また攻撃する。
後者が嫌悪や憎悪なら、前者はきっと愛とかそんなんだろう。
そして新田さんに唯一そんな感情を向けているであろう男にバトンが渡った。
直後、思いっきり放り投げた。
「!?」「!?」「!?」「!?」
ざわわわわわ………。
『どうなっているんだ!?Fクラス、試合放棄かー!?』
男は会場中の視線を独り占めにする。
そしてこう叫んだ。
「俺の歌をきけーーーーーーーーー!!!」
直後、大声で校歌を歌い始める駆流。
生徒含め観客は唖然としてしまう。
全て歌い終わると今度は物真似を始める。
「江戸幕府十二代将軍徳川家茂が息子に言った台詞。お前の嫁さん、ブッサイクだなー」
「意味わかんねーよ!」
だが次第に観客もノリになれたのか徐々につっこみ始める。
「3の倍数と3のつく数字の時だけアホになりまーす」
「ネタが古いぞー!」「いい加減走れー!」
ハハハハハハハハ………。
大爆笑とはいかないものの優しい観客のおかげでそこそこのウケをとっている。
Fクラスに立ち込めていた重い空気もバカらしくなったのかいつの間にか消え去っていた。
『一位はEクラス、二位はBクラス、三位はAクラス、そしてダントツ最下位はFクラスでしたー!』
『しかし楽しんでいたクラスならFがぶっちぎりの一番でしょう』
「めちゃくちゃ滑ってたなー!」
「あれは真似できねぇわ」
「お前が勇者だ」
競技が終わると昼休みになる。
Fクラスの、いや、会場の話題は駆流の奇行で持ちきりだった。
「すごいね、茂庭君」
「ああ、ほんとだよ」
男の俺ですら惚れかけた。
「今掘れかけたって…」
「葛西さん、カメラ貸してくれない?」
「いいけど、何に使うの?」
「ちょっと撮りたいものが…」
葛西さんからカメラを受けとる。データを確認したが仕事はきっちりこなしてるようだ。
「そういや新田さんは?」
「顔洗ってくるって、茂庭君に感謝してたから、もしかしたら…」
まっ、何が起きても不思議じゃない。リレーは負けたが、恋の逆転勝利には近づいたな。
「どこか行くの?」
「ちょっとな…」
俺はクラスから離れて一人廊下を行く。間違っているならそれでいい、だが俺の予想が正しければこの先に正解が待っている筈だ。
そしてとある教室まできて、俺は息を飲んだ。
しかし今さらどうしようもない。俺はカメラのシャッターをきった。
カシャカシャ。
音に驚いて、件の人物がこっちに振り向いた。
「貴方は…片倉…君」
「まさか、あんたが犯人だったとはな、新田さん」




